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魔族IT革命  作者: 白樹春來
龍仙谷編
63/68

63話 マッチを護送せよ!

 早朝の魔京都は、いつもとは違う静寂に包まれていた。


 普段なら賑やかな通りや市場も、この日はひっそりと静まり返っている。都市全体がマッチを最優先に動かすために特別規制を施していたからだ。彼女が乗車する車列の確保のため、広大な都市全域が一時的に閉鎖され、機能は極限まで制限されていた。


 新オフィスから稲荷地区最前線へと向かうルートでは、鬼切一族が道路を封鎖し、交通規制を徹底している。そのルート周辺では、3名ずつのハンターが常にチームを組み、何が起きても即座に対応できるよう警戒を強めていた。


 新オフィスビルの2~15階は、すべてマッチを支援するための戦術室として稼働していた。部屋の中では、無数のオペレーターがモニターに向かい、各自の役割を的確にこなしていた。データ解析、交通制御、敵勢力の監視、すべてが一体となってマッチの行動をサポートしている。


 オフィスビル内で、マッチがゆっくりと社長室から姿を現す。


 マッチは無言で、ゆっくりとエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。その表情は冷静だが、彼女の目は確固たる意志が宿っていた。


 エレベーターが1階に到着し、扉が静かに開く。外に待機していた私兵たちが整然と並び、彼女を出迎える。マッチは周囲に一瞥いちべつをくれただけで、無言で歩き始めた。


 私兵たちが一列に並び、規律正しく彼女に付き従う。マッチの歩調は変わらず一定で、迷いなくオフィスの外へと進んでいく。ロビーを抜け、ガラスの自動ドアが開いた瞬間、外の冷たい朝の空気が彼女を包み込んだ。


 オフィスの外には、ウィル&マッチ社がもぐら重工業に製作を依頼した特別車両「タートル」が何十台も連なって待機していた。これらの車両は魔王専用の移動車両をベースに作られ、全車両が同一の仕様で製造されている。防弾装甲で覆われた車体に分厚い対魔術用ガラスが装備されており、底部は地雷や爆発物にも耐えられるように強化されていた。


 その中でも車列の真ん中で待機していたのが、マッチ専用車「アーマー・タートル」である。私兵たちが速やかに動き、車のドアを無言で開けると、マッチは迷うことなく乗り込んだ。車内は広々としており、彼女を迎えるように高級な革張りのシートが配置されている。移動中でも会議ができるよう特別に設計されており、十分なスペースの中に最新の通信設備やモニターが整然と並んでいた。


 マッチが座席に腰を下ろすと、ドアが静かに閉まり、外界の音は完全に遮断された。車内は一瞬で深い静寂に包まれる。


 すでに車内には、開発メンバー数名が乗り込んでおり、それぞれがモニターに向かって最後の準備を進めていた。データ解析を進める者、資料を確認する者、誰もが息を詰めて次の展開に備えている。護衛を務めるララとクリムソンも、既に指定の席に座っていた。ララは落ち着いた表情を見せながらも、モニターに映る状況を冷静に観察していた。クリムソンは警戒を緩めることなく、外の様子を確認し続けている。


「全員、準備は整っていますか?」


 マッチが短く問いかけると、全員が静かにうなずき、各自の任務に集中する。


 車両のエンジンが静かに始動し、列が徐々に動き出す。車内のスクリーンには、移動ルートや防衛の状況が次々に映し出され、チーム全体が一体となってマッチをサポートしていた。


 エンジン音と共に、オペレーターが無線で全体に向けて指示を発信する。


「こちらオペレーター。マッチ社長の搭乗を確認。これより、コールサインを『タートル』から『グラウンドマッチ』に変更します」


 無線が響くと同時に、聞くもの全員が一瞬にして緊張感が一段と高まる。


「これより、プロジェクト『非合法ストライキ(Illegal Strike)』を開始します。「グランドマッチ」の進行を妨げる者は、誰であっても敵とみなします。護衛に従事する者たちには、マーダーライセンスが付与されており、速やかに妨害者をターミネートしてください」


