31話 運営と管理に大忙し
モデルエッグプロジェクトがついに始動した。
どのプロジェクトでも、リリース当初は初心者の大量流入により不具合が生じやすいものだ。
ウィルはそれを見越して、自ら現場を見回り、不具合の改善や初心者サポートに取り組んでいた。
最前線基地に到着したウィルは、ララが真剣な表情で転移装置をチェックしている姿を目にする。
ウィルとふと視線が合ったことで、ララはわざわざウィルの元まで駆け寄ってきた。
「補助アプリのおかげで、戦闘区域へのポータルが瞬時に展開できるようになりました!」
ララは嬉しそうに報告する様子に、ウィルは微笑みながら胸の中で彼女を誇らしく感じていた。ララが使用している「ポータルマネジメント」というアプリは、戦闘区域に設置された転移装置を効率的に管理するツールである。
デバイスを通して転移装置に触れると、転移先に設置されているカメラが現場の映像を即座に共有し、ポータルの疎通確認が行われテレポートできるようになっている。
現在、設置可能なポータルの数は100に達しており、戦闘区域での人員配置や物資輸送を瞬時に行える環境が整っていた。さらに、このアプリにはもう一つの大きな利点がある。
それは、ララが意識しなくてもバックグラウンド状態で自動的に起動し、24時間いつでも使用できることだ。つまり、彼女自身が寝ている時にも使用者は転移装置に触れるだけで、自動的にその場から移動することができるようになった。
テレポートの起動からポータルの展開までをリクエストとして送り、疎通確認ができたらレスポンスが返ってくる仕組みをアプリがすべて管理して実行するため、ララ自身が常にその操作に気を配る必要はなく、彼女の負担は最小限に抑えられていた。
「うまくいっているようで何よりだ」と、ウィルはララの感謝を素直に受け止め、作業の邪魔をして悪かったと言い、転移装置に触れて戦闘区域へと移動を開始した。
戦闘区域へ移動すると、魔王軍兵士とハンターたちがモデルエッグプロジェクトのアプリを使いこなしている様子を垣間見ることができた。
本来、このような運用をする際には、兵士が欲しがっている能力とハンターとして申し込んできたプレイヤーとの能力の乖離が懸念事項として上がる。
それは、よく見られたいと思うハンターが過剰に自身を評価し、より難易度の高いことを成功させ認められたいという欲求があるからだ。
この世界における魔族の考え方は弱肉強食であり、力の強い方が上であるという考えが根強く浸透していることが原因であるが、これは仕方のないことであるとウィルは理解していた。
だからこそ、適正に評価するための基準を厳正なものにし、仮想空間でのチュートリアルを絶対条件として入れた。
さらに、種族的特性はあくまで1つの個性、機能であると考え、それを活用する形で武装などを提案することにより、より実践へのレベルに近づける工夫も入れている。
そうすることによって、最前線で戦闘している魔王軍兵士たちが望む戦闘要員を満たしたものだけをマッチングさせることが実現できたとウィルは評価していた。
そんなことを考えながら状況を確認していると、ココとアカヤが2人でパーティーを組み、冒険者と戦闘しているログが目に入った。
彼らの様子が見られる場所へと赴くと、ココの声が聞こえてくる。
「アカヤさん、行きますよ!」
その掛け声に呼応するように、アカヤは鋭い動きで冒険者に斬り込む。2人の連携は見事で、息の合った動きで冒険者たちを圧倒していた。アカヤが敵の動きを読んで刀を振り下ろすと、ココが瞬時に結界を展開し、アカヤと結界の位置を入れ替える。その結果、冒険者の目の前には結界が現れ、背後からアカヤの鋭い刃が襲いかかる。ウィルはその見事な戦術に感心し、「初見じゃ到底対応できないな」と内心でつぶやいた。
