54話 勇者はウィルを攻略する
勇者は内心ほくそ笑んでいた。
彼には、かつて先代勇者と共に鬼切一族の魔王と戦った経験があった。
鬼切一族は雷魔法を巧みに操り、先代勇者はその戦いで相打ちとなった。それは勇者にとって、忘れられない記憶だった。
さらに、先代勇者から聞いたゲームの知識が彼の中で1つの指標となっていた。
効率的なレベリング、神の恩恵の選び方、そして相手の弱点を把握し、攻略する術。
目の前に立つ敵を見たとき、彼は確信していた。
もう、あいつにはこれ以上の攻撃手段はないと。
先代勇者から教わったゲームの知識が、今の勇者にとって揺るぎない自信の源となっていた。あとは、どうやって敵を倒すかという課題だけが残っていた。
不気味な笑いを浮かべながら戦いの高揚感を楽しんでいた。脳内にアドレナリンが満ち、自ら攻め手に回り、攻撃を仕掛ける。
片手剣と盾を駆使した勇者の一連の攻撃は、いくつかのパターンに分かれ、次々と繰り出される。しかし、ウィルはすでにアイの解析データをフィードバックし、回避行動の最適化を図っていた。回避に割いていたリソースが減った分、ウィルは解析に集中し、勇者の攻撃手段をさらに探り始める。
特に、瞬間移動のような「クロノス・シフト」と呼ばれる技には注目していた。ウィルはその技の詳細な仕組みを完全には理解していなかったため、相手の動きをじっくりと観察していた。
『ウィル、何か仕掛けてくるわ!』
アイの鋭い警告が響いた瞬間、勇者が忽然と姿を消し、次の瞬間にはウィルの目の前に現れた。
「ライトニングスラッシュ!」
聖剣が光を纏いながら閃き、ウィルを切り裂こうとする。ウィルは反射的に身をひねり、ギリギリのところでその斬撃をかわした。しかし、顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「アイ、解析データをピックアップして、俺に回せ!」
ウィルは必死に冷静さを保ち、瞬時に指示を飛ばす。アイは素早く反応し、重要度の高いデータをウィルに転送した。
(ポータルの検知なし……各感知センサーにも反応なし、テクスチャーの変化もない……)
「アイ、やっぱりこれだけじゃわからないな……」
『そうね。解析を続けていくしかないわね』
アイの冷静な声に、ウィルは短く頷いた。
異世界に転生して間もない頃、ウィルは戦闘経験が乏しく、ほとんどアイに頼りきりだった。指示に従うだけで精一杯な自分を、彼は「おんぶに抱っこ」と自嘲していた。
だが今や、ウィルは戦闘に慣れ、自らデータを解析し、次の手を考えられるまでに成長していた。
この関係は単に道具としてアイを扱う「操作者」と「道具」というものではなく、互いに支え合い、共に戦場を切り開く真の協力者へと進化していたのだ。
ウィルはひたすら回避に専念しつつ、勇者の動きを見極めようとしていた。
「くっ……!」
息を詰め、勇者の聖剣の一撃を間一髪で避ける。鋭い斬撃はウィルのすぐ横をかすめ、地面を深く切り裂いた。その衝撃が足元を揺るがしたが、ウィルはバランスを崩すことなく次の攻撃を警戒する。
「ライトニングスラッシュ!」
再び勇者の剣が閃き、ウィルは後方に跳んでその鋭い斬撃をかわす。しかし、勇者は距離を取らせまいと再び突進し、素早く間合いを詰めてきた。
(近距離戦が続くと不利になる……)
ウィルは冷静に思考を巡らせながら、全力で回避し、攻撃のタイミングを探っていた。だが、「クロノス・シフト」の仕組みは依然として解明されていない。
『ウィル!』
アイの警告に反応し、ウィルはすぐに姿勢を低くする。次の瞬間、勇者は再び消失し、ウィルの背後に現れた。
「危ないっ!」
彼は辛うじて横に転がり、聖剣の斬撃をかわす。風圧がウィルの頬をかすめ、地面には深い傷跡が刻まれた。
(クロノス・シフト……その瞬間移動のタイミングさえ掴めれば……)
ウィルは勇者の動作を観察しながら、相手の動きをじっくりと解析していく。少しずつ、彼は勇者の移動パターンやタイミングを把握し始めていた。