 無線が響き渡ると、部隊全体が彼女の護衛任務に全神経を集中させた。誰もが、彼女の安全が最優先だと理解していた。


 車列は整然とした間隔を保ちながら、まるで蜂の巣を守る兵隊のように進んでいく。周囲の建物から窓越しに見下ろす住民たちは、その異様な光景に圧倒されていた。この都市で何か計り知れない力が動き出したという直感が胸に芽生え、恐れにも似た緊張感がじわじわと広がっていった。


 車内では、クリムソンがマッチ社長にそっと声をかけていた。


「サーバーメンテナンスの詳細は私が報告して展開しておきます」


 マッチは開発画面に集中しており、クリムソンの言葉に無言で頷いた。


 彼女の頭の中では、まだ多くのタスクが残されていた。開発メンバーにテストの最終指示を出す。


「このステッキ型デバイスのテストを進めておいて。テスト仕様書はここに置いてあるから、あとはよろしく」


 メンバーたちはその指示に従い、即座に動き出す。マッチは最後の機能作成に取りかかりながらも、緊張感の高まる車内で静かに作業を進めていた。


◇◇◇


 冒険者はリターンがあるからこそ、どれだけ厳しい戦闘区域でも戦う。しかし、そのリスクは常に命と隣り合わせだった。


 一度は全滅させられた戦闘区域にも、少しずつだが再び冒険者の姿が確認され始めていた。末端の冒険者たちは、ギルドが出している情報を正しく理解せず、リスクが高いことを承知の上で、他の冒険者がいないことを格好の穴場だと考え、独自の利益を追い求めて行動していた。


 しかし、今日の戦場には何か異様な雰囲気が漂っていた。いつもなら雑然とした戦場に響く喧騒が、今日はどこか静まり返っている。ある冒険者は不安を感じながらも、心の中で今が絶好のチャンスだと思い込んでいた。仲間を蘇らせるにも、新しいパーティーを形成するにも、贄が必要だ。


「いつもなら、他の冒険者に先を越されてしまうんだが……」


 彼は誰にも聞こえないように小声でつぶやきながら、瓦礫に身を潜めてじっと獲物を待ち構えていた。最近、戦闘区域の状況が変わり、乱獲していた冒険者グループが姿を消したことで、この場所も以前は他の冒険者グループに占領されていたポジションだった。隠密性の高い場所を確保できること自体が、自分にとって数少ない機会だと感じていた。


 息を潜めて獲物を待つ彼の耳に、かすかな車両の音が届いた。その瞬間、彼の全身がビクリと震える。遠くから異様に長い車列が近づいてくる。そして、その走行に呼応するように、周囲の空気が徐々に張り詰めていった。


 ちょうどその時、マッチを乗せた車列が稲荷地区の最前線基地を出て戦闘区域の中心部に差し掛かっていた。オペレーターの声が無線で響き渡る。


「『グラウンドマッチ』、戦闘区域中心部に突入。これより、識別信号を発していないすべての対象を敵と見なす。敵影を確認次第、速やかにターミネートせよ」


 その指示が出されると、ハンターとウィル&マッチの私兵が一斉に動き出した。


 冒険者たちは不意打ちのような襲撃を受け、静かな戦場は一転して血の気の引くような地獄絵図と化した。次々と制圧されていく冒険者たち。数的優位、圧倒的な装備の差、そして高度な戦術的連携によって、ハンターとウィル&マッチの私兵たちは容赦なく冒険者たちを圧倒していく。


「何が……起きてるんだ……?」


 瓦礫に隠れていた冒険者も異変を感じた。周囲の同業者たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う様子が見えたのだ。いつもなら冷静に動いている仲間たちが、次々と撤退を決意している。彼らはまるで恐怖そのものから逃れるかのように、戦場から離れていった。


「何が来たんだ……?」


 冒険者は息を呑み、瓦礫の陰から廃墟へと素早く移動し、高台に上がって状況を確認した。その目に映ったのは、まるで地獄そのものだった。黒いアーマーに身を包んだ私兵たちが、ハンターたちとともに容赦なく冒険者たちを制圧していた。もはや逃げ場などない。