彼らの連携はまさに鬼神の如く、次々と冒険者たちをなぎ倒していく。ウィルはその戦闘を見守りながら、2人の成長に感動していた。だが、その安堵も束の間、ウィルの視界にアラートが表示された。
「救援が必要か…」
ウィルはマップを開き、救援要請が表示されている場所を確認すると、それは62番エリア付近で、スポッターとして活動していたうさみさんからの救援要請だった。彼女を支援するために派遣されたハンターが金等級の冒険者に倒されたらしい。
「アイ、今すぐ対応するぞ!」ウィルが迅速に指示を出すと、アイの軽快な声が即座に応答する。
『了解! いくわよ!』
ウィルは、スライム技術を応用した最新装備「スライムワイヤー」を即座に展開した。この装備は驚異的な伸縮性と粘着性を持ち、どんな表面にも瞬時に張り付く。彼は迷うことなくワイヤーを発射し、空高く放つと、ビルの壁に吸い付いたワイヤーが体を引っ張り、滑るように移動を始めた。
体はスライムワイヤーの反応に軽やかに同調し、ビルの合間を縫って進んでいく。その移動はまるで生き物のような流動感に満ち、ウィルの身体を自然に操っていく。
「これ、思った以上に使えるな…!」
心の中で驚きつつ、彼はさらに速度を上げた。ワイヤーの新たな可能性を感じ取りながら、目的地である62番エリアへ一直線に突き進む。
心の中で、初心者を救わなければという強い決意が、彼の足をさらに速めていた。
◇◇◇
一方、その頃、うさみは意識を失い、瓦礫の中に埋もれていた。AImonが必死に彼女を呼びかけていたが、うさみさんは目を回して気絶したまま、反応することができなかった。冒険者たちは瓦礫の中からうさみを見つけ出し、彼女の状態を確認していた。
「リーダー、魔族を発見しました」
「状態はどうだ?」
「気絶しているだけで、損傷箇所は見当たらず、状態は良好です」
「よし、そいつは捕虜として持ち帰る。あとは周囲の捜索を続けろ。他の魔族が現れる可能性もあるから、気を引き締めろ」
リーダーの指示でパーティーメンバーは捜索を再開したが、その時、防御魔術師から警告が発せられた。
「北から1人、高速で接近してきています!」
「捜索を中断しろ! 防御を固めるんだ!」
瞬時に2重のバリアが展開され、パーティーは警戒態勢を整えた。
「来るぞ…」
その瞬間、ウィルが音もなくその場に到着した。
◇◇◇
ウィルはスライムワイヤーを駆使し、冒険者パーティーの前に降り立った。
「全部で5人か」と冷静に数を数え、状況を即座に把握する。
『魔術師多めの防御編成ね』とアイが淡々と付け加えた。
「問題ない。全員倒す」とウィルは静かに呟いた。
パーティーの指揮を執るのは金等級の冒険者だった。彼は最近ギルドで報告された「魔族の戦闘力向上」の原因を調査している最中だった。
「防御魔術師、鑑定結果はどうだ?」指揮官が問いかけるが、防御魔術師はウィルの姿に圧倒され、言葉を失っていた。次の瞬間、ウィルはスライムワイヤーを操り、防御魔術師の首を狙う。だが、その直前、銀等級の冒険者が防御魔術師を庇い、自らが犠牲となった。
「まずは1人」とウィルが冷酷に呟くと、攻撃魔術師が慌てて魔術の詠唱を開始する。
「神の名のもとに、第7階位魔術 ブレイズ・ストーム!」
巨大な炎の竜巻がウィルを巻き込み、全てを焼き尽くすかのように見えた。しかし、炎の中にいたウィルには一切のダメージが通らなかった。
「スライムバリアも機能しているな」とウィルは冷静にバリアの性能を確認する。
スライムバリアは粒子単位でフィルターを設定することができるため、熱エネルギーを完全に遮断することができる。そのため、ウィルは無傷で炎の中に立っていた。
