48話 勇者は慎重に準備する
勇者アランが装備する武具は、神から与えられた最上級の装備であり、彼のスキルに合わせた仕様になっている。その装備は絶大な力を宿していた。しかし、久しぶりにその武具を身に着けたアランは、体が慣れておらず、違和感しか感じなかった。
(これは時間がかかりそうだな……)
アランは参ったような表情を浮かべ、足、小手から順々に装備を身につけ、最後に鎧を被った。久しぶりの装備は重く、準備には予想以上の時間がかかってしまった。
家を出ると、大司教が彼を待っていた。
「大人になったな……」
大司教はアランを挑発するような笑みを浮かべながら言った。
「うっせ……引退させろよ」
アランは不機嫌そうに返す。
「お前はまだ若い方だぞ。教会の関係者なんて、みんな爺さん婆さんしかいない」
「終わってるな……」
大司教は軽く笑いを浮かべると、話を切り上げた。
「話は終わりだ。さあ、馬車に乗れ」
アランは何も言わずに馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
冒険者の町アランに到着した「勇者アラン」は、町の教会で自分のパーティーと待ち合わせていた。少し待っていると、教会の奥から聖女と賢者がやって来た。
「初めまして、次代勇者のお世話役兼聖女をさせて頂いております、アンネと申します」
「初めまして、次代勇者の相談役兼賢者をさせて頂いております、モネと申します」
2人ともまだ若く、目を輝かせながらアランを見つめていた。
「引退の身になりますが、勇者アランです。よろしくお願いいたします」
アランは少し緊張しながらも、彼女たちに挨拶を返した。彼女たちを見つめていると、自分もこんな若い頃があったのだと思い、なんとも言えない気分になった。
大司教が冗談交じりに声をかけた。
「彼女らは将来有望だ。うっかりしてやられないように頼むぞ」
(ただでさえ、勘を取り戻すのに時間がかかりそうなのに……)
アランは内心で文句を言いたくなったが、口に出すことはしなかった。
すると「顔に出てるぞアラン」と大司教が苦笑しながら言ってきた。
アランは不満そうな顔をしながらも、勇者としての役目を果たすために行動を開始した。
まずは情報収集からだ。山や森の狩りと同じように、どこから攻めるか、どうやって兵糧を確保するかを考えなければならない。さらに、パーティーメンバーの力量を把握する必要もあった。
アンネとモネから、魔京都の脅威や戦闘区域の状況についての情報を共有してもらった。アランは彼女たちの話に真剣に耳を傾け、詳細に確認を進めていった。しかし、話を聞けば聞くほどに、今の状態で魔京都に手を出すのは愚策だとアランは感じた。
2人もその意見に同意していた。
一息ついて話が途切れた時、モネがアランを見つめ、少し躊躇しながら口を開いた。
「実は、1つ気になる情報があります」
「なんだ?」
アランはモネの目をじっと見つめながら尋ねた。
「龍仙谷の魔王が、転生の儀を行うかもしれません」
モネが慎重に言葉を選びながら伝えた。アランはその言葉に目を細め、思わず腕を組んだ。
「おとぎ話に出てくるあれか?1000年ごとに、龍が転生するっていう……」
「はい、私の予測が正しければ、今年中かと。」
「正確な時期はわかるのか?」
「いいえ、それは現地に行ってみないとわかりません……」
アランは考え込んだ。情報の精度は低いが、もしそのチャンスを掴めれば、魔王を一網打尽にし、圧倒的な優位を手に入れることができるかもしれない。
思い切った決断が必要だった。
「当面は、近くの村落を中心に魔族を狩り、餌の確保を優先する。行き先は……龍仙谷に決定だ」
アランは2人に視線を向け、確認を取った。
「はい!」アンネとモネは自信満々に答え、アランはうなずいた。
「それと、出発したら名前呼びは禁止だ。互いを『勇者』『聖女』『賢者』で統一する。いいな!」
アンネとモネは再度うなずき、気持ちを引き締めた。
「よし、では出発だ。勇者の遠征だ!」
アランたち勇者一行は、町の住民たちに温かく見送られながら、龍仙谷へと向かって進軍を開始した。
◇◇◇
勇者一行は、龍仙谷の近くでいくつかの村落を見つけた。遠目から眺めると、村では祝い事の準備をしているらしく、食料も豊富にありそうだった。アランは聖女、賢者と共に、どのように村を攻めるか作戦を練り始める。
聖女は全方位に透明なバリアを展開し、賢者は勇者アランにバフをかけ、後方から魔術で支援する。アランは1人ずつ、できるだけ傷をつけないように殺傷するため、手持ちの武器をレイピアに変えた。
