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魔族IT革命  作者: 白樹春來
魔京都 会社設立編
5/68

5話 不正利用アカウントを葬る

 暗い廊下を歩き続け、ようやく端までたどり着いた。


「ようやくか」


 出口が見つかるかと期待したが、そこにあったのはただの巨大な壁だった。


 ウィルはがっかりしながらも、周囲を見回し、近くに通気口があることに気づいた。


「アイ、ここから出られるかもしれない。オブジェクトを空間に配置して、あの通気口に近づけるようにしてくれ」


『了解。今すぐ実装するわ』


 アイに指示を出すと、空間にブロック状のオブジェクトが立体的に配置され、階段のような形状を作り出した。


 足場がしっかりと構成され、ウィルはそれを使って通気口の近くへと移動することができた。


 近づくと、彼は唾をつけた指を通気口にかざして風を感じ取る。


「アイ、風が吹いている。この先を辿れば外に出られるかもしれない」


『外に繋がっているか確認してみよう』


 ウィルはアイのサポートを受けながら、ダクトの中に身を滑り込ませ、慎重に進んでいく。


 冷たい鉄の内部は狭く、所々で体を押し込むように進まなければならなかったが、なんとか前進することができた。


「アイ、向こうに光が見える」


『もう少しよ。頑張って』


 彼は疲労を感じながらも、アイの応援を受けて最後の力を振り絞り、出口に向かって進んだ。


 そして、ついにダクトの先から抜け出ると、目の前には明るい自然の光が広がっていた。


 眩しい光に一瞬目を細め、暖かい日差しがウィルの顔を包んだ。


「外に出られた……やっとだ」


 彼は周りを見渡す。


 そこはかつて何か大きな施設があった跡地で、崩れ落ちた建物の残骸が広がっていた。歴史に取り残されたその場所は、かつて栄えていたが、今はただの廃墟に過ぎなかった。


『出口は確保できたね』


「久しぶりに日差しを浴びると、こんなに暖かく感じるんだな……」


 ウィルはふとその場の静けさに浸っていたが、アイの視線が一点に向けられていることに気づいた。


「どうした?」


『誰かが近づいてくるわ。気をつけて』


 その言葉に、ウィルの心は瞬時に警戒態勢へと切り替わる。隠れる場所を探し、すぐに近くの残骸の陰に滑り込むように身を潜めた。そして、やがて静寂を破るように足音が聞こえ始めた。


 足音は次第に近づき、やがて軽快なステップを踏むボンの姿が見えた。


「おい、クソガキ。なんでまだ生きてやがるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、ウィルは体が硬直し、殺された恐怖が蘇ってきた。逃げ出したい、でもどうすればいいのかわからない――思考が混乱し、全てが真っ白になっていく。


『ウィル、落ち着いて。あなたには私がいる』


 アイの穏やかな声がウィルの心に静かに響いた。彼女がふわりとウィルの前に現れ、優しい目で彼を見つめている。


 怯えていたウィルは、ボンの冷酷な視線からアイに視線を移すと、不思議と恐怖が少しずつ和らいでいくのを感じた。アイの存在に支えられ、彼の中にあった混乱も次第に収まっていく。


『ポータルを検知したわ。どこに繋がっているかはわからないけれど、今はとにかくそこへ向かいましょう』


 ウィルは一瞬、全身が恐怖で固まってしまい、足が動かなくなっていた。ボンの冷たい視線と、すぐ後ろに迫る存在を感じ、逃げたい気持ちはあったものの、身体は反応しなかった。頭の中は真っ白で、何をどうすべきかもわからず、ただ恐怖に支配されていた。


『ウィル、今は私を信じて。とにかく走って、ポータルへ向かうのよ』


 アイの冷静な声が再びウィルの耳に届いた。その言葉に導かれ、ウィルはなんとか自分を奮い立たせた。アイの指示を信じるしかない――恐怖を振り払い、彼はようやく一歩を踏み出した。


 全身が怯えている感覚を振り切りながら、必死で走り出す。背後から何かが襲ってくるかもしれないという恐怖を感じながらも、ウィルはただ前へ、ポータルへと向かって足を動かした。


