46話 龍神巴祭り
ウィル、リューカ、メアリの3人は、龍神巴祭りの下見に出かけていた。街中では祭りの準備が着々と進められており、住民たちが忙しそうに行き交っている。ウィルはその様子を眺めながら、祭りの規模の大きさに驚き、周囲を見渡していた。
祭りのメイン会場では、朱華様を模した人型の像が立てられていた。その像は、赤を基調とした美しい羽や角、そして尻尾を持ち、龍と竜が混ざり合ったような神秘的で力強い姿をしている。像の前には、多くの住人たちが集まり、朱華様に向かってお参りする姿が見えた。
「かっこいいな……」
ウィルは目の前の像に圧倒されつつ、思わずそう呟いた。
「朱華様のイメージ、掴めましたか?」
「ええ、ありがとうございます。おかげさまでしっかりと掴めました」
ウィルが頷き、感嘆の表情を浮かべると、メアリは微笑みながら続けた。
「朱華様は私たちの守り神でもあらせられます」
メアリの声には、朱華様への深い敬意が込められていた。
「守り神……どこか中二心をくすぐられますね」
ウィルは冗談めかして言ったが、ふとメアリが不思議そうな顔をするのに気づき、すぐに付け加えた。
「気にしないで下さい。憧れると言いたかったのです」
「そうですね、朱華様はこの都市を守ってきた偉大な存在です。私たち龍仙谷の民は、朱華様の慈悲のもとで日々の平和を享受しています。憧れてしまうのも無理ない話ですね」
メアリは心から誇らしげに語り、その様子を見てウィルも微笑んだ。
「メアリは、朱華様のことが本当にお好きなんですね」
「もちろんです。朱華様はこの都市の魔王様であり、私たちの誇りですから」
メアリの誇らしげな返答に、ウィルはさらに朱華への興味を深めた。
「メアリ、リューカと一緒に祭りを巡りませんか?」
ウィルは何気なしに誘ってみたが、メアリは少し困惑した表情を浮かべた。
「ごめんなさいね、他の職員と子供たちで一緒に行事に参加する予定があるの。だから、一緒には行けないわ」
そう言って、メアリは申し訳なさそうに断った。
ウィルは少し肩を落としながら頷いたが、リューカにどうするかと尋ねると、彼女はすぐに「ウィルと一緒がいい」ときっぱり答えた。
ウィルはリューカの言葉に少し苦笑しつつ、メアリとは別行動で祭りに参加することにした。
龍神の旅館に戻り、ウィルとリューカは祭りのしおりを広げて、どこから回るか話し合うことにした。
「食べ物中心に回りたい!」
リューカは目を輝かせながら、しおりにある食べ物ページを指さした。
ウィルは笑って頷きつつ、自分の目的も伝えた。
「リューカ、俺は最後のプログラムにある朱華様の説法に参加したいんだ。それまで食べ歩きするから、これだけは付き合ってくれ」
リューカも納得した様子で頷いた。
しおりには、朱華様の説法に参加するには寄付金が必要と記載されていたが、ウィルは「まぁ大丈夫だろう」と軽く流すことにした。
ふと、ウィルはマッチと別れてからずっと休んでいることへの、何とも言えない罪悪感が胸に重くのしかかってきた。
(創業者なのに仕事をサボって休暇を満喫とか、マッチに怒られるかもな……せめて龍仙谷の魔王との人脈はしっかり確保しておかないと)
そんな考えを巡らせながら、ウィルはリューカの希望も尊重し、2人で楽しめるルートを決めていった。
◇◇◇
祭りが始まった。
街中は熱気と笑い声で満ち、至るところで魔族たちが楽しそうに行き交っている。
いつもは静かな籠守りの家へ続く道も、今日は祭りに集まった魔族たちで埋め尽くされ、賑わいを見せていた。色とりどりの装飾や、屋台の香ばしい匂いが漂い、祭りの喧騒があたり一面に広がっている。
「リューカ、手を離すんじゃないぞ」
ウィルはリューカの小さな手を包み込むようにしっかりと握り、群衆に紛れないように注意を促した。リューカはウィルを見上げ、少し嬉しそうに微笑むと、彼の手をぎゅっと握り返す。彼女のその仕草に、ウィルはなんとも言えない温かさを感じ、自分でも驚くほど親しみの感情が湧いていることに気づいた。しかし、ふと我に返り、静かに心を落ち着けるのだった。