賢者がふと疑問を抱き、勇者に尋ねた。
「なぜ、もっと力を見せないのですか?」
互いの戦力を事前に確認したい気持ちがあったようだ。勇者は少し視線を落とし、不敵に答える。
「餌をどう調理するかは俺が決めることだ。ぐしゃぐしゃに始末するのも、きれいに仕留めるのも俺の好きにやらせてもらう」
「勇者様は、神様の寵愛を一心にお受けになっているのですね」
「そうだ。神が俺という存在を作った。だから、これは正しい行いというわけだ。雑魚に魔力をあまり消費したくないし、奥へ行けば行くほど敵も強くなるだろう。それに応じてこちらも力を示していこうじゃないか」
賢者はその考えに納得し、作戦に従うことにした。
その後もアランは村へ忍び込み、1人ずつ魔族たちを始末していった。村の誰もその存在に気づくことはなく、傷跡もほとんど残さず、全員が静かに命を絶たれていた。
村の魔族を全滅させた後、聖女が尋ねた。
「勇者様はなぜ、暗殺者のような動き方を熟知されているのですか?」
「それは、ある人の影響が大きいかな」
「ある人とは?」
アランは聖女に耳打ちしてこっそり教える。それを聞いた聖女は驚きつつも納得した。
「あなたが勇者であることを誇りに思います」
聖女の言葉を受け、アランは軽く微笑んだ。
その後、彼らはさらに奥へと進む。行けば行くほど、村の防備は強化され、敵も手強くなっていった。
アラン1人でも十分に対処できたが、賢者の力を借りながら、確実に討伐を進めていく。全属性の魔術を使いこなす賢者の腕前に、勇者は感心し、言葉をかけた。
「賢者、全属性魔術が使えるなんてすごいな」
「ありがとうございます。勇者様のおかげで楽をさせてもらっています」
互いの技術を理解し合い、背中を預けられる信頼関係が築かれていった。
やがて、一行の周りには、餌を卸売する業者たちがついてくるようになった。村を制圧するたびに、業者たちは魔族の死体を運び込み、満足げな笑みを浮かべていた。
勇者一行がもたらす新鮮な死体は、まさに彼らにとって金の鉱脈であり、商売繁盛の神のように思えたのだ。
アランは業者たちに警告する。
「ここから先は龍仙谷の区域だ。餌を卸して町へ戻れ」
業者たちは深々と頭を下げ、何度も礼を言いながら町へと帰っていった。
「勇者様、今日は大漁でしたね」
「ああ……そうだな。まあ、ありがとう」
アランは聖女のおだてに思わず苦笑いを浮かべ、どこか気恥ずかしさを感じた。
ついに一行は龍仙谷にたどり着いた。
まずは偵察から始めるため、賢者に姿を変える魔術をかけてもらい、検問を無事に通過した。谷の中は華やかな装飾と、楽しそうに賑わう魔族たちで溢れ返り、大きな催し物が行われていた。
「こんな派手な催しは初めてみる……」
アランはそんなことを呟きながら、特殊なスキルを発動させた。そのスキルは、相手の運命力を視覚化するもので、影響力の大きい者を感知できる。魔王を探すにはうってつけのスキルだった。
運命力の大きな存在は、全体で4つ確認できた。アランは隠密行動を取りながら、それぞれの場所を観察する。街のシンボルとも言える建物に1つ、大きな宿泊施設に2つ、そして残り1つは離れた場所にあった。
(魔王は街のシンボルにいるはずだが……俺の勘がそうじゃないと言っている……なぜだ?)
アランは疑念を抱いた。宿泊施設にいる魔族の運命力は、シンボルにあるものよりもさらに大きく、今まで遭遇したどの魔族よりも強大だったからだ。アランは細心の注意を払いながら、その魔族たちを観察することにした。
夕方になると、その宿泊施設から1人の男性と少女が現れた。アランは、魔王が壮麗な女性であると聞き及んでいるため、その2人を候補から外すことにした。次に、遠くにある建物で大きな運命力を持つ人物を確認するが、それも修道女のような姿で違うと判断した。
結局、魔王は街のシンボル的な建物にいると結論づけたが、特別な運命力を持つ男性のそばにいる少女の存在には疑念が残る。もしかすると、この少女こそが魔王にとっての弱点なのかもしれない。あるいは、彼女が真の魔王であるならば、強力な運命力を持つ男性が傍にいることも納得がいく。
この考え自体が魔王の策略である可能性も否めないが、街の様相を見る限り、転生の儀式が行われるのは本当のことだろうと確信した。
細かい段取りについては3人で話し合ってから内容を決めたいため、偵察を終了し撤退することにした。




