24話 勝者の権利
決着がつき、リングアナウンサーが力強くマイクを握りしめる。
「勝者、ウィル&マッチ創業者、ウィル!」と叫びあげ、闘技場全体にアナウンサーの声が響き渡った。
その瞬間、観客席からは雷のような歓声が沸き起こる。見ている一人ひとりが、時代が変革する瞬間を目の当たりにしているという実感に満ちていたのだ。
新たな時代の強者としてウィルの誕生に、彼らは立ち上がり、拍手と歓喜の声を送り続けた。この日、歴史が動いたことを誰もが感じ、その場に居合わせた全員が、新たな歴史の目撃者となった。
マッチは、ウィルが生き延びて勝利したことを喜び、彼に抱きつく。
「ウィルが生きてて良かった~!」
涙を拭う間もなく、彼女はウィルにしがみついた。
「マッチのおかげで勝てたよ」
ウィルは小さく笑い、彼女を優しく抱き上げて頭を撫でる。
観客の歓声が響き渡る中、その喧騒を割くように、魔王トゥデイが悠然と歩み寄ってきた。
「お疲れ様、ウィル」
気の軽い挨拶に、ウィルはなんともいえない表情になる。彼にとっては生死を分ける戦いだったが、魔王にとってはまるで「朝飯前」と言わんばかりの、取るに足らない1つのイベントにすぎないようだった。
「お疲れ様です」
「さぁ~ウィル君、鬼切一族当主との戦いを君は制することに成功した。戦闘に勝利した者は鬼切一族に対して勝者の権利を行使することができる。君はいったい何を望むのだい?」
魔王の意図を理解したウィルは返答する。
「有り様は変わりますけれど、一族を皆殺しにするなんてことは毛頭言うつもりはありませんよ。ご安心ください」
魔王は希望通りの返答が聞けたことに満足したのか、四天王とメイドを伴い、魔王城へと帰っていった。
ウィルはリングアナウンサーからマイクを借り、観客の前で勝者としての権利を行使する。
「ウィルの名のもとに、勝者の権利を行使する。鬼切一族はウィル&マッチの下部組織として配下に加える。これにより既存の権限は全て破棄され、ウィル&マッチが新たに作る会社に移行する。これまで統治されている法の改正を実施する。詳細は追々詰める。負けたからといって皆殺しにするつもりはないし、奴隷にするつもりもない。当社の最優先課題は全魔族が共通して掲げている人類の根絶にある。我が社はこれからもその課題解決に向けて邁進する。以上」
ウィルはマイクをリングアナウンサーに返し、闘技場を後にする。
この会場にいる誰もが、ウィル&マッチをただの巨大なベンチャー企業ではなく、大企業として認めた。
◇◇◇
魔王城へと着いた魔王は玉座に座り、自分を護衛する四天王を見つめる。
「配下たちよ、正直に申せ。本日の戦い、どちらが勝つと見ていた?」
右端にいたヴェルナルスが答える。
「鬼切舞が勝利すると踏んでいました。先代魔王に迫る勢いを持っており、代々伝わる秘技も使用できると思っておりましたので……」
魔王は次の者に目を配り、続けて質問を投げかける。
「私も同じく鬼切舞が勝利すると思っておりました」とソレストが答え、アウトネムスも「同意見です」と応じる。
最後の一人であるクリムソンだけが異なる見解を示した。
「私はウィル&マッチの基幹事業の一部を担当しております。従事者として、ウィルが勝利することを確信しておりました」
魔王は興味深げに尋ねる。
「なぜ、勝利すると踏んでいた?」
クリムソンは答える。
「はい。魔王様が投資しているデバイスの中核技術である半導体の製造を担当しておりました。半導体の製造は非常に高度で複雑な技術です。現状では、ウィル&マッチが提供している機材を用いることで、ようやく製造が可能となっております」
「その仕様と原理についても確認いたしましたが、凡庸な私の理解では、概要部分に留まるのが精一杯です。これまで私たちは、各種族が持つ生物的特徴による超常現象を『魔法』と捉え、それを操る者こそが強者であると信じてきました」
「しかし、ウィル&マッチは、その『魔法』を1つの機能としてデバイスに組み込み、誰もが気軽にインストールし、使えるようにしました。これは技術革新です。魔法は、個人の生まれ持った力ではなく、技術によって再現される時代になったのです」
「そのため、私はウィルが勝利すると確信しておりました」
魔王はクリムソンに問う。
「500年という歳月を生き、あらゆる知識を蓄えたお前が斯様なことを申すとは信じがたい。真であるのか?」
クリムソンは無言で頷く。
魔王は深く考え込む。
出会った時から普通とは違う何かを感じていた。彼の生み出した物は今までの価値観を壊すような物ばかりで、面白いことをする人物だと評価し、私は彼に投資した。
