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魔族IT革命  作者: 白樹春來
龍仙谷編
58/68

58話 突然の解雇

 リューカは泣き叫んでいた。遠くに見えるウィルが膝をついたまま、時間そのものが止まったかように静止して動かない。震える声で何度も父を呼ぶが、ウィルからの反応はない。


「お父さん……お父さん!」


 その声は荒れた戦場にこだまし、虚しく風にかき消されていった。誰にも届かない、その現実がリューカの心を深くえぐる。叫んでもウィルに伝わらない無力さが、彼女を絶望へと追い込んでいた。


 静かに横たわる大地には、龍脈の力で生まれた巨大なクレーターが荒々しく地面を抉り、その深淵は底知れぬ闇をたたえている。そのクレーターから遠く離れた場所に、膝を抱えて座り込むリューカの小さな姿が、ぽつんと浮かび上がっていた。無人の戦場に静寂が満ちる中で、彼女の存在はまるで世界から切り離され、広大な空間に取り残されたかのようだった。


 そばで彼女を守護していたルゥーの姿も、ドラゴンアプリケーションの強制終了とともに消え去った。


 しばらくすると、空間に歪みが現れ、青白い光が螺旋を描きながらポータルが出現する。その光は、リューカを包み込むように優しく照らし、彼女の体をトレースするようにして消えた。


 こうして、リューカは魔京都へと転移されたのである。


◇◇◇


 新オフィスで、マッチは驚きのあまり固まっていた。目の前の画面には、大きな文字で「dismissal (解雇)」と表示されている。


 魔京都の企業では、社長以外に解雇の権限を持つ者は「企業代表者」のみと定められており、代表者が死亡すると全社員が自動的に解雇される仕組みとなっていた。


 これは、魔族社会において企業が一族単位で構成されていることに由来する。


 代表者が戦いで命を落とすことは、その一族の象徴が失われたことを意味し、残された社員が他の一族からの攻撃を受けるリスクが高まる。そのため、社員たちの安全を守るべく、解雇によって無関係を証明するシステムが設けられていたのだ。


「解雇」という冷たく突き刺さる文字の下には、ウィルが死亡した場合の引き継ぎ項目がすべて資料として添付されていた。


「どうして……?」


 マッチは思わず声を漏らし、何度もウィルに連絡を取ろうとするが、通話は繋がらない。


 頭の中には次々と疑問が湧き上がり、それは小さなピースがピラミッドのように積み上がり、彼女の不安を巨大な山のようにしていく。


 そんな時、社長室の扉がノックされた。


「入って」


 震える声を抑えつつ、マッチは言った。


 扉が開くと、オフィス内にいた社員たちが総出で訪れ、解雇通知が届いていたことに困惑していた。


 マッチの心の中は、まさに嵐のようだった。混沌としたこの事態に、どう対処すればいいのかわからず、手が止まってしまう。


 けれど、彼女は社長だ。社長として動かなければならない。その思いが胸に込み上げてくる。不安が爆発しそうになるが、その感情を心の奥にぎゅっと押し込み、冷静さを保とうとする。


 まずは社員たちの情報を集めることにした。集まった社員達にデータだけ送るように指示し通常業務へと戻ってもらう。


 そして送られてきた資料を確認すると、すべての業務がウィルの引き継ぎに関するもので、まるでウィルが消えた後のために準備されていたかのような内容だった。その事実が、マッチに冷たい現実を突きつけるが、まだ全貌は見えない。


「ウィルが……死んだのは本当?」


 頭の中で何度もその言葉が反芻(はんすう)される。彼女は呆然とし、夕焼けが沈んでいくビルの窓をただぼんやりと眺めていた。


「こんな時なのに……どうして泣けないんだろう」


 マッチは自分が呆然としてしまうことに戸惑いを感じつつも、どうすることもできなかった。


 しばらくして、再びノックが鳴った。反射的に「どうぞ」と言うと、扉が開き、入ってきたのはララと気を失っている少女だった。


「その子、どうしたの?」


 驚きつつも静かに尋ねるマッチ。


 ララは困惑した表情を浮かべ、言葉を探すように一瞬黙り込む。彼女自身も何が起きているのか、どう伝えるべきか分かっていない様子だった。


「いや、全然知らない。でもね、ウィルさんに突然、無茶なお願いをされて……私も本当に大変だったの!」


 ララは焦りと混乱が混じった声で感情を爆発させた。


「ウィル……」


 マッチはその名前に反応し、再び心の奥底に封じ込めていた不安が湧き上がってくるが、同時に彼女の中で何かが弾けた。


「何でもいいから、知っていること全部話して!」


 マッチはまるで救いを求めるかのように詰め寄る。


 ララは戸惑いながらも、順を追って説明を始めた。


「今日の朝方、ウィルさんから突然、ある女の子を転移させてほしいって依頼があったの。でも場所がわからなくて、転移するのに時間がかかっちゃったのよ。それで転移させたんだけど、その女の子が焦ってて、『ウィルを助けて』って言ってたの。だから急いでここに連れてきたんだけど……」