 ようやくポータルに辿り着いたウィルは、慌てて蓋を開け、中へ飛び込む。息を整える暇もなく、ウィルの視界が急に変わる。


 ポータルを抜けた先には広々とした森が広がっていた。ボンの追跡から一時的に逃れることができ、ウィルはほっと安堵した。しかし、その感覚はすぐに不安に変わる。この広大な森に隠れたとしても、いずれはボンに見つかってしまうのではないかという恐れが、ウィルの心を強く締めつけた。


 情勢は依然として不利で、安堵している暇はない。


『ウィル、何に怯えているの?』


 アイの問いかけに、ウィルは恐怖で動揺している自分に気づく。アイの声がウィルの不安を落ち着けるように響くが、なぜ自分がこんなにも怯えているのか、自分自身でも理解できなかった。何かが頭の中でぐるぐる回り、まとまらない。


「前世では誰かと争ったこともなく、殴られたこともなかった。ただ平和な日々を過ごしていただけだ。誰かの視線や思惑が気に障ることはあったけれど、こんなに直接的な殺意を向けられることは一度もなかった。……それが怖くて、逃げたかったんだ」


 ウィルは恐怖を言葉にしながら、自分の心に何が起きているのかを整理し始める。言葉にすることで、何に怯えているのかが少しずつ明確になり、それにより不安が少しずつ解消されていった。


『ウィル、よく聞いて。この世界は混沌に満ちている。魔法も、魔術も、物理法則も、何だってここでは実現できるのよ』


 アイの言葉に、ウィルは少し驚いて目を見開く。彼女は続けた。


『もちろん、ウィルが好きなデジタルの世界も同じよ。ここではなんでも表現できる。ウィルはゲームの中で、自分が怖いと感じることはある?』


「……ない」


『今、あなたは人間ではないのよ。人間が感じる恐怖も、ただの感情のパラメータに過ぎないわ。ウィルがプレイヤーなら、敵は何?』


「敵……いや、エネミー(障害)でしかない」


『エネミーが現れたら、あなたはどうする?』


「……排除する」


『今の状況と目標を見失わないで。あなたは自由を勝ち取る力を持っているわ。恐れないで!』


 アイの言葉がウィルの心に響き、彼は少しずつ恐怖を乗り越えようとしていた。鼓動が少しずつ落ち着きを取り戻し、冷静さが戻ってくるのを感じる。ウィルはアイの言葉を胸に刻み、自分が何をすべきかを理解し始めた。


 彼は静かに深呼吸をし、拳を強く握りしめる。目の前の敵を倒すために、そして自分の未来を切り開くために。


 全身に力が漲るのを感じながら、ウィルは決意を固めた。


「アイに俺の命を預ける」


 その言葉を聞いた瞬間、アイの顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。まるで長い間待ち望んでいた瞬間が訪れたかのように、彼女は穏やかな笑顔でウィルを見つめる。その笑顔は、ウィルが信頼を寄せたことへの感謝と喜びが混ざり合ったものだった。


 アイの笑顔を見たウィルは、彼女の存在が自分にとって本当に大切なものだと感じた。確信を持って次の言葉を続ける。


「戦闘条件を定義する。条件は、今ある機能を駆使して戦闘に勝利しろ」


『任せて』


 その時、ポータルからボンが姿を現した。目の前に広がる森の光景に一瞬驚いた様子を見せ、辺りを見回す。そして、ウィルに目を留めると、その顔に鋭い疑問と殺意が浮かんだ。


「何だここは? お前、何をした?」


 ボンの声には明らかな苛立ちが滲んでいた。彼から感じる殺気は明確だったが、今のウィルはそれに怯えることはなかった。彼は冷静にボンを見つめ、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「さぁな。ベンってやつの殺し方が甘かったんじゃないのか?」