「まさか……魔王が出てきたのか?」


 その場にいた冒険者たちは、恐怖に駆られ、戦いを放棄して次々と散り散りに撤退していく。もはや、戦闘区域での戦いにおいて、冒険者側に勝ち目などないことを彼らは悟ったのだ。


◇◇◇


 その頃、マッチは車内で冷静に作業を進めていた。彼女の手元には、デバイス開発の最終段階を記録した資料が表示されており、テスターが行った検証結果を丁寧に確認していた。すべてのテスト項目が基準を満たしているか、リリース前の資材として問題がないかを慎重に見極めている。まるで戦場の混乱など存在しないかのように、彼女は最後の仕上げに集中していた。


 作業がすべて完了すると、マッチの手元には残りひとつだけのタスクが残されていた。それは、任務を終えたうさみに感謝を伝えることだった。


「うさみさん、お久しぶりです」


 マッチはビデオ通話をつなぎ、画面に自分の顔を映し出す。


 うさみは驚きながらも、少しほっとした表情で返答した。


「マッチ社長、お久しぶりです」


「大変な任務だったと思います。あなたのおかげで、ログを無事に解析することができました。本当にありがとう」


 しかし、うさみは悲しそうに顔を伏せた。


「でも、ウィルさんを助けることができませんでした……」


 その言葉にマッチは優しく笑いかけ、静かに答えた。


「うさみさん、私が頼んだのはログの回収だけです。ウィルを助けろなんて、一言も言ってないですよ。あなたは十分に役割を果たしてくれました」


 うさみは顔を上げ、戸惑いと後悔が入り混じった表情を浮かべていた。


 マッチはさらに優しい言葉を投げかける。


「……でも、助けようとしてくれてありがとう。ウィルは、私が必ず連れ戻します。だから、うさみさんには、帰ってきたウィルに笑顔を見せてあげて」


 うさみはマッチの言葉に涙をこぼしながら、感謝の気持ちを述べた。


「マッチ社長……ありがとうございます……」


「うさみさん、絶対に落ち込んでると思っていたから、この通話をしたの。遅くなってごめんね。でも、もう1人で抱え込まなくていいから。あとは私に任せて」


 そう言い残してマッチは通話を切った。


 忙しい最中に、少しでもうさみを安心させたくて連絡を入れたのだ。


 うさみが涙を流す姿を見て、マッチは彼女の心の重荷が少しでも軽くなったことを感じ、そっと安堵した。


◇◇◇


 車列は戦闘区域を駆け抜け、荒廃した大地を突き進み、かつて栄光を誇っていた旧魔王城の廃墟にたどり着いた。大地には、過去の激しい戦闘の痕跡がいまだに刻まれている。砕け散った瓦礫や焦土と化した地面があたり一面に広がり、壮大だった建築物の影すら消え失せていた。


 車両が静かに停止すると、オペレーターの無線が全員に響き渡る。


「旧魔王跡地周辺20km圏内、マッチ社長以外の立ち入りを禁ず。全関係者は直ちに安全圏まで退避せよ」


 マッチは深く息を吐き、決然けつぜんとした表情で車内の仲間たちを見渡した。


「ここから先は私1人で行く。みんなは安全圏まで退避して待ってて」


 マッチが言い放つと、護衛のララとクリムソンは黙ってうなずき、その判断に従う。開発メンバーたちも緊張した面持ちでマッチを見送り、彼女の背中をじっと見つめた。


 マッチがドアを開けて車から降りると、温かい風が彼女の顔に触れた。護衛たちは静かにマッチの様子を見守っている。彼女が歩き始めると、それに呼応するように車列が動き出した。運転手はエンジンを静かに始動させ、射程圏外へ向けて車両を走らせる。列をなしていたタートル車両は、1台、また1台と立ち去り、広大な戦場には徐々に静寂が戻っていった。


 車列が去ると、まるで彼女の存在を中心に空気が止まったかのように、辺りは静まり返った。


 ここにはもう、マッチとウィルしかいない。


「ウィル、待たせてごめんね……」


 彼女はそうつぶやきながら、視線をまっすぐ前に向けた。


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