(俺は親じゃない。リューカを籠守りの家に慣れさせ、メアリに帰属意識を向けさせるのが目的なんだ。それなのに、親心なんて持ったら本末転倒だろう)
ウィルは頭を軽く振って気持ちを切り替え、祭りを楽しむことにした。通りには屋台が並び、手羽先や焼き鳥、麻婆団子など、さまざまな食べ物が誘惑してくる。
(見ているだけでお腹いっぱいになりそうだな……)
そんなことを思いながら見渡していると、ふとリューカが屋台の一角に並ぶ大きな麻婆団子に目を奪われているのに気がついた。前世で知っている麻婆団子の5倍はあろうかという巨大なサイズだ。リューカは無言でウィルの横腹をつつきながら、あの団子を買ってほしいと目で訴えている。
「いやいや、あれは食べ切れないだろう。普通のサイズにしよう、な?」
ウィルは建設的な提案をしたが、リューカは首を横に振り、大きな麻婆団子を指差した。
「……わかったよ。食べきれなくても知らんぞ」
ウィルは溜息を吐きながら、リューカが望んでいる特大サイズの麻婆団子を購入した。
近くに座れる場所が見つからなかったため、ウィルは人気のない路地であぐらをかいて食べ始めることにした。マナー的にどうかと思うが、今はそんなことを考えている余裕はない。
リューカが食べられない場合、あの巨大な麻婆団子を最後まで食べるのは自分になるだろう。購入した食べ物を捨てるのはウィルの矜持に反するため、心の中で「大丈夫かな」と少し心配していた。
しかし、驚いたことに、リューカはあの巨大な麻婆団子をあっという間にぺろりと平らげてしまった。ウィルは驚きを隠せなかった。
(女の子の胃袋は無限だとは聞いていたけど……本当だったんだな)
その後も、ウィルはリューカが「これが欲しい!」と目を輝かせるたびに、食べ物や飲み物を次々と買い与えながら、説法の会場へと向かって歩いた。
やがて、リューカはようやくお腹がいっぱいになったのか、会場前のベンチに腰掛けて満足そうに一息ついている。
そんなリューカの様子を見て、ウィルは朱華様に会うための寄付金の手続きについて尋ねようと、祭りの運営に近づいた。
「すみません、いくら寄付をすれば朱華様にお会いできるのでしょうか?」
運営の職員は答えた。
「都市にいることが証明できるものと、一定の寄付でお会いできます。寄付金額の違いは優先順位と時間に影響しますが、時間には上限があります」
「相場がわからないもので……皆さんどのくらい寄付されているか教えてもらえますか?」
ウィルは尋ねたが、職員は申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありません、それはお答えできません」
ウィルはしばらく悩んだ。魔王との対面の機会はそうそう得られるものではない。魔京都の魔王トゥデイと会えたのも奇跡的な偶然だった。今ここで大金を出してでも、この機会を確保すべきだと決意する。
まずは、会社設立時に作成した証明書カードを提出した。
「ウィル&マッチの企業代表のウィルさんですね。ご提示ありがとうございます」
職員はカードを確認しながら呟く。
「ウィル&マッチ……ウィル&マッチって、魔京都で急成長していると評判の会社のウィル&マッチですよね?」
「IT技術を活用して、金融、兵器開発、魔法開発、通信事業など、多岐にわたる事業を展開している企業ですか?」
「ええ、そうです。よくご存知で」
ウィルは少し驚きながらも答えた。龍仙谷でもウィル&マッチ社が知られているとは思っていなかった。
ウィルは覚悟を決め、寄付金額を告げた。
「600億コルでお願いします」
職員は一瞬固まり、目を見開いた。
「600億コル……正気ですか?」
(ん? この反応、まさか少なすぎたのか?)
