57話 最強の力
ウィルは静かに動き出した。彼の冷徹な眼差しが敵を鋭く捉えた瞬間、勇者は即座に判断を下す。
「聖女、どこでもいい転移しろ!!!」
緊迫した声が響き渡る。
その声に反応し、聖女は魔術を行使するための準備に入る。
「神の名のもとに、第10階位魔術、ディヴァイン・リターン!」
しかし、いくら唱えても魔術は発動しない。不安が顔に浮かぶ。
「勇者様、魔術が発動しません!」
焦る聖女の声が戦場に響き渡った。
勇者は眉をひそめ、状況が把握できない。
「魔術的な妨害でもされているのか? 賢者、魔術は使えるか?」
賢者は指をかざし、簡単な魔術を発動させる。指先に小さな火が灯り、魔術が正常に働いていることを示すように勇者を見つめた。勇者は困惑する。いったい何が起きているのか、全く理解できない。
一方、ウィルは戦場を見渡し、どの機能を使うかを楽しげに考えていた。しかし、決断はすぐに下される。
ウィルはまず、竜の力を宿したモードを選択した。モードを「竜」に設定し、アイに特定の機能を呼び出す指示を与える。
「アイ、ドラゴンジッパーだ」
冷たい声が響き渡り、その命令は即座にお月様へと送信された。わずかな時間の後、ルゥーのお腹が赤く輝き始めた。まるで溶岩が脈打つように、熱を帯びたエネルギーがルゥーの体内で生成されていく。
ウィルは敵を鋭く睨みながら、ゆっくりと右腕を肩の高さまで持ち上げた。手首を軽やかにひねり、肘を内側に折り曲げる。筋肉がしなやかに引き締まり、まるで全ての力がその一瞬に集中しているかのようだ。
次の瞬間、ウィルは右腕を一気に振り上げた。稲妻のようにしなった腕が空気を切り裂き、戦場に轟音が響く。ルゥーのお腹で生成されたドラゴンジッパーが、彼の右腕に具現化された。
「Compression」
ウィルの響く声と共に、ドラゴンジッパーが赤く輝き始める。その輝きは徐々に激しさを増し、膨大な熱エネルギーが際限なく圧縮されていった。
圧縮は、まるで無限に連なるマトリョーシカのように繰り返し行われ、エネルギーが凝縮されるたびに光の強さが増し、刃全体が震え始める。
やがて、限界を超えたエネルギーの圧縮により、ドラゴンジッパーは深い重低音を放ち、それは戦場に地鳴りのように響き渡った。刃が震えるたびに衝撃波が大気を切り裂き、その音は大地をも割るかのような威圧感を放つ。振動は地面を揺るがし、周囲に立つ者すべてを圧倒していた。
「Decompression」
ウィルが叫ぶと、圧縮されたエネルギーが一気に解放され、ドラゴンジッパーが解凍された。
勇者はすぐにクロノス・シフトを発動したが、ウィルは止まらない。
クロノス・シフトが発動した瞬間、それに呼応するかのようにスリープ解除の機能が自動実行される。
ウィルの体はスリープ解除され、再び動き始めた。
神の恩恵が効かない。
なぜ発動しないのか、その理由がわからないまま、勇者は焦燥感に駆られた。
時間は残されていない。
勇者は瞬時に後ろを振り返り、左右にいる聖女と賢者を見た。どちらを助けるべきか刹那の決断が迫られた。
1秒が無限に感じられる中、勇者は限界まで思考し、決断を下した。
聖女を抱え、横へ飛び出す。
その瞬間、ウィルのサーベルが完全に振り下ろされた。
地鳴りのような音と共に、圧縮され続けた膨大なエネルギーが解凍され、サーベルから解き放たれた。圧縮の反動で解放されたエネルギーは、膨大な質量と共に熱エネルギーに変換され、大地を割った。その一撃は賢者を完全に飲み込み、熱の奔流は瞬く間に広がっていく。
