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魔族IT革命  作者: 白樹春來
魔京都 会社設立編
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4話 自分の立場を知る

 ウィルはアイのサポートによって戦う力を手に入れたものの、今でも彼は施設内で捕まれば即ゲームオーバーという状況に置かれていた。


 この危険な状況を脱するためには、まず逃げることが最優先だ。


 ボンやベンに対して復讐心はあるが、彼らの実力も未知数のままでは無謀に戦いを挑むわけにはいかない。


「アイ、この施設から脱出したい。マッピングを頼む」


 ウィルは静かに指示を出し、アイは即座に応答した。


『任せて』


 アイの指示により、施設内のマッピングが進んでいく。施設は異様に広く、廊下は無限に続くかのように伸びていた。時折、曲がり角があるが、どれも行き止まりか、先が見えないほど長く続いている。


 歩けば歩くほど、施設内の空気は重苦しく、湿っぽい。天井は高く、薄暗い照明が長い影を作り出している。廊下には、乾いた血が無秩序に飛び散り、数々の犠牲があったことを物語っていた。


 壁にかかったその暗黒色の血痕は、まるで時間が経っても消えない悪夢のように、ウィルの背筋を凍らせる。


「一体、どれだけの人がここで死んだんだ……」


 ウィルはつぶやきながら足を止め、周囲を見渡した。


 床には広がった大きな血だまりがあり、そこに倒れた誰かが命を散らしたことを想像させた。その血は黒く変色しており、時間の経過を感じさせる。目の前に広がる恐ろしい光景に、ウィルは一瞬だけ歩を止めた。空気は重く、腐った鉄の匂いが漂い、喉に不快感を与えてくる。


『数としては分からないけど、きっとたくさんの命が失われたのでしょうね』


 アイの声が淡々と響いてくるが、その冷静さがかえって不気味さを増幅させる。彼女の言葉には感情が見えず、ウィルはその声がどこか遠くから聞こえるように感じた。


 彼は再び歩き出したが、頭の中には別の疑問が浮かんでいた。アイの言葉や、目の前の現実、そして自分が今どこにいるのか、何をすべきなのか――その全てがまとまらず、心の中で渦を巻いていた。


「アイ……」


 ウィルは、言葉を整理しようとしながら話しかけた。だが、何をどう質問すべきかがまとまらないまま、無意識に名前だけを口にした。


『なに?』


 アイの声が少し優しげに返ってくるが、ウィルは自分が尋ねようとしたことが何だったのか、自信を失いかけていた。彼はこの世界のルールや敵の仕様をまだ理解していなかった。


 そのため、どんなに力を手にしても敗北してしまうのではないかという不安を抱えていた。だが、その疑問を言葉にできずにいた。


(結局、俺は何を聞きたいんだ……?)


 自問自答しながら、もやもやとした不安が胸に広がる。しかし、その迷いを見抜いたかのように、アイが突然口を開いた。


『ウィル、あなたに確認したいことがあるのだけど』


「なんだ?」


 ウィルはアイの言葉に驚きつつも答える。


『おそらく、この施設で行われていることを主導している者は、世界の敵である可能性が高いの。もし、退路を確保した上で勝算がある場合、ウィルはその「世界の敵」を倒してくれる?』


 アイの問いかけに、ウィルは足を止め、彼女の赤い目をじっと見つめた。


 その言葉には重みがあった。ウィルは、自分の返答によってこれからの運命が決まると直感した。


 一呼吸置き、ウィルは決意を固めるように静かに答えた。


「世界の敵なら、倒すよ。誰であろうと、力をもらった以上、その契約は守る。だが、条件がある。俺が確実に勝てると確信できる時だけだ。無謀に突っ込んで死ぬなんてのは御免だ」


 ウィルの返答に、アイは満足そうに笑顔を浮かべた。


 彼女の小さな角と赤い目が、どこか可愛らしくも、頼もしい存在に見える。


『わかったわ。あなたがそう言ってくれるなら、安心した』


 その笑顔にウィルは少し安堵したが、次に彼女に質問をぶつけた。


「ところで、アイ。世界の敵って具体的に何なんだ? 俺はこの世界の仕様をまだよく理解していない」


 ウィルは心の奥底にずっと抱いていた疑問をアイにぶつける。


 彼女が持っている知識が、今の自分にとってはすべての答えに近づく唯一の手がかりだ。


『世界の敵っていうのはね、あなたの世界で言うところの「不正アクセス者」なのよ。簡単に言うと、この世界に本来存在しない人間が、外から侵入してきて、この世界の住民のアカウントを乗っ取っているの』


 アイは淡々とした口調で説明を続ける。その言葉はまるで冷静に計算されたデータのようだったが、ウィルには徐々にその意味が染み込んでくる。


「不正アクセス? アカウント乗っ取り……」ウィルは驚きを隠せなかった。


『この世界にUID(ユニークID)、つまり一意なIDが発行されているんだけど、最近、人間という外部の存在がこの世界に侵入してきて、住民のUID(ユニークID)を乗っ取ってしまう事例が増えているのよ。アカウントの持ち主を殺して、その人になりすますような感じね』


 アイの説明はわかりやすかったが、それはウィルにとって信じがたい話だった。彼は元々人間だ。


 それがこの世界で「不正な存在」とされているという事実に、彼は動揺を隠せなかった。


「人間がこの世界の敵になるってことか?」


 ウィルは問いかけながら、自分の立場を確認しようとした。


『そうよ。もともとこの世界には人間なんていなかったの。あなたには辛いかもしれないけど、この世界の中にいる人間は、外から侵入してきた不正アクセス者か、その増殖によって生まれたものなのよ』


 アイの言葉は重く、ウィルは複雑な感情を抱えながら聞いていた。


 だが、思い返してみれば、ウィル自身もかつて人間でありながら、人間に対して特別な愛着は持っていなかった。


 むしろ、ルールを守らずに不正行為をする者たちには、嫌悪感すら抱いていた。


「じゃあ、俺が一度ベンに心臓を抉られたとき、あれもアカウントの乗っ取りの手段だったってことか?」


 ウィルは過去の経験を振り返りながら問いかけた。


『確かにあれは、アカウントを乗っ取るための手段の一つだったわ。心臓を取り出して何かをすることで、認証を偽造することが可能だったの。でも、ウィルには特別な事情があるみたい。実は、ウィルには最初から2つのアカウントが存在していたのよ。だからベンが奪った心臓は、何も権限が付与されていないダミーだったっぽいね』


 アイの言葉にウィルは驚きつつも、その理由が分からずに戸惑った。


「2つアカウントがあったって……どうして?」


『それは私にもわからないわ。でもラッキーだったわね』


 ウィルはアイの説明に一応納得したものの、頭の中にはまだ解けない謎がいくつも残っていた。


 複数あったアカウントの存在や、心臓を奪われたことで生じた不思議な現象。


 それらの疑問は彼の心をもやもやとさせていた。しかし、今はそれを深く考える余裕はない。


 目の前にある課題に集中し、この施設から脱出することが最優先だ。


「まずは無事にここから抜け出さないとな…」


 ウィルはアイにそう話しかけながら、出口を探して足を進める。


 アイのサポートを得たことで、新たな力を手に入れた今の彼には少しずつ覚悟が固まりつつあった。


 アイと共に進むその道の先には、まだ見ぬ危険が潜んでいると直感していたが、ウィルの心には不思議な落ち着きがあった。


 新しい力と共に、彼は次の一歩を確かに踏み出していた。

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