44話 毎日通うことになりました
室内に案内されたウィルとリューカは、職員さんと共にお茶をいただくことになった。
温かい茶の香りが漂い、穏やかな空気が流れ始める。
ウィルが腰を落ち着けると、リューカも彼の隣にそっと座り、少し緊張した様子でお茶を手に取った。
「私はこの施設で寮母をしている『メアリ』と申します。気軽にメアリと呼んでくださいね」
メアリは穏やかに微笑み、優しい声で自己紹介をした。
その声は穏やかで、まるで包み込むような母性が感じられる。
ウィルも丁寧に頭を下げ、「ウィルと申します。実は、休暇中に偶然リューカと出会ってしまい、なし崩し的に今は面倒を見ているんです」とリューカとの出会いについて説明した。
メアリは頷きながら、「そうでしたか」と言い、リューカに目を向けた。
「リューカちゃん、私はメアリよ。みんなのお母さんみたいな存在だから、何でも気軽に話してね。よろしくね」
メアリの優しい声に、リューカは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにその母性的なオーラに圧倒され、小さく頷いた。
「お母さん……?」
リューカは小さな声でつぶやいたが、メアリのあふれる優しさオーラに自然と心を開きつつあるようだった。
「ウィルさんも大変だったでしょう。お疲れ様です」
メアリは微笑みながらウィルに労いの言葉をかけた。
「よろしければ、寛ぎついでに、リューカちゃんとの出会いからここに来るまでのことをお話していただけますか?」
ウィルは一息つき、今までの経緯を話し始めた。
リューカとの出会いから、カードを盗まれたことや、声を出せるようサポートしたらビンタされたことなど、今日までの出来事をウィルは淡々と語った。メアリは真剣に耳を傾け、時折頷きながら、ウィルの気持ちに共感を示していた。
「ウィルさん、本当にお疲れ様でしたね」
メアリが優しく手を握りしめ、深い感謝と労わりの気持ちを込めた視線を向けると、ウィルの心の中にあった鎖で縛られていた感情が、少しずつ解きほぐされていくのを感じた。
ウィルは自然と微笑み、「あなたと話していると、なんだかとても落ち着きます。話せて良かったです」と素直に感謝の言葉を口にした。
メアリは優しく微笑みながら、「それは良かったです。私はみんなのお母さんですから、よかったらあなたのお母さんにもなりましょうか?」と冗談めかして答えた。
ウィルは少し照れながら、「お母さんはちょっと遠慮しておくよ。でも、恋人ならいいかもね」と冗談交じりに返した。
メアリは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで「そういうのは本気にしてしまうから、冗談でお願いしますね」と優しくたしなめた。
「わかりました」とウィルは笑顔で答え、2人は軽い冗談を交えながら、穏やかな会話を続けた。
やがて、話がひと段落すると、メアリは真剣な表情でリューカを見つめ、「では、リューカちゃんはこちらでお預かりします。大丈夫です」と言った。
「ありがとうございます」とウィルは深くお礼を述べ、立ち上がって帰ろうとした瞬間、リューカが彼の服の裾を引っ張り、小さな声で「行かないで……」と呟いた。
ウィルはしゃがみ込み、リューカに向き合いながら優しく言った。
「メアリさんは優しい人だよ。大丈夫だから、安心してここにいなさい」
しかし、リューカは不安そうにウィルを見上げ、しがみついたまま離れようとしない。
メアリが微笑んで言った。
「本当に懐かれているんですね、ウィルさん。もしよろしければ、休暇の間、毎日ここへリューカちゃんを連れてきていただけませんか?」
「毎日?」
ウィルは少し驚いて尋ねた。
「なぜですか?」
メアリは優しい声で説明を続けた。
「リューカちゃんは、今あなたに強い帰属意識を持っています。つまり、あなたをとても身近で頼れる存在だと感じているんです。無理に引き離してしまうと、彼女はこの場所に安心感や帰属意識を持つことができないかもしれません。まずは、この場所がリューカちゃんにとっての新しい家であると感じさせることが大切です」
