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魔族IT革命  作者: 白樹春來
龍仙谷編
45/68

45話 龍仙谷観光

 ウィルは毎日、リューカを籠守りの家に送り届ける過程で、心の中にふとした思いが湧いていた。せっかく龍仙谷りゅうせんこくに来ているのだから、少しは観光も楽しみたい。そこで彼は、心を許せる相手でもあるメアリに相談してみることにした。


「そうね、観光に行くならやっぱり霊峰れいほうがいいわね」


 メアリは柔らかい笑みを浮かべ、リューカを膝に抱きながら答えた。リューカはメアリに身を預け、無邪気に頭をすり寄せている。その様子にウィルは微笑ましい気持ちを抱いた。


(随分懐いているな……リューカも安心しているみたいだ)


 心の中でそう思いながらも、ウィルは一息つき、言葉を返した。


「霊峰には誰がまつられているのでしょうか?」


「霊峰には、この都市の魔王、朱華しゅか様がまつられているの。山間やまあいの谷にあって、とても美しく落ち着ける場所なのよ」


 メアリは優雅に答え、リューカの頭を軽く撫でた。彼女の声には深い包容力が感じられ、ウィルはその説明にますます興味をそそられた。


「そうなんですね。それならぜひ、行ってみたいと思います」


「観光案内が必要なら、お付き合いしてもいいですよ」


 メアリはにっこりと微笑みながら提案した。


「いいんですか?」


 ウィルは少し驚きながらも、彼女の好意に感謝した。


「ええ、霊峰を見るだけなら日帰りでもいけますから」


 メアリの言葉を聞きながら、ウィルはふと心の中でこんなことを考えてしまった。


(もしかして俺にも春が来たのか?)


 ウィルは鈍感なタイプではない。女性からの付き添いの提案は、少なくとも自分に多少の興味があると理解している。偶然が重なるものだと言われているが、今がまさにその機会なのだろう。彼は迷わず、その提案を受け入れることにした。


「ぜひ、よろしくお願いします」


 ウィルが返答した瞬間、リューカが素早く動いて彼の膝に飛び乗った。期待に満ちた目で見上げながら、少しふざけた口調で言う。


「ウィルが行くなら、私も行く!」


「リューカはお留守番だよ」


 なるべく優しく言い聞かせたが、リューカは首を横に振った。


「いやだ、一緒に行くの!」


 リューカの態度は固く、ウィルはますます戸惑う。


(どうしてこんなに懐かれているんだろう……?)


 ウィルはリューカの態度の変化にまだ理解が追いつかない。


 困り果てたウィルを見て、メアリが「3人で行きましょうね」と微笑みながら提案した。その言葉には不思議な説得力があり、場の空気が和んだ。


 ウィルは不服そうに返事をしながらも、メアリの提案に従うことにした。


(どうしてこんなふうに場をまとめられるのだろう?)と心の中で感心しつつ、彼女に対して自然と尊敬の念が芽生えていた。


 リューカは満足そうに笑みを浮かべる。


 メアリはそんなウィルとリューカの様子を、優しく見つめていた。


 ウィル、リューカ、そしてメアリの3人は、龍仙谷の霊峰に向かって歩みを進めていた。周囲は荘厳な静けさに包まれており、龍仙谷の自然がそのまま現れたかのような豊かな景色が広がっていた。