「もう少し……もう少しで、この謎が解けるはずだ……」
ウィルは自分に言い聞かせ、必死に回避しながらも攻防が続いていた。しかし、解けない謎に対する苛立ちが徐々に募り、思考は極端に偏り始める。感情は単なるパラメータとして制御できず、生身の人間としての自分がそれを許さないのだ。ひらめきは知識と経験に裏打ちされたものであり、今のウィルには、そのひらめきが生まれる余裕すらない悪循環に陥っていた。
「神の名をもとに、第10階位魔術、ガイアの怒り!」
賢者が手を地面にあてると、大地が裂け、隆起した地面がウィルを突き刺すべく襲いかかる。ウィルはそれを察知し、ギリギリのタイミングで回避を続ける。地面が崩れ、足元が不安定になる中でも、ウィルは冷静に動き続けていた。
「神の名をもとに、第8階位魔術、エレメンタル召喚――火と水の大精霊いでよ!」
今度は水と火の精霊が召喚された。
それぞれの精霊が自立して行動し、ウィルの動きを封じようと攻撃を開始する。
勇者たちはウィルの回避手段を削ぎ落とし、多勢で一気に追い詰める作戦に出たのだ。容赦ない攻撃が四方八方から飛び交い、ウィルは立て続けに避け続ける。
しかし、ウィルは勇者と正面から対峙するだけの余力を失いつつあった。
その瞬間、勇者は気配を消した。
スキルを発動し、存在感を消した勇者は、ウィルに致命的な一撃を見舞おうと狙っている。だが、ウィルも負けじとセンサーを駆使し、アイに監視させながら攻撃の予兆を探る。
『ウィル、後ろからくる!』
アイの警告が響く。ウィルは瞬時に反応し、背後から迫る聖剣の一撃を避けようとする。しかし、勇者の聖剣がウィルの腕を斬り上げる。
「くっ……!」
切り裂かれた腕は、空中で回転しながら舞い上がり、血が飛び散る。だが、ウィルは即座に動き、着地点をずらしながらブロックを展開。落ちてきた腕を掴み取ると、ナノマシンによる復元治療を即座に開始した。瞬く間に切断された腕は再接合され、正常に動作し始める。
「お前、しぶといな。攻略しがいがあるよ」
勇者は不敵な笑みを浮かべながら、ウィルに語りかけた。
ウィルは冷静に返答する。
「俺はお前を攻略しない。ただ、お前の仕様を把握しているだけだ」
その淡々とした態度に、勇者はさらに笑みを深めた。
「お前は知らないかもだけど、この世界はゲームなんだよ。レベル差を活かした戦い方も、すべてがテンプレート化されてる。お前に勝ち目はない。諦めろ」
勇者の言葉は、まるで相手を絶望に導こうとするかのような口調だった。
「お前がやっていることは、この世界に不正アクセスして、この世界の住人を殺しまわり、勝手に作った仕様でレベリングして強くなったと錯覚しているだけだ。粋がるな」
ウィルは冷静に言い返した。
「強さこそが正義だ。この快感をお前にも教えてやるよ」
勇者の言葉には狂気が宿っていた。
「強さを追い求めて手に入れた快感に、満足しているのか?」
ウィルはあくまで冷静に問いかける。
「すぐに飽きたよ。俺、一度攻略できたら飽きちゃうタイプでね」
勇者は不敵な笑みを浮かべたまま答える。
「つまらない遊び方をしてるから満足できないんだよ」
ウィルの一言に、勇者の目が一瞬鋭く光った。
「負けることが決まってるくせに、吠えるな!」
勇者の怒りを含んだ声が響く中、ウィルは一切動じず、ただ冷静に次の手を探っていた。
共有画面に映るリューカの心配そうな顔が目に入る。彼女は不安げな表情でウィルをじっと見つめていた。
「お父さん、大丈夫?」リューカの震える声が届く。
ウィルは精一杯の笑顔を浮かべ、彼女に向かって落ち着いた声で答えた。
「大丈夫……お父さんは大丈夫だから、心配しないで」
その言葉を聞いても、リューカの表情から不安は完全に消え去らなかったが、彼女は小さく頷いた。
互いにヒートアップしていく戦いの中で、ウィルはなおも冷静さを保ち続けていたが、徐々に状況は不利になっていった。劣勢を強いられながらも、ウィルは自分の戦い方を見失うことなく、勇者との攻防が続いていく――。