その光景を目の当たりにした冒険者たちは驚愕し、動揺を隠せなかった。第七階位の魔術は、通常ならば灰にするほどの強力な攻撃であり、これで敵を排除したと思い込んでいた。しかし、目の前の魔族には全く通用しなかったのだ。
「撤退する!」
金等級の冒険者が指示を出すが、ウィルはそれを許さなかった。スライムワイヤーを駆使して結界を作り出し、冒険者たちの逃げ道を封じる。
「まずは危険な奴からだ」
ウィルは攻撃魔術師を狙い、成形炸裂弾を拳に展開する。魔力を使い果たしていた攻撃魔術師は、炸裂弾の一撃で消滅し、その場に跡形も残らなかった。
「残り3人だな」
金等級冒険者は自己強化の魔術をかける。
「神の名のもとに、全能力強化!」
ウィルに向かって猛然と突進し、剣撃を繰り出す。
しかし、彼らの攻撃はすべてスライムバリアによって軽々と弾き返され、攻撃がまったく通らない。
「それだけか?」
ウィルは冷笑を浮かべ、敵の切り札を探ろうとした。
しかし、金等級冒険者たちはそれ以上の力を出せず、ただ剣を振り続けるしかなかった。無駄に攻撃を繰り返す彼らの姿に、ウィルは余裕を感じながらも、スライムワイヤーを巧みに操り、金等級の冒険者の首を跳ねた。
「鬼切舞ほどの力はなく、レベルによる身体能力がそこそこあって派遣されたハンターの実力と乖離していたのが今回の問題だな…」
ウィルは冷静に戦況を分析しながら、独り言のように呟く。
彼の基準は常に鬼切舞の実力であり、それに達していない敵には脅威として全く感じていなかった。
ウィルはOSアップデート以降、鬼切舞と同等の強敵を想定して訓練を積んできたこともあり、この戦場では圧倒的な強さを誇っていた。そして、最後に残ったのは防御魔術師だった。ウィルがゆっくりと近づくと、防御魔術師は恐怖に震え、逃げることもできずその場で立ち尽くしていた。
「お前、前に魔族狩りに来たパーティーの僧侶だったな?」ウィルが問いかけると、防御魔術師は必死に首を横に振り、「何も知らない」と震える声で答えた。
「デスペナルティの条件は、3ヶ月間復帰できないと思ってたけど、もっと複雑な条件があるのかもしれないな…たとえば、特定の条件を満たすと記憶を持ち越せないとか」
ウィルは冷静に防御魔術師の様子を観察しながら、自分の推測を口にした。
『死に方にもよるけど、ある一定の恐怖を与えると本能が危機を回避するために無意識に記憶を消去しているかもしれないね』とアイが冷静に分析する。
「そうだな。デスペナルティの詳細や、どうすれば蘇生させずに終わらせられるかを探るのが今後の課題だ」とウィルは呟きながら、防御魔術師の首を容赦なく跳ね、戦闘を終わらせた。
その後、瓦礫の中からうさみさんを慎重に救い出し、最前線基地へ戻る準備を始めた。
「初心者を救えて良かった。これで彼女の心が折れてなければいいんだけど……」
ウィルは疲れた表情で呟く。
『戦場はゲームじゃないわ。それは彼女自身の問題よ』
「でも、スポッターは欲しい人材だ。一般的な魔族は戦闘を望むけど、どうやら彼女は戦いに偏見を持たないみたいだ」
ウィルはうさみさんを抱えながら、慎重に歩を進めていく。
最前線基地へと戻る中、ウィルは今回の危険な戦闘がうさみさんにどのような影響を与えたのかを静かに案じていた。
戦場での恐怖が心に残っていて、すぐにでもハンターを辞めるのではないかと思ったからだ。
『彼女はこの戦場で学び、成長するための機会を得たわ。でも、その中で感じた恐怖をどう消化し、乗り越えるかが課題になるわね』とアイは冷静に分析した。
「それを乗り越えるのは彼女自身だ。俺たちはただサポートするしかできないな」
ウィルは抱えているうさみさんを案じながら最前線基地へと戻っていった。