 霊峰の頂へと続く道は、緑の木々に覆われ、時折、風が葉を揺らす音が耳に心地よく響く。


 やがて、霊峰にたどり着いたウィルの目に、巨大な卵が入ってきた。その卵は、まるでその場に佇んでいるかのように威厳を放ち、周囲に圧倒的な存在感を漂わせていた。


「……あの卵は何ですか?」


 ウィルは、驚きと好奇心を隠せずにメアリに尋ねた。


「あの卵は、魔王朱華様の新たな転生先になります」


「龍という生き物は1000年ごとに生まれ変わる性質を持っています。そして、生まれ変わる時が来ると、あのように転生先となる卵をお産みになるのです」


「そうなんですね……」


 ウィルは思わずその場に立ち尽くし、目の前に広がる景色と龍族の不思議な生命サイクルに思いを馳せていた。


「詳しい話は、『龍の転生』という本があちらの露店で売っていますよ。興味があれば購入してみてはいかがでしょうか?」


 メアリが霊峰のふもとにある小さな露店を指差して、すすめてくれた。


 ウィルはその案内を受け、露店に向かおうと歩き始めたその時だった。突然、卵を取り囲むように光る粒子が舞い上がり、周囲に幻想的な光景を作り出した。


「これは……?」


 驚いたウィルは、何事かと思い一瞬警戒したが、メアリがすぐに落ち着いた声で優しく言葉をかけた。


「大丈夫よ、これは記憶の転送が始まっただけ。気にしないで、自然現象のようなものだから」


 メアリが優雅に微笑んで説明すると、ウィルはその穏やかな声に安心した。


「まるでホタルのようだな……」


 ウィルは、静かに舞い上がる光の粒子に見とれ、自然現象の神秘に心を打たれた。リューカもまた、驚きと感動を目にしながら、その幻想的な光景をじっと見つめていた。


 帰り際、ウィルは露店で「龍の転生」本を購入し、道中で少し食べ歩きをしながら帰宅することにした。メアリ、リューカ、そしてウィルの3人が連れ立って歩く姿は、まるで親子のように見えた。


 ウィルはメアリを籠守りの家まで送り届けた後、リューカとともに龍神の旅館へと戻る。部屋に入ると、彼は購入したばかりの「龍の転生」本を開き、リューカと一緒に読み進めた。


 物語の内容は童話みたいなものであり、いまいち要領のかける話であったが、要約するとデバイスのデータ移行に似たものだと分かってきた。引き継ぎ元が朱華様、引き継ぎ先が霊峰で見た大きな卵であり、古い記憶から引き継ぎが始まると記されている。


 ウィルが霊峰で見た光の粒子についてもメアリから聞いた通り転送時に起こる自然現象であり、おそらくパケット損失ではないかと考えられる。


 何千年も生き続ける龍が持つ膨大な記憶の転送を行うと考えると古い記憶になればなるほど、転送の速度を重視するだろう。


 なぜならば、転生による生まれ変わりによって生き続ける、つまり記憶容量が無限に増えていく仕様に対して、ストレージを拡張する・圧縮するという工程が、この本には記載されていない。


 単に仕様が解明されていないだけという線もあるが、長命種の転生についてはウィルの知的好奇心を大いにそそるだけの仕組みがあり、一度お会いしてみたいという気持ちになった。


 物語のあとがきには、龍神巴りゅうじんともえ祭りで朱華様の説法が受けられると記載されていた。


「説法って何だろう?……でも、会う機会はあるかもしれない」


 ウィルがふと横を見ると、リューカはいつの間にかウィルの膝に顔を寄せ、穏やかな寝息を立てていた。小さな体が静かに上下する様子に、ウィルは微笑み、そっと本を閉じる。


 ウィルはリューカの頭を軽く撫で、静かに部屋の灯りを落とした。


 翌朝、ウィルはリューカと一緒にいつものように籠守りの家へ向かい、メアリに祭りについて尋ねた。


龍神巴りゅうじんともえ祭りって、どんなお祭りなんですか?」


 ウィルの問いに、メアリは柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「龍神巴祭りは毎年、朱華様への感謝を祝うお祭りなの。祭りは3日間にわたって行われ、特に今年は、卵から孵ったばかりの新しい朱華様のお姿を拝む貴重な機会なのよ」


「今の朱華様にはお会いすることはできないのでしょうか?」


「そうね、朱華様の説法に参加できれば会うことも可能ですが……説法はとても人気があって、参加には少し厳しい条件があるの」


 メアリは少し考えてから続けた。


「もしイメージを掴むだけなら、祭りのメイン会場に朱華様の等身大像があるの。ご案内しましょうか?」


「ありがとうございます。ぜひお願いしたいです」


 こうして3人は、祭りの下見に向かうことになった。



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