 その言葉に、ボンはさらに怒りを燃やし、サーベルを抜き放つ。


「魔術も使えない雑魚が調子に乗りやがって。俺様が直々に始末してやるよ」


 ボンはサーベルを構え、詠唱を唱え始めた。


「神の名のもとに、魔術を行使する」


「身体強化、剣技行使」


 アイの声がウィルの耳元で静かに響いた。


『いい。戦闘のサポートは私がする。指示に従って、体をしっかり動かしてね』


「任された」


 次の瞬間、戦闘が始まった。


 ボンがサーベルを上段に構え、一気に加速する。空気を切り裂くような音が響き渡り、その動きは常人には認識できないほどの速さだった。もしアイのサポートがなければ、ウィルの体はすでに真っ二つになっていたはずだ。


 だが、ウィルの脳はアイによって処理能力が向上し、ボンの動きを完全に捉えていた。ウィルは右足を引いて、振り下ろされるサーベルの軌道を外す。反撃のチャンスを狙おうとするが、ボンの切り返し動作が速く、攻撃を仕掛ける余裕がない。


 ウィルは回避を優先し、アイの指示通りに全ての剣戟を巧みに避けていった。


『今の感じで避けられるなら、次は相手の虚をついて反撃を狙って!』


 ウィルは集中力を高め、ボンの動きをじっと観察した。ボンもまた、ウィルの反撃に備えるようにサーベルを構え直し、その目には疑念が浮かんでいた。


「お前、何者だ?」


 ボンの目がウィルを鋭く見据える。


 ウィルとアイは冷静に答えた。


『「機械生命体ウィル。世界の敵を排除するためにこの世界に来た。お前をターミネートする」』


 ボンはその言葉を聞くと、少し唇を歪めた。


「そうか……俺はこれでも冒険者だ。お前が敵であれば、殺す」


 ウィルとボンの間に殺気が交錯し、戦闘は一層激しさを増していく。ボンは再び魔術を唱え、サーベルが赤く発光した。


「魔術行使:フレイム」


 サーベルの刀身が炎に包まれ、元のサイズよりわずかに大きくなった。


 アイの指示がすぐに飛んでくる。


『ブロックを重ね掛けして、懐に飛び込むのよ!』


 ウィルは左前腕を前に出し、次々とブロックを展開する。何層にも重なったブロックがボンの視界を遮り、ウィルの動きを隠す。ボンのサーベルが振り下ろされ、数枚のブロックを砕いたが、完全には貫けず、刀身はブロックに食い込み動きを止めた。


『今よ、潜って足を払って!』


 アイの声に従い、ウィルは瞬時にボンの懐へ潜り込み、彼の足を払う。ボンはバランスを崩し、転倒しかけるが、手をついてバク転し、態勢を立て直そうとする。


『殴って!』


 アイの声が響き、ウィルは即座に拳を突き出す。彼の意識が拳に集中した瞬間、「殴」という文字が拳と共に空間に具現化し、そのまま拳に力が込められる。


 強烈な一撃がボンの顔にクリーンヒットし、彼の体は勢いよく吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。文字の力がボンの体を押しつけるように作用し、彼は壁に深くめり込み、完全に動かなくなっていた。


『まだ油断しないで、もう一人くるわ』


 アイの冷静な声がウィルの耳に届いた。


 ウィルはすぐに気を引き締め、背の高い木の陰に身を潜めた。アイの指示通り、次の敵が現れるのをじっと待つ。しばらくすると、足音が規則的に近づいてくるのが聞こえた。やがて、軽薄な声が響く。


「ボン様、どこにいらっしゃいます~?」


 ウィルの心臓を抉った張本人、ベンが姿を現した。怒りが胸の奥から込み上げ、ウィルの拳は自然と強く握りしめられる。しかし、冷静さを失わないようにとアイの声が再び頭をよぎる。ウィルは深呼吸をし、ベンがアイの指定したポイントに差し掛かるのをじっと待った。


 そしてその瞬間――ウィルは木の陰から勢いよく飛び出した。空中で彼が拳に集中した瞬間、「怒」という文字列がまるで実体を持ったかのように空間に出力され、拳にエネルギーが宿る。文字がベンに向かって飛び、同時に拳が強烈な力でベンの顔にクリーンヒットする。


 その衝撃はベンを地面深くへと叩き込み、文字列「怒」もまた、彼の顔に押し込まれるようにめり込んだ。ウィルはゆっくりと立ち上がり、ベンが完全に動かなくなっているのを確認した。

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