どうやら、この額は予想以上に低い金額なようだ。
ウィルは勘違いし、さらに額を引き上げることに決めた。
「すみません、間違えました。650億コルでどうでしょう?」
職員の表情はさらに硬直し、その場の空気が凍りついたように感じた。ウィルはまだ不足しているのかと思い、さらなる対策を考え始めた。
(こうなったら全力を出すしかない……)
ウィルは職員の反応を見ながら、次にどう動くかを考えた。彼は自分の資産を見直し、持ち株の売却でどれだけ現金を用意できるか確認することにした。手持ちの株の価値はおよそ10兆コル。だが、これを一気に現金化するわけにはいかない。
そこで、マッチに迷惑をかけない範囲で、アイに依頼し、売却可能な額を調査してもらうことにした。
アイの分析によると、持ち株の3%を売却すれば、3000億コルのキャッシュを用意できるとのことだった。しかも、それによる影響はごくわずかで、今すぐ売却しても問題はないとアイは試算してくれた。
(よし、これなら大丈夫だ)
ウィルは心を決め、職員とのやり取りに挑んだ。
「では、2600億コルでどうでしょう?」
職員は一瞬動揺したものの、深く息をついて何とか冷静を保とうとする。しかし、ウィルの数字の大きさに表情が引きつり、顔が青ざめていく。
「え……えぇっと……」
その場で一度ためらった職員を見て、ウィルはさらに額を引き上げることを検討し、最後の手段に出ることにした。
「これで全部です。3600億コルです。これ以上は厳しいですが、どうでしょうか?」
職員はとうとう耐えきれず、その場に崩れ落ち、白目を剥いて卒倒してしまった。
その様子を見た他の職員が驚いて駆け寄ってきた。ウィルはすぐに状況を説明した。
「寄付金額の上限がわからなかったので、全資産を提示したら職員さんが倒れてしまったんです」
「いくら提示されたんですか?まさか1億とかじゃないでしょうね?」
職員は疑わしそうに尋ねた。
「もちろんです。3600億コルを提示させていただきました」
ウィルは堂々と答えたが、職員は驚愕した表情で叫んだ。
「この都市を買い占めるつもりですか!!!」
どうやら、朱華様への寄付金の過去最高額は1億コルだったらしい。ウィルが提示した額はその3600倍であり、さすがに過剰すぎたようだ。
ウィルはその状況に反省し、最終的には1億コルを寄付することにして手続きを済ませた。どうやら、信者同士が寄付金額で競わないようにするため、運営側は金額を伏せていたらしい。だが、ウィルが信者でもないにもかかわらず、巨額の寄付を提示したことで、バランスが崩壊しかけたのだ。
手続きを終えた後、ウィルはリューカと再会した。ベンチで待っていたリューカは、ウィルの顔を見るなり「遅い!」と怒っていた。
「ごめん……」
ウィルは謝罪したが、ふと自分が何を謝っているのかわからなくなった。考えることをやめ、リューカに謝罪しつつ、祭りを再び楽しむことにした。
◇◇◇
手続きを終えた後、ウィルはリューカとともに祭りを存分に楽しんでいた。屋台を巡り、お面や光るアクセサリー、色とりどりの小物を手に取りながら見て回っているうちに、体力の概念がないはずのウィルにも、いつしか疲労感がじわじわと広がっていた。
「子供の元気さを舐めてたな……まじでもう無理」
ウィルは限界を感じ、座り込んだ。まるで実際に子育てをしているかのように、その大変さを垣間見た気がした。
やがて、説法の時間が近づいてきた。リューカを落ち着かせ、ウィルは仕事モードに切り替えた。そして朱華様との対面の順番が最初であることを告げられると、少し緊張感が走った。
メイン会場に設営されている神殿らしき建物に入り、ウィルはついに朱華様の実物を目の当たりにした。その存在感は像で見た以上に圧倒的で、思わず息を呑んでしまった。
「そなたがウィルか?」
朱華の低く響く声が神殿にこだました。
「はい、お初にお目にかかります。ウィルと申します」
ビジネスの話を切り出したいが、説法の時間でもあり、ウィルはタイミングを伺っていた。既に金融の面ではウィル&マッチが発行する決済カードがどのお店でも使えるようになっていたが、軍事面ではまだ龍仙谷の幹部との交渉が難航していた。
龍仙谷の魔族たちは、古来からの伝統を重んじるため、軍事ビジネスでの価値観が合わず、商品の売れ行きが思うようにいかないのだ。ウィルはこの場で直接、朱華様に交渉することで、この問題を打破しようとしていた。
「お主がトゥデイの経済都市で好調である会社の企業代表戦士だな」
朱華が重々しく語りかける。
「存じていただいているとは、光栄に思います」
ウィルは礼を述べ、軽く会釈した。
朱華はウィルをじっと見つめ、ふむと小さく頷く。
「説法を受けに来たと聞いているが、本来の目的は別にあるのではないか?」
ウィルは一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。
「いえ、今回はたまたま旅行中に偶然このような機会があり、ぜひお会いしたいと思いまして、説法に参加させていただきました」
「小童から何か伝言でも頼まれているのではないか?」
朱華はさらに追及した。
(小童……トゥデイのことをそう呼ぶのか?)
