64話 ウィル救出作戦
ウィルは、膝をつき、その場に佇んでいた。マッチが近づいても、彼はまるで反応を示さない。
「準備しても大丈夫そうだね……」とマッチは小声で呟き、ストレージから転移用のポータル装置を取り出し設置する。
ポータルが開かれた瞬間、妖精女王が勢いよく飛び出し、歓喜の笑みを浮かべながらマッチに飛びついて強く抱きしめる。
「外の世界に出られるなんて夢みたい!ありがとうマッチ!」
「こちらこそ、ご足労頂きありがとうございます」
妖精女王はウィルに目をやると、不敵な笑みを浮かべた。
「これがウワサの想い人かしら?」
その言葉にマッチは静かに頷いた。
「そろそろメンテナンスの時間になります。回線接続のチェックをお願いできますか?」とマッチは妖精女王に依頼する。
妖精女王は小さな妖精たちを生み出し、宛先をウィル&マッチ社のデータセンターに設定した。妖精たちは「フェアリープロトコル」に従って動き、瞬く間に送受信テストを開始する。
「接続できたわよ。確認してみて」と妖精女王は微笑む。
マッチは接続テストを行い、ダウンロードとアップロード速度が共に1000TB/秒であることを確認した。
驚異的な速度を目の当たりにし、妖精女王の力の一端を実感したマッチは、思わず感嘆の声を漏らした。
「さすがですね、妖精女王」
「こんな変わった使い方をするのは、あなただけよ」と女王は笑う。
マッチもその言葉に笑いながら、「妖精さんのことをウィルが知ったら、きっと驚くだろうな」と心の中で思いを馳せた。
メンテナンスの時間になり、アクセスはマッチのみに制限された。
「これより戦闘に入ります。もうお帰り頂いても大丈夫です」とマッチが伝えると、妖精女王はニヤリと微笑んだ。
「いいえ、あなたに付き合いますよ」
その言葉と共に、女王は小さな光の粒となり、彼女の中に溶け込んでいった。
「これで文句はないでしょう?」と女王が問いかける。
マッチは苦笑し、「よろしくお願いします」と返答した。
マッチはウィルに向かい、決然と言い放つ。
「解雇されても、ついていくって言ったよね?」
「全力で抗議するから。だから……いつものウィルに、早く戻ってね」
ステッキを前に差し出し、「魔法少女 プロクレーム インストール!!!」と力強く叫ぶ。
その瞬間、彼女の体を光の粒が包み込み、仮想ターミナルが次々と起動し始めた。画面には無数のシステムログが流れ出している。
[root@match-system]# apt-get install magical-girl-module
Reading package lists... Done
Building dependency tree...
The following NEW packages will be installed: magical-girl-module
Need to get 50ZB of archives.
After this operation, 1000ZB of additional disk space will be used.
Do you want to continue? [Y/n] Y
Downloading magical-girl-module from repository... Done
Extracting files... Done
Setting up magical-girl-module (v1.0)... Done
光の粒が彼女の周りを渦巻き、彼女の姿が次第に変化し始める。まず、髪が柔らかな風に揺れ、鮮やかな虹色の光がメッシュのように浮かび上がり、輝きを増していく。瞳には、より一層鋭く眩い金色の光が宿り、まるで内部のエネルギー回路が完全に目覚めたかのように強い光を放っていた。
彼女の服装は徐々に変化していった。暗い星空を模した布地が体に巻き付き、魔法少女のドレスへと変わっていく。ドレスは、エルフの優雅さを映したデザインで、裾には星や月のモチーフが織り込まれ、動くたびに一瞬きらめくように細かく装飾されている。袖は透明なオーロラのような光を放ち、まるで彼女自身が星の力を自在に操る存在であるかのような幻想的な雰囲気を漂わせている。
彼女の足元には、強化されたエナジーブーツが現れ、星の光が走るようなデザインで装飾されている。ブーツの表面には回路が描かれており、彼女の動きに合わせて輝き、まるで空を飛ぶかのような軽快さを与えていた。
[root@match-system]# magical-girl-module --initialize
Initializing Magical Girl Module...
