61話 原因調査
マッチは、うさみが命懸けで回収してくれたログの解析を始め、わずかながら安堵の息をついた。画面に並ぶデータが、少しずつ不安を取り除いてくれる。
「とりあえず、ウィルはまだ死んでない……」
だが、機械的には完全に停止しており、生物的にいつ死んでもおかしくない状態だった。マッチはあぐらをかき、ふとももに肘をついて手で頭を支えながら、表示されたエラーコードをじっと見つめた。
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「これが起きた原因って、一体何なんだろう?」
つぶやくように言いながら、マッチの頭の中では膨大な原因の推測が瞬時に展開された。
メモリの破損、誤動作しているデバイスドライバー、不良なメモリモジュール――どれも可能性はある。しかし、最大の疑問が彼女の思考を止めていた。
「どうしてアイさんがいるのに、アプリケーションをコントロールできなかったんだろう?」
マッチは、知識を与えてくれたアイさんを師匠として尊敬していた。そんなアイさんがこんな重大なエラーを見逃し、ウィルがクラッシュするなんて、考えられなかった。
勇者との戦闘に至ったのはベッドで横たわっているこの少女が原因だとわかる。
しかし、クラッシュが起きたのはそれだけウィルのパフォーマンスが悪かったということだ。彼の優しさから戦闘に至ることなど目に見えてわかるのに彼がクラッシュするほどのパフォーマンスの悪さは誰が引き金になったのかマッチはさらに推察を進めていた。
とりあえず、ログを漁ろう。
マッチはいつものルーティンのようにウィルの行動記録を振り返り始めた。膨大なデータがスクリーンに映し出され、彼女はその中から仮説を立て、1つずつ慎重に確認していった。
そんな時ふと、ウィルとの少し前のやりとりが頭をよぎった。
「試験で使ってる例のやつ、少しだけ使わせてもらえないかな?容量が大きすぎて圧縮するのを手伝ってほしいんだ」
マッチは両手で頭を抱え、深いため息をついた。
「もっと早く、ウィルの話をちゃんと聞いていれば……」
ウィルの問題は、最優先で対応しなければならないほど緊急性が高かった。それなのに、マッチは自分の感情を優先し、ウィルが陥っている状況に理解を示すことをしなかった。その後悔が、胸に重くのしかかる。
しかし今は、後悔している場合ではない。クラッシュの原因は突き止めた。データ量が多すぎてシステムが過負荷になり、ドラゴンアプリケーションの起動がトリガーとなってしまったのだ。
「問題の解決策は見つけた。あとは準備を整えるだけ……」
マッチは決意を固め、すぐに必要な準備に取りかかった。
◇◇◇
魔王城にそびえ立つ巨大な扉の前で、マッチは緊張していた。これまで魔王トゥデイとは間接的にしか関わったことがなく、実際に対面して話すのはこれが初めてだった。ウィルから色々と話を聞いていたこともあり、その緊張は一層高まっていたが、心を落ち着かせ、入る覚悟を決めた。
歩みを進めると、自動で扉が開き、奥に佇む従者がマッチに軽くお辞儀をした。
「予約していたマッチです」
メイドに名を告げると、「少々お待ちください」と返され、待合室に案内された。
マッチはふかふかの椅子に腰を下ろし、大人しく呼ばれるのを待った。普段オフィスからほとんど出ない彼女にとって、1人で行動するのは心細かったが、ウィルとすれ違ってしまったあの日から、魔王城への訪問許可は既に出ていた。こうして、彼女は初めてこの場所に訪れたのである。
「お待たせしました。王座の間で魔王様がお待ちしております」
従者に案内され、いよいよ王座の間へと向かう。重厚な扉が開かれると、そこにはすべてを見通すような眼差しを持つ魔王トゥデイが鎮座していた。威厳に満ちたその姿に、マッチは一瞬ウィルの面影を重ねてしまった。
「君がウィルの愛しきパートナー、マッチだね」
