59話 うさみさん、緊急指令!
それはまさに突然の出来事だった。
いつものように戦闘区域で依頼をこなしていたうさみの元に、マッチ社長から「今すぐオフィスに来て欲しい」という緊急の通話が入った。
驚いて戦闘区域にいる旨を伝えたが、社長の返答は予想をはるかに超えるものだった。
「それよりもっと重大な緊急事態よ。社の存続さえ危うくなるかもしれない」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。普段冷静な社長がここまで動揺しているのは、ただ事ではない。社長は年俸には影響させない上に、別途報酬も支払うから、別の依頼を引き受けてほしいと言ってきた。私は迷わず戦闘を中断し、オフィスへ急行した。
オフィスに到着すると、案内係が待機していた。彼女に促されて社長室へ向かい、覚悟を決めて扉を開ける。だがそこにあったのは、もはや社長室の面影はなく、仮設の医療スペースと化した空間だった。
部屋の中央にはベッドが置かれ、そこに横たわる少女。その周りには多くの配線が無秩序に絡み合い、足の踏み場もないほどに散乱している。空間全体が荒れ果て、緊急事態の緊迫感が漂っていた。
その中で、必死に何かの作業を進める社長の姿があった。彼女の疲れ切った表情が、この場の異常さを如実に物語っていた。
「マッチさん……うさみです」
私は声をかけたが、社長は反応せず、なおも作業に没頭している。数秒後、ようやく彼女がはっと顔を上げ、私の存在に気づいた。
「うさみさん……!」
その瞬間、社長は私に向かって駆け寄り、突然強く抱きついた。
私が驚いてあたふたしている間も、彼女の抱擁は解けなかった。何か重大なことが起こったのは間違いない。抱きつかれたまま、私は彼女の背中をそっと抱き返した。
普段は依頼主とハンターの関係である私たちだが、今この瞬間、マッチはただの社長ではなく、心を痛めたか弱い少女のようだった。その幼さを感じながら、私はそっと彼女を受け止めることにした。
少し時間が経ち、ようやくマッチがしがみついていた手をそっと離し、私に状況を説明し始めた。彼女の口から出てきた言葉は、信じられない内容だった。
「ウィルが……勇者との戦闘で、死亡したかもしれないの」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭が真っ白になった。全身の力が抜け、意識が遠のきそうになる。
ウィルさんが死んだかもしれないなんて、信じたくなかった。
「ウィルは、旧魔王城跡地にいるわ。だけど、正確な状況はまだ分からないの。誰かが急いで調査に行かなきゃならないのよ」
「それをできる人材がこの都市であなたしかいないの」
その一言で、すべてを察した。
「もしかして、それは……私を……指名する……ことですか……そんな、大任を……」
その言葉に心拍が一気に跳ね上がる。手足がふわりと浮いたような感覚に襲われ、視界が徐々にぐらつき始めた。やがて、頭が重く沈んでいき、目の前が真っ暗になる。
「うさみさん!?」
「大丈夫ですか?うさみさん」
最後に聞こえたのは、社長が必死に私の名前を呼んでいる声だった。
◇◇◇
目を覚ますと、私はハンター協会のベッドに横たわっていた。体を起こそうとするが、まだ少しぼんやりとしていて、意識が完全には戻っていない。天井を見つめながら、ここがどこかを確認していると、AImonの声が優しく響いた。
「うさみ、おはよう」
「おはよう……」
反射的にそう返したものの、なぜ自分がここで寝ているのかが急に思い出され、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。社長に会い、ウィルが死んだかもしれないと聞かされ、さらには責任重大な大任を任されそうになって私は思わず失神してしまったのだ。
「なんて情けないんだろう……」
私は目をつぶりながら、つぶやくようにそう思った。戦場ではあれほど冷静に戦い、数々の修羅場をくぐり抜けてきたはずなのに、強く求められてしまうと、こんなにも弱くなるなんて。失神してしまった自分に、恥ずかしさが押し寄せてきた。