Verifying integrity... Passed
Loading system resources... Complete
「ウィル……あなたが認めてくれた、この世界でただ1人の実装者としての力、見せてあげる!」
彼女の声が響き渡ると同時に、マッチの体から放たれるエネルギーが一気に膨れ上がり、膨大なリソース量が自然の法則を捻じ曲げる。彼女の姿はまるで戦場に降り立つ光の戦士そのもので、魔法少女としての力が完全に覚醒した瞬間だった。
魔族が生命の本質として持つ「魔法」を、テクノロジーで具現化し、自在に操る者──それが魔法少女である。
魔族とIT技術が交差した世界で、原初《origin》の魔法少女が誕生した。
転送用のスクリプトが埋め込まれている札をウィルに貼り付けると、ストレージ容量が表示される。
「300000TB……これが、メアリの記憶ね……」
マッチはデータ量を確認し、フェアリー回線の伝送効率と速度を思い返す。
すべてのデータを回収するには、5分間、耐久戦を乗り切らなければならない。
彼女は心の中でその覚悟を固め、冷静にAImonに指示を送った。
「戦闘条件を定義する。ウィルが起動している間、5分間は戦闘を維持しなければならない。さらに、社外に威を示すため、私は常に有利な状況で戦っている様子を見せる必要がある。戦闘は過酷になるが、全力で私を支援しろ」
「了解しました。管理者様、あなたの力を全力でサポートします」
転送用スクリプトを貼り付け実行したため、ウィルの意図せずに再起動が実行される。ウィルの目に再び赤い光が灯り、システムが起動し始める兆候が現れる。
「DragonApp Initializing...」という冷たいデジタル音声が響き、ウィルの周りに熱エネルギーが集まり始める。
「AImon、スライムにチェックアウト!」とマッチは即座に命じ、彼女の周りに外部装甲が展開され、スライムワイヤーが放たれた。
ウィルの動きを封じるため、マッチはウィルの両手を後ろに縛り上げ、動きを制限しようと試みる。
だが、ウィルの内に秘めた「何か」が命令を行使しようと動き始める。
「■■□敵を全て排除せよ」
ウィルの周囲でマグマが沸騰し、その激しい爆発でスライムワイヤーが溶けてしまう。
ウィルは再び自由になり、両腕を前に出し、エネルギーを溜めて放出しようとする。マッチは射線を避けて、さらにスライムワイヤーを展開し、再度ウィルを封じ込める。
ウィルは声にならない叫び声を上げる。
「11000001000010 11000001000010 11000001000010 11000001000010 11000001000010 11000001000010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 11000010100010 」
APIを行使するためにお月様との通信を試みたが、その試みは失敗に終わった。画面に表示されたエラーメッセージが彼の目に飛び込む。
[LOG] Attempting to connect to Moon Server...
[LOG] Sending API request...
[LOG] Waiting for response...
[LOG] Response received: 400 Bad Request (Client Error)
[ERROR] 400 Bad Request: The request was invalid or cannot be otherwise served.
[ERROR] Moon Server: Failed to process the API request due to client error.
リクエストが正しく処理されなかったことを示すログが連続して流れ、サーバー側との通信が遮断されていることが明らかだった。さらに詳細なログが画面に表示される。
[DEBUG] Request payload:
{
"action": "DragonApp.Execute",
"parameters":
{
"target": "Moon Server",
"function": "Dragon.ws1"
}
}
[DEBUG] Server response: 400 Bad Request
[ERROR] The server could not understand the request due to invalid syntax.
[ERROR] No further processing can be done. Client-side issue detected.
再度の試行も同じ結果となり、通信エラーによる失敗が次々とログに表示され、クライアント側に原因があることが明らかになった。
[LOG] Final attempt to resend the request...