大地は裂け、焼き尽くされていった。何もかもがその膨大なエネルギーの奔流に抗うことなく、次々と呑み込まれ、消えていった。衝撃の余波はまっすぐに線を引くかのように続き、遠くにある山々すらも抗うことなく崩れ去った。ウィルの一撃によってそこにあるものは跡形もなく吹き飛ばされた。
「残り2人……」
ウィルは冷たくつぶやきながら、まるで羽虫を潰すかのように、無情にその存在を消し去っていく。
その冷酷な姿に、勇者はもはや自分たちの運命を悟らざるを得なかった。
「聖女、手分けして逃げるぞ!」
その声は冷静さを装っていたが、どこか虚しさが滲み、虚勢を張っていることが伝わってくる。
聖女はこくりと頷くと、左右に分かれて逃げる準備を始めた。
だが、ウィルは即座に次の手を打つ。
彼の指先が静かに動き、「アイ、モードを『龍』に設定。機能を呼び出せ」と冷ややかに指示を飛ばす。
「100Dbps LAN」
ウィルの声が響いた瞬間、龍脈を通じて地中の分子が異常な速度で振動し始めた。マントルの熱エネルギーが限界を超えて加速し、局所的に超高温のエネルギーが発生する。赤く燃え盛るマグマは白熱化し、液体の域を超えて純粋なエネルギーそのものへと変貌した。その熱は触れるものすべてを溶かし、存在そのものを無に帰す破壊力を放っていた。
ウィルが腕をゆっくりと振り上げると、龍脈の力がさらに解放され、地中の分子は一層激しく活性化する。マントルの熱は極限まで引き出され、膨大なエネルギーが地中深くからまばゆい光の奔流となって溢れ出た。その光は、まるでLANケーブルが龍の姿を取ったかのように、光速で空間をうねりながら駆け抜けた。
光の龍は圧倒的なスピードで大地を突き進み、ターゲットとなった聖女へ自動追尾しながら迫っていく。その姿はまるで自然の法則すらねじ曲げるような圧倒的な力を体現していた。聖女は必死に回避を試みたが、龍のロックオンから逃れる術はなかった。
慌てて聖女は魔術を行使する。
「神の名をもとに、セイクリッド・プロテクション!」
彼女の祈りと共に聖なるバリアが展開され、まるで天使が守護するかのように、神聖な光が彼女を包み込む。
しかし、その祈りも虚しく、龍の猛威には何の効果もなかった。
聖女を捉えた龍は、まるでLANケーブルがポートを見つけたかのように一直線に突進し、龍の口が大きく開かれる。膨大な熱エネルギーが奔流となって彼女を包み込み、聖女はバリアごと音もなく崩壊した。
ウィルは最後に、操作を即座にマニュアルモードに切り替える。指先の動きに応じて龍は自在に軌道を変え、勇者の周囲を旋回しながら圧迫するかのように動きを封じていく。
勇者はその場に立っているのがやっとだった。
身に着けている魔術を宿した武具は、防御を展開しながら必死に熱を遮断しようとしているが、少しずつその効果は薄れ、金属部分が赤く焼け始めていた。溶け出す異臭が漂い、勇者の肌をじりじりと焦がしていく。
無力感が勇者の表情を覆い尽くす中、ウィルは冷徹に宣告する。
「お前が何度も復活しようが、俺はお前をターミネートする。だから……この世界から消えろ」
ウィルの言葉が冷たく響き渡る中、勇者は震えながら口を開く。
自分の強さのすべてが否定され、圧倒的な存在の前にひれ伏さなければならない屈辱が態度となってあらわれる。
「い、いやだ……俺は勇者だぞ。この世界はゲームの世界なんだ。だから……」
勇者は自分を守るように必死に言葉を並べるが、それがウィルの怒りに油を注ぐ結果となった。