ウィルは朱華のスケールの大きさに改めて感心し、尊敬の念を抱いた。
「いえ、特に伝言などはございません。本当に偶然の機会でしたので」
「そうか。まあよい、しきたりなど気にするな。話せ」
朱華はウィルの隠れた本音を見抜いたかのように言った。その威厳ある眼差しと余裕のある言葉に、ウィルは改めて自分が到底及ばない相手と向き合っているのだと痛感した。相手は何もかも見透かしている――いや、むしろ全てを受け入れる余裕があるのだ。ウィルは、朱華に対して自らの外交や交渉の力がいかに力不足であるかを感じずにはいられなかった。
深く息をつき、覚悟を決めたウィルは、本題に入った。
「軍事面での取引について、朱華様のお力添えを頂きたく存じます」
朱華は少し考え込むように黙った後、口を開いた。
「その件か。確かに私の力は今一時的に弱っているが、明日には復活ししばらくすれば力は戻る」
「存じております。しかし、万が一の備えとして、IT技術の導入をぜひご検討いただけませんでしょうか?……朱華様にとっても、新たな試みには多くのご負担があることと拝察しております。ですが、私どもの技術が従来のものと大きく異なることは、すでに魔京都で証明済みでございます」
ウィルが自信を持って言い切った。
朱華が鋭い目で彼を見た。
「IT技術など、よくわからんが、それは私にまさるものなのか?」
ウィルは一瞬戸惑ったが、冷静に答えた。
「今はまだ、魔王様のお力には及びませんが、いずれ届くと信じています」
「小僧、調子のいいことを言うな。お主は自分を最強だと思っているのか?」
朱華が挑発的な笑みを浮かべた。
「私ではありませんが、この世界には最強がいます」
ウィルは静かに返答した。
「ほう?魔王の中にその者がいるのか?」
朱華は興味を示し、さらに問い詰めた。
「いいえ、魔王ではありません。この世界にはただ1人、その者がいます」
朱華はしばし考え込むと、鼻で笑った。
「ふん、面白いことをほざくな」
その時、リューカが突然、間に割って入った。
「ウィル、まだなの?」
彼女はウィルのもとに駆け寄ってきたが、朱華を目にした瞬間、恐怖で身をすくませ、だんまりを決め込んでしまった。
朱華はリューカに目を向けた後、ウィルに話しかけた。
「ウィルよ。お前との会話は楽しかった。また話す機会をこちらから作ろう。だから、今はその少女と共に去ね」
「承知しました」
ウィルは頭を下げると、リューカにそっと手を伸ばして抱き上げた。彼女をしっかりと腕に抱え、神殿を後にする。
外に出た後も、リューカはずっと黙り込んで何も話さなかった。ウィルはその沈黙を見つめながら、ふと思い切った質問を投げかけた。
「朱華様……お前の親か?」
リューカは無言で首を横に振ったが、ウィルはその仕草を見て、心の中で勝手に解釈した。
(まあ、近しい何かはあるだろうな……)
ウィルはリューカをメアリに預けるべきか、それとも朱華様のもとに帰すべきか悩む。帰る時が来たら、どちらにするか決めなければならないだろう。悩みの種が増えたことにウィルは気落ちする。
その夜、龍神の旅館に戻ったウィルとリューカは、夕食を済ませて床に就いた。
最近はウィルとは少し離れて寝るリューカだったが、この夜はウィルの背中にぴったりとくっついて離れようとしなかった。寂しいのかもしれない、とウィルは感じたが、背中に感じる熱が次第に気になり、思い切って問いかけることにした。
「リューカ、もし俺が龍仙谷から帰る時に、メアリか朱華様のどっちかに行かなきゃならないとしたら……お前はどっちを選ぶ?」
リューカはしばらく考えたが、答えは出ず、ただ「いや」とだけ呟いた。
「そうか……まあ、考えておけよ」
ウィルはその言葉を残し、釘を刺した上で、ゆっくりと眠りについた。