[LOG] Resending request...
[ERROR] 400 Bad Request: Invalid request format. The server could not process the request.
手元のクライアント側に問題がある限り、外部リソースを使用することはできなかった。
その時、ウィルの内なる「何か」が再び反応を示し、彼のシステムをローカル環境に移行する準備を始めた。お月様との通信を回避し、ドラゴンアプリケーションをローカルで行使できるように設計を変更していく。
[LOG] Server connection failed. Switching to local environment.
[LOG] Initiating fallback to local mode...
[LOG] DragonApp configuration change initiated...
[LOG] Switching from external API to local execution mode...
[LOG] Attempting to bypass Moon Server dependency...
[LOG] Loading local resources...
内部的に、サーバー依存の機能が無効化され、すべてがローカル環境に切り替わっていく様子がログに反映される。
[LOG] Disabling Moon Server synchronization...
[LOG] Moon Server API access: Disabled
[LOG] Reconfiguring DragonApp to local mode...
[LOG] Searching for local system resources...
[LOG] Local resource pool detected.
[LOG] DragonApp resource allocation switched to local environment.
次に、ドラゴンアプリケーションがローカルリソースに依存する形で実行される設定が完了する。
[LOG] Executing DragonApp locally...
[LOG] DragonApp is now running in local execution mode.
[LOG] Local system resources allocated: 100%
[LOG] Full access to local system granted.
[LOG] All operations will be executed locally from this point.
こうして、ウィルのシステムは完全にローカル環境へと切り替わり、APIに依存せずに動作できる状態が整った。
「10Tbps LAN」とウィルが無機質な音声で呟くように命令を発した瞬間、地面が激しく震え始め、巨大な龍の姿が地面から出現した。
「AImon、稲荷にチェックアウト!」
マッチは素早く次の指示を出し、ブランチが切り替わると共に、自動でコンパイルされ、すぐに機能が行使できるようになる。
ポータルを作成し、マッチは瞬時にウィルの背後へと移動した。
龍は、突然消えたマッチを探すためにその場にとどまったが、ウィルの後ろに彼女がいることに気づき、攻撃を仕掛けてくる。
マッチは巧みにポータルを駆使して、膨大なエネルギーを保持する龍の攻撃を華麗に避け続けた。
ウィルは冷静にその動きを観察し、マッチの次のポータルの出現位置を予測し始める。彼は龍をマニュアルモードに変更し、より精密な攻撃をマッチに向けて仕掛けてきた。
龍の動きが変わったことに気づいたマッチは、龍そのものを打ち消すための行動にシフトした。
「AImon、鬼切にチェックアウト!」
マッチは叫び、ステッキが内部機能を起動する。ステッキ内部で電子と正孔が圧縮されるように分離・蓄積され、強力なエネルギー差が生まれた。その電位差を利用した雷が、龍に向けて精密に照準される。
マッチは気合込め、力強く叫ぶ。
「スマッシュ!!!」
その瞬間、ステッキから放たれた莫大な電気エネルギーが龍に向かって飛翔し、衝突した。膨大なエネルギー同士がぶつかり合い、激しい閃光が大気を震わせる。
魔京都のすべてのリソースを使用して生み出されたエネルギー量は、ウィルの龍を遥かに圧倒するほどの膨大なものであり、その結果、龍は完全に消滅した。
マッチは一瞬だけ安堵したが、その場から動かなかったウィルが急に立ち上がり始める。
メアリの記憶を転送することでウィルのローカルリソースに空きが生じ、そのリソースをすべてアプリケーションに回せるようになり、ウィルは飛躍的に強くなっているのだ。
ウィルの内に秘めた「何か」が次なる攻撃手段の一手を講じようとしていた。
ゆっくりと右腕を肩の高さまで持ち上げた。手首を軽やかにひねり、肘を内側に折り曲げる。
そして無機質な音声で呟く。
「ドラゴンジッパー」
ローカルでも生成できるように仕様の在り方を変え、無理やりにでもドラゴンジッパーを生成させる。
システムログにはそのプロセスがログとして表示されていた。
[LOG] Switching to local resource mode for DragonZipper generation...