AImonの声が再び耳元で響いた。
「うさみ、マッチから依頼が来てるけど、どうする?」
「依頼……?」
私は一瞬ためらいながらも、依頼内容を確認する。
仮想ディスプレイには、「旧魔王城跡地に出向き、ウィルのログを回収せよ」という内容が記載されていた。
「ウィルさんのログ……」
読み進めるたびに、重苦しい感情が胸の内を押し寄せていく。ウィルが死んだかもしれないなんて、そんなこと、今でも信じたくない。けれど、現実は無情にも動き出していた。誰かがこの任務を果たさなければならない。そして今、その責務が自分に課されている――その事実を、私は痛感していた。
ウィルに伝えた、自分の言葉を反芻する。
「恩を返すって、言ったもんね……」
ウィルと交わした約束が脳裏をよぎる。
「一緒に戦っていこうって……」
私が右も左もわからなかったあの時、彼が私に優しく微笑みかけ、励ましてくれたこと。そのとき、心の中で決めたことは、今も変わっていないはずだ。
「……やるしかない!」
うさみは布団をぎゅっと握りしめ、心の中で覚悟を決めた。今、この任務を果たさなければ、ウィルを失ったまま、後悔だけが残るだろう。彼を救うためにできることがあるなら、何でもやるしかない。
「AImon、マッチさんに伝えて。私、この任務受けるよ」
「了解、うさみ。伝えておくよ」
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。体の中に少しずつ力が戻ってくるのを感じながら、ベッドから起き上がる。
「ウィルさん。今度は私が、あなたを助けに行きます……」
心の中でウィルに語りかけながら、うさみは静かに立ち上がった。
◇◇◇
ハンター協会の更衣室にて、うさみさんは静かに自分の装備を入念に確認していた。
戦闘の前に、必ずこの手順を踏むことは、彼女の中で一種の儀式のようなものだった。ウィルさんから譲り受けた特別な装備は、どんな時でも完璧な状態でなければならない。それは、彼女自身がウィルへの恩を果たすための最低限の心構えだった。
まず、オールヴィジョン・ゴーグルを手に取る。曇り止め用の液体を数滴ゴーグルのレンズに垂らし、丁寧に角度を変えながら、液がレンズ全体に行き渡るように手のひらでそっと回す。液体が均等に広がったのを確認すると、専用の拭き取りクロスで優しく拭き上げる。その動作は、まるで大切な宝物を扱うかのような慎重さだった。
「大丈夫だね……」
小さくつぶやきながら、うさみさんは仕上がったゴーグルに息を吹きかけ、曇らないかどうか再確認する。レンズは曇ることなくクリアなままで、問題はなさそうだ。
次に、装備全体のチェックに移る。まずは仕事用の靴。ノイズキャンセリング機能付きのスニーカーを手に取り、底の摩耗具合や隠されたセンサーが正常に動作しているかを確認する。細かな部品に目を光らせ、どんな些細な異常も見逃さないようにするのは、彼女の習慣だった。
「よし、これで問題なし……」
装備をそれぞれ丹念に確認し終えると、次は自分自身の体に装備をしっかりと固定する。腰回り、足回り、両腕、そして首。体全体に装備がしっかりフィットし、動きやすい状態かどうかを確認するために、彼女は軽くジャンプしたり、素早く身をかがめたりして動作を試してみる。
「……うん、完璧!」
装備の重みを感じながらも、動きに不自由はなく、全身が任務のために最適化されていることを確認すると、彼女の目は一層真剣さを増した。心の中でウィルへの誓いが蘇り、再び覚悟が固まっていくのを感じた。
「AImon……いくよ!」
その言葉とともに、うさみさんは深く息を吸い込み、静かに息を吐いた。そして、再び緊張感に包まれる戦闘区域へと向かうため、彼女はハンター協会を後にした。命がけの任務が待っている――だが、彼女の心は揺るがなかった。全てはウィルを救うため、その一心で進んでいくのだった。