長年生きたこともあり、膨大な経験値から相手の強さを推し量る技量も持っている。
彼から対戦を提案された時も強さを推し量ってみたが、戦闘に関しては極めて優れたものを持っているとは感じられなかった。
しかし、あの死合、ウィルは鬼切舞との戦闘を重ねるごとに強さを増していった。圧倒的な自己学習能力、発想力の転換、種族の誰もが為すことのできない自己進化は、魔王の予想を遥かに超えていた。
彼の正体についてどれだけ思考を巡らせても、結論にはたどり着けない。
「四天王に命じる。ウィル&マッチは我が政策の一環として育った芽である。最優先監視対象として動向を見守れ」
「はっ!」
魔王は玉座にもたれ、ウィルがこれからどのように成長していくかを想像し、心躍らせていた。長い間感じたことのない新たな楽しみを見つけたかのように、期待と興奮で顔がにやりとする。
ウィル&マッチの未来が世界の常識を覆すかもしれないという期待に、魔王の心は静かに高鳴っていた。
◇◇◇
戦闘を終え、新オフィスに帰ってきたウィルは自分の部屋に戻ると、ベッドに直行した。
睡眠を必要とせず、24時間稼働できる体であっても、ウィルの精神はとっくに限界を超えており、ベッドの柔らかさを享受しなければままならない状況であった。
「あ~もうダメだ。何もしたくない。俺もマッチも社員も頑張りすぎだ」
ウィルは滅多に吐かない愚痴をアイに聞かせる。
『ウィルが弱音を吐くなんていつぶりかしら?』
アイは微笑みながらウィルの愚痴に付き合う。
「この世界にきて1年経った。世界から人類の殲滅を依頼され、力と引き換えに契約を履行するようにウィルは頑張ってきた。加速的にこの世界の魔族の技術力を上げて、前線で戦っている魔族の兵士の実力も間接的に引き上げてきた。彼らに変わったという実感を持たせてあげられていないが、全体的な数値として魔族の損耗率を抑えられていることはデータにはっきり現れている」
ウィルは枕に顔を埋め、軽く頭を左右に振る。
「もういいじゃん、あとは任せようよ。俺がいなくても魔族強いじゃん。鬼切一族めっちゃ強いやん。観客は俺が圧勝したかのように見えたかもしれないけど、全然違うよ。俺、1回死んでるよ。辛勝だよ」
『でも、ウィルは勝てたよ。偉いからもっと頑張ろう』
アイはウィルを励ますが、ウィルが求めているのは共感であり、発破ではなかった。
ウィルは顔を埋めたまま、指先で枕の端をぎゅっと握りしめる。
「俺が戦闘するぐらいならさ、鬼切一族全員を強くして前線で戦わせた方が絶対いいよ。鬼切舞が10人いたら勇者倒せるんじゃない? 俺は何もしなくても人類全滅できると思うよ」
アイがウィルに意地悪をする。
『じゃあ~鬼切舞を倒さなかったら良かったじゃん!』
ウィルは顔を上げずに、枕に顔を押しつけながら、わずかに口元を歪めた。
「俺はあの日、あの時、あの場所で最善の選択をした。その選択が正解か不正解かわからないが、俺は正解を選んだつもりだ。だから後からこうした方がよかったなどのべき論は好きではない」
『だったら、ウィルは何をすべきなのかな?』
ウィルは深いため息をつき、手で枕を軽く叩いた。
「わかってる。わかってるけど……」
アイは除外するとして、この世界の魔族の勤勉さにウィルは嫌気が差していた。
確かに自分の作った会社は、魔族にとってはやりがいしかないと思う。しかし、プログラムで自動化したり、便利になるためのものづくりというのは、根本的には楽になりたい、面倒くさいからやっていることであって、お金もちゃんと稼げるようにしたし、専門的な分野による部門分けを行い、社員がより楽に働けるようにも改善した。
一連の騒ぎで工数が圧迫され、忙しくなっていたのも事実だ。しかし、この騒動は終結に向かったはずなのに、管理職は軍隊のようにどんどん仕事をこなす。終わらないはずの膨大な仕事を効率的にこなすのではなく、全部終わらせるまでやる。その狂気じみた働き方にウィルは愕然としていたのだ。
「今日はもう何もしたくない。もう寝る」
ウィルは意地でも寝ようとする。しかし、アイにそれを阻まれる。
『区議会はどうするのよ?』
「ララのことか? 付き添いはマッチが行くって言ってたけど」
「違うわ。鬼切一族を傘下に置くのであれば、鬼切一族の現時点での最高責任者はウィル、あなたよ」
失念していたことに気づいたウィルは布団をもぞもぞしながら抗議するが、アイには通用しない。
ウィルは観念して仕事に戻った。