[LOG] Initiating DragonZipper creation using local resources.
[LOG] Checking available resource pool...
[LOG] Available resource capacity: 25%
[LOG] Resource check complete. Proceeding with DragonZipper generation.
Executing: Get-Requirement -Component DragonZipper | Measure-Object
[LOG] Requirement check in progress...
Component: DragonZipper
Resource Allocation: Limited
[LOG] Resource availability verified.
Success: All necessary requirements for DragonZipper generation met.
Warning: Available resource capacity reduced. Functionality will still be enabled.
Executing: Enable-DragonZipper -Force
[LOG] Enabling DragonZipper function...
Status: Compression process initiated.
[LOG] DragonZipper compression cycle started.
無理やりに作成したドラゴンジッパーはリソース量としては大したことがないが十分に危険であった。
「Compression」
マッチは最悪の事態を察知し、すぐに次の動きを考えた。
ウィルが熱エネルギーを圧縮し始めたその瞬間、マッチはステッキをウィルに向けて照準を合わせ、電子と正孔を再度分離・圧縮して、電位差から生じる雷エネルギーをさらに増幅させる。
(ウィル、こんなにリソースを使って大丈夫なの? クラッシュしたらデータの整合性からチェックが始まるから、もっと時間がかかってしまう…… )
彼女の不安を他所に、ウィルは攻撃を続ける。
ウィルが「Decompression」と呟くと同時に、莫大な熱エネルギーが放出される。それに合わせて、マッチも圧縮されたエネルギーを解放し、反撃に出る。
「スマッシュ!!!」
2つのエネルギーが激突し、空間全体がまるで崩壊するかのような衝撃が走る。大気は一瞬で焦げ付き、空間が歪むほどの凄まじい圧力が周囲に押し寄せた。マッチが放ったエネルギーは、ウィルに被弾しないように軌道を変えていたが、それでもその膨大な力は抑えきれず、意図しない方向へ逸れていく。次の瞬間、轟音と共に大地へと衝突した。
衝撃の余波で、戦場の地面は激しく震え、その圧力に耐えきれなくなった大地が音を立てて割れ始める。まるで地殻そのものが引き裂かれたかのように、巨大な亀裂が大地を貫き、熱気が地中から吹き出して周囲の空気を灼熱の風に変えた。大地に深々と刻まれた裂け目は、何百メートルにもわたって広がり、黒く焦げた地表がさらに奥深くまでえぐり取られ、底知れぬ暗闇へと続いていた。
「残り3分……」
マッチは自分に言い聞かせる。
「絶対、ウィルを助けるんだ……」
空は、マッチの心を映すかのように次第に暗くなり、重い空気が辺りを包み込んでいた。雨粒が一滴、また一滴と地面を打ちつける。その温かい雨は、数日前、ウィルがドラゴンアプリケーションを使用した際に噴出した火山灰が大気中に広がり、雲に混ざり合ったものだった。
やがて戦場全体に激しい雨音が響き渡る。温かい雨は大地を濡らし、マッチの髪や服をじわじわと湿らせていく。頬を伝う雨の温かさが、疲れ切った体にしみわたり、水を含んだ衣服が一層重く感じられた。
それは、まるでウィルとの激しい戦いに呼応するかのように、大地がその怒りと悲しみを表しているかのようだった。
マッチはそんな雨の中、静かに空を見上げる。
次々と顔に当たる温かい雨粒が首を伝い、首筋を流れ落ちる。彼女は濡れた手でステッキを握り直し、その感触を確かめるようにしっかりと持ち直した。ウィルを助けるという決意を胸に、次の一手を見据えた。