 ララの説明を聞く中で、マッチはこの少女こそが今後の道筋を示してくれるかもしれないと直感し、少女のデバイスに隠された情報を精査したいと考え始めた。


「ララ、ここを病室として使っていいから。お医者さんを呼んで、手当をしてあげて。やるべきことが見えてきた」


 ララは眉をひそめ、苦笑いを浮かべながらも文句を言った。


「ねぇ、ちょっとは私にも事情を説明してくれてもいいんじゃない?」


 だが、マッチはその言葉には耳を貸さず、解析に没頭していた。


「まったく、言うこと聞かない妹を持ったみたい……」


 ララはため息をつき、指示された通りに進めながらも、微妙な表情を浮かべた。


◇◇◇


 マッチは目の前に映し出されたウィルの遺書を見て、胸が締め付けられるような感覚に襲われていた。


 ほとんどの資料は仕事の引き継ぎに関するものだったが、その中に紛れ込むように残されていた遺書には、自戒の念が込められた言葉が並んでいた。


 それは、私への謝罪だった。


「ハンター協会の設立でドタバタしていた時、マッチの気持ちをちゃんと考えられず、感情的になってしまい、結果として仲違いしてしまった。


 本当は、すぐにでも謝罪するべきだったんだ。だけど、自分のことで頭がいっぱいで、マッチの気持ちを理解できないまま逃げてしまった。そして、マッチが怒っていると分かっていながら、謝罪の前に自分のわがままを押し付けてしまった。


 すべて、私のせいだ。いつも君に負担をかけて、本当にごめん。ただ1つだけ、どうしても伝えたいことがあるんだ。君と出会えて本当に嬉しかった……ありがとう」


 マッチは、画面に映し出されたウィルの遺書を読みながら、涙が止まらなかった。


「そんなことない……」


 彼女は心の中で叫んだ。


「先にわがままを言ったのは私……先に怒ったのも私なのに、ウィルは自分が悪いって……」


 彼女の視界は涙で歪み、綺麗なはずの画面がぼやけ、感情を映し出すかのようにぐしゃぐしゃになっていた。


 押し寄せる後悔の波が彼女の心を激しく揺さぶり、濁流のようにうねり、ついにはすべてを飲み込む津波のように感情の防波堤を越えていく。


 ウィルはいつも誰に対しても優しく、平等に接していた。そんな彼の魅力に誰もが惹かれ、彼に憧れていた。そして、ウィルは私のことも大切にしてくれていた。彼の優しさに私は甘えてしまっていた。ウィルなら、いつだって私の気持ちを理解してくれる。そう信じて、彼に頼りすぎていたんだ。


「その甘えが、こんな悲劇を生んだのかもしれない……」


 そう考えると、マッチは思わず唇を噛んだ。


 遺書を読み進めていくと、ウィルが龍仙谷に旅行した際のログが残されていることに気づいた。それは日記のように、ウィルがどんな視点で世界を見つめ、どんな感情で行動していたのかが詳細に記録されていた。


 読み進めていくうちに、次第に不穏なログが現れてくる。


「魔王朱華を襲った刺客、メアリの殺害、そして、ウィルが親心を抱いてしまった少女の誘拐……」


 マッチはログを読み終えると、気を失っている少女のデバイスに接続し、何か手がかりが残っていないかを探り始めた。すると、ウィルが共有していた画面の録画データが残っていることに気づいた。急いでデータを転送し、映像を確認すると、そこにはウィルが勇者と戦闘している姿が映し出されていた。


 戦闘の結果から見れば、ウィルは勝利を収めたように思えた。しかし、その直後、彼は膝をついたまま動かなくなり、まるでショック死したかのように見えた。その不自然な静止状態を録画越しに見たマッチは、強い疑念を抱かずにはいられなかった。


「これは……本当に死なの?」


 マッチはすぐにAImonを使って画像の解析を開始し、いくつかの仮説を立てた。


 1. ウィルのハードウェアに問題があり、アプリケーションを使用した結果、回路が焼き切れた可能性。


 2. アプリケーションそのものに不具合がありクラッシュした可能性。


 3. それ以外の要因である可能性。


 すべてを冷静に分析するマッチだったが、胸の中にわき上がる感情を抑えられない。


「絶対、諦めない……」


 マッチは自分にそう言い聞かせ、ウィルの詳細なログを回収するため、新たな開発計画に着手した。

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