40話 仲違い
ウィルは、ハンター協会の設立や、その後のハンターとしての活動に追われる日々を送っていた。多忙を極め、日々の業務に没頭する中、久しぶりに本社へ帰る機会が訪れる。
部屋の玄関を開けた瞬間、いつもなら元気に駆け寄ってくるマッチが、今日は背を向けたまま動かず、明らかに不機嫌な様子だった。頬を膨らませ、無言の抗議を示しているのがはっきりとわかる。
「ただいま……えっと……マッチ?」
ウィルは戸惑いながら声をかけたが、マッチは振り返ろうとせず、態度だけで怒っていることを示していた。ウィルは少し苦笑しながら、どうにか彼女の機嫌を直そうと近づいてみた。
「……ごめん、ずっと忙しかったんだ。機嫌直してくれないか?」
ウィルは優しく謝罪したが、マッチは一切ウィルの方を見ようとせず、後ろ向きのまま腕を組み、無言で怒りを表し続けている。沈黙がしばらく続き、部屋には何とも言えない緊張感が漂った。ウィルは何とか状況を打開しようと、話題を変えてみた。
「そうだ、マッチ。これからは町で自由に遊びに行けるようになるよ。四天王のクリムソンと、それから……うさみさんが君の護衛に着くからさ。だから、これからは自由に町で遊んでも安全だよ」
ウィルは、マッチが危険な目に合わないように極力外出することは控えるように厳命していた。
これは技術者としてウィルが進める計画の基軸となっているマッチをどんな脅威からも守る必要があり、仕方のないことであった。
マッチも外出が好きというわけではないため、問題ないと認識していたが、無意識ながらストレスを溜めていたのだとウィルは推測した。
彼女が自由に行動できるよう、守護できる護衛の選抜をしていたが、どうやら丁度良いタイミングだったかもしれない。
ウィルはそう思って会話を進めるが、マッチの機嫌はどんどん悪くなる一方だ。
「……うさみさん?最近、その人と仲が良いんだってね」
マッチは席を回転させ、ウィルに正面から向き合った。その視線は冷たく、嫉妬が込められていた。
「いや、そういうわけじゃない。一緒に戦ったから信頼してるだけだよ。ビジネス上の関係であって、それ以上のことはない。彼女が誠実だから、マッチにとっても良い護衛だと思って……」
ウィルは焦りながら誤解を解こうと必死に弁明したが、マッチは納得しなかった。
「ウィルって、私にはそんな風に言ってくれたことなんてないよね。一緒に戦うこともできないし……」
マッチの声はかすかに震えていた。
「ウィルはもう私のこと……好きじゃないんだ……」
その言葉に、ウィルは一瞬固まった。彼女がそんな風に感じていたとは予想もしていなかった。彼女に向き直り、ウィルは真剣に問いかけた。
「マッチ、それ本当に言ってるのか?」
ウィルの声には傷ついた感情がにじみ出ていた。しかし、マッチはその問いに答えず、視線をそらして黙り込んでしまう。
「ウィル……ごめん」と、マッチが小さな声で謝ったが、その謝罪を受け入れるにはもう遅かった。
ウィルは深いため息をつき、少しの間黙ってから決断を下した。
「お互いにクールダウンが必要みたいだな。……俺、しばらくの間いなくなるよ」
ウィルはそのまま立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「あ……待って……」
マッチがようやく声を絞り出すが、ウィルは振り返らず、そのまま部屋を飛び出していった。
部屋に1人残されたマッチは、その場に立ち尽くし、初めて自分がウィルを傷つけてしまったことに気付く。
しかし、追いかける勇気は今のマッチにはなかった。
◇◇◇
ウィルは街に出て、ぶらぶらと歩き回りながら、自分の胸の内にわだかまる感情を整理しようとしていた。
道行く人々や活気あふれる街並みは、現実世界では遠い昔のことのように感じられるほど発展している。
舗装された道路、立ち並ぶビル群、電光掲示板、路面電車が走る光景は、前世で見慣れていた都市の風景を思い起こさせるほどだ。
「ここまで発展したんだ……」
ウィルは、街の変貌を目にしながら呟いた。
ふとアイが声をかけてくる。
『ウィル、これからどうするの?』
アイの冷静な声が耳に響く。
ウィルは少し肩をすくめて、ため息をついた。
「何も考えてないよ」と、ウィルは淡々と答える。
『でも、マッチと仲直りしないと、あなたが計画していたIT技術の発展は遅れてしまうわ』
アイの指摘は的確だったが、ウィルの心を乱すには十分すぎるものだった。
「……そんなことはない。インフラ整備から始めたIT技術の普及は大幅に進んでいる」
「この世界の産業は基盤として既に出来上がっていた。都市産業として建設、製造業は著しく進んでいたし、遅かれ早かれデジタルの普及はどのような形であれ広がっていく運命だった。俺はその流れを、アイを頼りにして意図的に加速させているに過ぎない。だから、遅れることはないし、俺という歯車がなくても既に回り始めている……」
ウィルはそう自分に言い聞かせるように吐き捨てたが、アイの反応は冷静そのものだった。続く沈黙に、ウィルは次第に苛立ちを募らせた。
「実際の進捗と予測のずれなんてよくあることだろ?それでも、俺たちは修正しながらここまで進んできた。アイはAIだから感情はないかもしれないけど、こんなに発展した街を見て、何も感じないのか?」
ウィルの声は少し荒れていた。だが、アイはいつもの冷静さを保ち、平然とした口調で答えた。
『……それでも、勇者との戦いには今の戦力では不足しているとしか言えないわ』
アイの指摘は的確だったが、その言葉はウィルの心に重くのしかかった。
「もういい。しばらく1人になりたい。アイ、OFFにするぞ」
苛立ちを抑えきれず、ウィルはアイのサポートを切った。アイが消え、街のざわめきだけがウィルの耳に残る。改めて街を見渡し、彼は静かに息をついた。
魔族の都市がここまで発展し、前世の都市に匹敵するまでになっている。
自分がこの発展に関わっている実感が、ウィルの心にじわりと広がっていく。
「ここまで来たんだ……」
街の発展を目にしても、ウィルは自分の心に空いた穴を埋められずにいた。
その夜、ウィルは町外れのホテルに1泊することにした。ベッドに横たわり、天井をぼんやりと見つめながら静かに呟く。
「どうすっかな……」