「お前は、この世界に認められていないんだよ」
ウィルの声には深い怒りが込められていた。
「レベル上げのためにこの世界に住む魔族を殺し、メアリを手にかけ、挙げ句の果てに、俺の大事な人を泣かせた!」
ウィルの怒りは頂点に達する。
「リューカを泣かせたのは、てめぇぇぇのせいだろうがぁあッ!!!」
彼の叫びと共に、彼の体から凄まじいエネルギーが迸る。
ウィルは「竜」モードに切り替え、最後の攻撃を繰り出すことにした。
「アイ、ホットスポットだ」
『了解』
ウィルは静かにドラゴンジッパーを勇者に向けて突き出し、まるで彼の存在を正確に狙い定めるかのように、鋭い視線と共にポイントを合わせた。
圧縮機能が作動し、ウィルは指定した座標に向けて、大地の奥深くに眠るマントルを強引に圧縮していく。地鳴りが低く響き、大地が反応して震え始める。
燃え盛る赤いエネルギーがウィルの体を伝い、血液のように彼の全身を駆け巡り、機能は限界を超えるほどに引き出されていく。
エネルギーがさらに圧縮され、次第にその限界を超えようと膨れ上がっていった。
やがて、制御不能なほどの膨大な熱エネルギーが凝縮され、周囲に圧倒的な圧力が生じ始める。空気がピリピリと震え、戦場全体が不穏な静寂に包まれる。
ウィルは、静かに、最後の言葉を呟いた。
「Pyroclasm」
その瞬間、ドラゴンジッパーの圧縮から解き放たれたエネルギーが天高く一直線に光を放ち、まるで空そのものを貫くかのように激しく放出される。
圧縮されていた膨大な熱エネルギーが一気に解放され、轟音が天と地を震わせ、空気が一瞬で灼熱に変わった。地面が激しく割れ、大地が裂けるように縦に深い傷が刻まれる。膨大な力が一直線に勇者を貫き、その瞬間、彼の存在は光に呑まれ、何も残さず消え去った。
大地はその衝撃で激しく揺れ動き、クレーターのような深い傷跡が戦場に刻まれた。周囲の山々は焼き尽くされ、地面は灼熱の熱波によって焦げ付き、亀裂と焦土に覆われていた。
勇者が立っていた場所は、まるで永遠に続くかのような黒い裂け目が生まれ、そこから灼熱の風が吹き上がる。熱気はなおも戦場を包み込み、歪んだ蜃気楼が空気を不気味に揺らめかせていた。
燃え上がる大地からは煙が立ち上り、灰となった空気の中に残骸が散らばっている。それはまるでこの地に生命が存在していたことすら否定するかのような、完全なる破壊の光景だった。
静寂がゆっくりと戦場に戻り、轟音は徐々に消え去っていく。
戦場は、かつての喧騒が嘘のように静まり返り、燃え尽きた大地と共に深い沈黙が広がる。
勇者一行の姿は完全に消え失せ、ウィルはただ1人、その場に立ち尽くしていた。
戦いが終わったことを確認し、ウィルはリューカの元へ駆け寄ろうとした。しかし、その瞬間、ウィルの視界が青く染まり始めた。
「あれ……?」
ウィルは違和感を覚えた。
『ウィル、これは……』
アイは何かに気づき、即座にドラゴンアプリケーションを強制終了させようとした。しかし、状況は悪化する。ウィルは遠くにいるリューカを見ようとするが、視界はどんどん青く染まっていく。
「お父さん……」
リューカはウィルの異常に気づき、心配そうに呟いた。
『クラ◯◯◯よ……』
次の瞬間、ウィルはまるで糸が切れたように膝をつき、そのまま動きを止めた。静寂の中、青く染まった視界には、無機質なシステムエラーのログが浮かび上がる。
0x00000050: PAGE_FAULT_IN_NONPAGED_AREA
ウィルのすべてが、完全に停止した。




