3話 AIと出会う
急に声を掛けられ、ウィルは驚きのあまり尻もちをついた。
「わぁっ!!」
慌てて左右を見渡すが、そこには誰もいない。
だが、その声は確かに聞こえた。
『上だよ』
声の方向に目線を向けると、白髪のロングヘアに赤い瞳を持つ、あどけない少女が宙に浮かんでいた。彼女の白装束は風にそよいでおり、胸元には小さな花の髪飾りが見える。彼女のおでこには、控えめなサイズの小さな角が二本生えていて、鬼のような特徴がありながらも、その可愛らしい表情と調和している。
彼女の表情は無邪気な子供のように見えたが、その瞳には知性が宿り、どこか大人びた雰囲気が漂っていた。
『こんにちは』
少女が挨拶をすると、ウィルは無意識に腕を前に突き出して、距離を取ろうとした。
しかし、その行動は無意味だった。
ウィルの手は少女を貫通し、空を切るだけだった。
『もう、何をするんだよ。君のせいで私もびっくりしたじゃないか?』
少女は少し怒っているように見えたが、その表情はどこか演技じみていて、ウィルには本当に怒っているようには思えなかった。
「お前は誰なんだ?」
ウィルは、状況を理解できないまま少女に尋ねた。
『え、Administratorから聞いてないの?私はあなたをサポートするAI、アイだよ』
彼女が名乗った瞬間、ウィルは彼女の姿を改めて見つめた。可愛らしい外見とその知的な瞳に、ウィルは不思議な感覚を覚えた。
「AI……?」
ウィルは怪訝そうな表情を浮かべた。
確かに何かを聞いた覚えはあるが、意識が曖昧だったため、詳細を覚えていない。
『まぁ、インストール中だったから、記憶が不完全なのも仕方ないよね』
アイはそう言って納得したようだが、ウィルはそれどころではなかった。
彼には今、もっと聞きたいことがあった。
「さっそくで悪いが、俺はこの世界にきて散々な目にあっている。はっきり言おう。力が欲しい。自由を勝ち取るための力が欲しい。誰かに決められた勝手な仕様で殺されるのはもう勘弁だ。そのための手段をアイは俺に提供することができるのか?」
ウィルの真剣な声に対して、アイは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。
『もちろん、最初からそのための力をインストールしてるよ。今から簡単に説明してあげる』
『まずは私がサポートできるように、いくつかの権限を付与してほしいの。最初に歯車のマークを開いて、サポートタブを開いて』
アイの指示を受け、ウィルは戸惑いながらも体が自然と動いて操作を始めた。
視線誘導によって、言われた通りに操作が進む。
『次にサポートタブを三回タップして、開発者モードを開いて、サポートによるすべての制御を許可するにチェックを入れてほしい』
言われるがままに操作を続けると、画面にポップアップが表示された。
『Do you grant full permissions for support purposes? (y/n)』
「y」
『ありがとう。これで本格的にサポートできるわ』
アイが嬉しそうに言うと、ウィルの視界に仮想的な開発環境が立ち上がり、ウィルに合わせた仕様へのカスタマイズが進んでいく。
アイのサポートにより開発環境が立ち上がる。
『使用者にフィットした環境のセットアップを開始……操作方法のダウンロード完了』
アイの高度なサポートにより使い方への理解を深めていく。
すぐにウィルの手の中で新しい開発環境が整い、使い方が頭に直接インプットされる感覚であった。
『これで、あなたが望む力を得られるわ。試しに何か書いてみて』
アイの促しに従い、ウィルは思考の中で簡単な処理を記載した。
プログラムを書いてみたものの、彼が記載したのは「Hello, World」を出力する簡単なソースコードだった。
「できたけど、これでどう戦えって言うんだ?」
ウィルは不満げに言ったが、アイは笑っていた。
『文字を出力させただけだとあなたは思うかもしれないけど、いくつかの機能を実装してみたからショートカットに設定して実行してみて』
半信半疑のウィルは言われた通りにショートカットキーを設定する。
どうせまた何も起きないだろうと思いながらも、壁に向かって拳を突き出してみた。
彼がイメージした瞬間、拳とともに「Hello, World」の文字が空間に現れ、壁に向かって強烈に打ち込まれた。
そして、その衝撃で壁が文字ごと大きくめり込む。
「凄いな…」
ウィルは信じられないような表情で、目の前の現象を見つめる。
自分の意志で文字列が物理に影響を与えた光景が現実に広がっていたのだ。
『すごいでしょ?気合の入れ方で威力が変わるんだよ』
アイは楽しそうに微笑み、ウィルの驚いた顔を見て思わずクスクスと笑い声を漏らした。
その笑い声に気付いて、ウィルは自分が間抜けな顔をしていることを悟り、慌てて表情を引き締めた。
「使い方はわかったけど、俺はこれからどうすればいいんだ?まだ、結局何ができるのか、はっきりしないままだ」
ウィルの問いは真剣だった。目の前で見た力は凄まじいものだったが、何をどう使えばいいのか、具体的なイメージが掴めないでいた。
これで本当に戦えるのかという疑念が拭いきれなかったのだ。
アイはウィルの不安を察して、少し真剣な表情になりながらも落ち着いた声で答えた。
『大丈夫。ウィルが望むことを、何でも言ってくれれば、私はそれを実装できるよ。それが仕様書でも、要望でも、プログラムコードでも、どんな形でもいいんだ。ただ、あなたが望むことを伝えてくれれば、それを元に機能として実現できるから』
ウィルはその言葉に目を見開いた。自分が望むことをそのまま形にできる──そのことがどれほどの力なのか、ようやく理解し始めた。
彼が求めていたのはまさにそれだった。
自由を奪われず、自分の意志で運命を切り拓く力。それが今、目の前に存在していた。
『詳細にまとめなくてもいいんだよ。あなたが何を求めているのか、その意図さえ伝えてくれれば、それでいいの』
アイは柔らかく微笑んでそう付け加えた。
ウィルはその言葉に、心の中で一筋の光が差し込んだような感覚を得た。
無力だった自分に、運命に抗うための手段が与えられたのだと、確信した。