ウィルはメアリの言葉を聞き、納得せざるを得なかった。確かに、急に引き離すのはリューカにとって負担が大きいだろうと感じた。
「わかりました。彼女がここに慣れるまで、毎日通うことにします」と、ウィルは承諾の意を示した。
メアリは感謝の気持ちを込めて微笑み、「ありがとうございます、ウィルさん。リューカちゃんも、きっと安心してくれるでしょう」と言った。
こうして、ウィルはリューカと共に「籠守りの家」へ毎日通うことになった。
リューカが少しずつ新しい環境に慣れ、ここを自分の家だと感じられるよう、ウィルはそばで彼女を支えることを決めたのであった。
◇◇◇
籠守りの家に通う日々が続く中、ウィルは自然とメアリや他の子供たちとも打ち解けていった。施設を訪れるたび、大きなディスプレイで子供たちに様々なコンテンツを見せるのが、ウィルの楽しみとなっていた。特にお気に入りのアニメは、子供たちを魅了し、みんな夢中で画面を見つめていた。
メアリが微笑んで言う。「ウィルさん、子供たちから大人気ですね」
ウィルは少し照れくさそうに、「いえいえ、これは自分の楽しみでもあるんです」と答えた。実際、この世界にはウィルが慣れ親しんだコンテンツがほとんど存在せず、彼はその状況に物足りなさを感じていた。試しにアイに創造を頼んでみたが、「それは無理よ」と冷たく断られてしまったのだ。
「なんでもできると思ってたアイでも、コンテンツ作りは無理なのか……」と、ウィルは肩を落とす。そこで彼は考えを変え、この世界で新しいコンテンツを生み出せる人材を育てることを決意した。子供たちにアニメを見せるのも、その一環だった。夢中になってアニメを楽しむ子供たちの姿は、ウィルにとって希望そのものだった。
ある日、子供たちが「これ、どうやって作るの?」と興味津々に尋ねてきた。ウィルはアイに頼み、パラパラ漫画の作り方をパッケージしてもらい、子供たちに教えた。
「まず絵を描いて、少しずつ動きを変えながら何枚も描くんだ。ページをめくると絵が動いて見えるだろ?」と説明すると、子供たちは「やってみる!」と、目を輝かせながら次々に絵を描き始めた。
その光景を見つめながら、ウィルは将来のクリエイターを育てる夢を密かに抱いた。自分の使命とは別に、この世界に新しい文化を育む基盤を作ろうと考えていたのだ。
『ウィル、あなたにはもっと大事な使命があるでしょ』と、アイは小言を言ったが、ウィルはすぐに反論した。
「この世界にコンテンツがなければ、俺は生きていけない。これは死活問題だよ」
『そんな機能、あなたにないでしょ?』と呆れるアイに、ウィルは真剣な顔で「アイにはわからないだろうけど、あるんだよ。これは未来への投資なんだ」と言い切った。
アイが首をかしげる。
「このままこの世界からコンテンツが生まれなければ、俺は自死する……」と、ウィルが深刻な顔で言いかけた瞬間、アイは慌てて『私がさせない!絶対に!』と強い声で遮った。
ウィルは笑って、「いやいや、比喩だよ。要するに、俺が生きるためには必要なことなんだ」と説明し、アイを強引に納得させた。
『分かったわ。熱意だけはよ~く伝わったから。もう私は何も言わない』と、アイは諦めたように呟いた。
同じ頃、リューカも少しずつ変わり始めていた。
彼女は音楽、とりわけ歌に興味を持ち始め、本格的に学びたいと考えるようになっていた。そこでウィルはアイに頼んで、リューカに必要な知識をわかりやすく整理し、学べる形に整えさせた。リューカはその知識を次々と吸収し、自分で歌を作り出すようになり、やがて日々口ずさむように歌を披露するようになった。
ある日、ウィルが「おお~、上手いじゃないか」と褒めると、リューカは顔を赤らめながら「うっさい。死ね」とそっけない態度で返してきた。しかし、その目にはどこか照れくささが見え隠れしていた。
「はいはい」とウィルが軽く流すと、その後、リューカは彼の前では歌わなくなってしまった。それでも、ウィルはその様子を見て、彼女が素直になれないだけだと感じ、内心少し微笑ましく思っていた。
(リューカがこのまま才能を伸ばしていけば、いつかファーストアルバムを出してくれるかもな……)
ウィルはそんなことを思いながら、彼女の才能が花開く日を楽しみに待つことにした。