突然の言葉にマッチは耳まで真っ赤になり、慌てて否定する。
「いっ、いや……そうなりたいとは思ってますけど……まだ……」
「初々しいな……私にもそんな時期があったら良かったのに」
魔王トゥデイは微笑みながらマッチをからかうが、彼女は気を取り直して本題に入ろうとした。
「魔王様、そろそろ本題に入りたいのですが……」
魔王トゥデイは目を細めてマッチをじっと見つめる。
「話は既に把握している。ウィルが勇者と戦い、勝利したが死んだと」
その言葉に、マッチは即座に反論した。
「ウィルは機械的に損傷しているだけで、まだ死んでいません。早とちりはやめてください」
魔王トゥデイは少し間を置いてから、静かに言葉を返す。
「続けろ」
マッチは深く息を吸い、ウィルの状態を説明し始めた。
「今回、ウィルが戦闘でクラッシュした原因は、膨大なストレージデータを抱えたまま、通常以上のパフォーマンスで戦闘を続けようとしたためです。メインメモリでは処理が追いつかず、仮想メモリを使って対応しましたが、それでも限界に達しました」
魔王トゥデイは黙って聞き入っている。マッチは話を続けた。
「アプリケーションを正常に動作させるには、最低限のスペックと十分なストレージ容量が必要です。しかし、ウィルが扱っていたデータ量は、そのストレージを圧迫し、動作保証を超えていました。結果としてメモリが破損し、システムが完全に停止したのです」
魔王トゥデイは顎に手を当てて考え込む。
「なるほど……それで、どうするつもりだ?」
マッチは少し緊張を和らげ、冷静に答えた。
「私が直接出向いて、ウィルのストレージにあるメアリの記憶を回収し、再起動を試みます」
魔王トゥデイは即座に口を挟む。
「いや、私が行く。ウィルから君を守るように言われているんだ。だから私が出向こう」
マッチは断固として拒否する。
「いいえ、私でなければなりません」
「なぜかね?」
「今回の問題は、社の問題です。もし、魔王様に助けられたとなれば、社の信用は地に堕ちます」
マッチは深く息を吐き、覚悟を決めて宣言した。
「これからもウィルが自由であり続けるためです。これだけは譲れません」
魔王トゥデイはニヤリと笑い、軽く肩をすくめた。
「素直に愛のためだと言えばいいのに……」
マッチは黙ったまま、魔王トゥデイをじっと見つめ続けた。魔王トゥデイはその意志を汲み取り、微笑を浮かべて続けた。
「君の言い分は理解したよ。では、どうだ? 少し私のテストを受けてもらおう。君の力を見極めさせてもらいたい」
魔王トゥデイはさらに言葉を続けた。
「ウィルとの交渉条件で定められた、私との対決をここで行使しよう。もし君が私に勝つことができれば、ウィルの再起動を任せ、彼の自由を保証しよう。しかし、君が私に勝てなければ、ウィルは今後一生、魔京都から出ることなく、この都市で過ごすことになる」
マッチは臆することなく、冷静に応じた。
「わかりました。ただし、私の戦い方はリソース量を膨大に使用します。そのため、データセンターがメンテナンス作業をしている間の1時間しか戦闘ができません。ですので、戦闘時間はきっちり18:00~19:00でお願いします」
魔王トゥデイはその答えに驚きつつも、喜びを感じた様子で笑った。
「魔王を相手に臆することなく答えるとは……なかなか肝が座っているな」
マッチは表情を変えず、淡々と答えた。
「恐怖はありません。私はウィルを助けるためにここにいます。それ以外のことは問題ではありません」
魔王トゥデイは笑みを浮かべ、満足げにうなずいた。
「なるほど、君の決意は伝わった。では、18時に決着をつけよう」
そうして、極秘に行われた魔王との対決。結果は、マッチの圧勝だった。圧倒的な実力を見せつけたマッチに、四天王も魔王も戦々恐々としていた。
しかしマッチは勝利に興味はなく、淡々とウィルの救出作戦に向けて準備を進めていくのであった。




