22話 企業代理戦争
戦いの火蓋が切られた。
先に仕掛けたのはウィルだった。彼はストレージから素早く2丁拳銃を出現させ、鬼切舞に向けて発砲する。それらの動作は一瞬であり、正確に舞へ向けて弾丸が放たれる。
だが、舞は全く動じなかった。彼女の額に光が集まり、鬼切一族特有の2本の角が浮かび上がる。
その角が放った微細な電波が、周囲の全情報を即座に彼女の脳に送り込んでいく。周囲の空気の流れ、地面の振動、ウィルが立っている位置やどの方向に動いているか、さらには飛来する弾丸の速度と軌道――すべてが彼女の脳内に正確に描かれていた。
舞は視線をウィルに向けることなく、刀を抜き放つ。刀身が空気を裂くと、まるで静電気が走るように、青白い閃光が一瞬だけ周囲にきらめいた。その光が空間を焼き付けるように弾け、刀が流れるように振り抜かれると、飛んできた弾丸をいとも簡単に切り落とす。
その青白い光が、弾丸を焼き払うかのようにウィルの視界に映った。その瞬間、ウィルは直感的に理解する。彼女の一連の動作を通じて、鬼切一族の強さをまのあたりにしたのだ。
魔族と呼ばれる多様な種族の中で、彼らの先祖が「魔法」と名付けた力の一部は、ウィルの前世で当たり前に使われていたエネルギーと似ていることに気づく。
「鬼切一族は……電気を自在に操る能力を持っているのか?」
戦いが進む中、今度は舞が本格的にウィルに襲いかかる。彼女の剣術は、極限まで無駄を省いた動きで、相手を一撃で仕留めることに特化している。鋭く、速く、迷いのないその一撃一撃は、まさに芸術の域に達していた。
舞の動きは一瞬で距離を詰め、ウィルに向けて突き、斬り上げる。剣が織り成す連続攻撃は、まるで舞い踊るかのように滑らかで、かつ致命的だ。
「チッ…歩くレーダー、走る殺人マシーンかよ…厄介だ!」
ウィルは舌打ちをし、皮肉を吐きながらも、必死に回避を続ける。彼の体は限界ギリギリまで動かされ、攻撃をかわすために瞬時に最適な動きを選んでいたが、舞の剣はどこまでも彼を追い詰めてくる。斬撃が空を切るたびに、まるで空気そのものを断ち切るような音が響き、ウィルの髪の毛が僅かに舞い散る。
『弱音を吐かない。ちゃんと対応するのよ』
アイの冷静な声が頭に響くが、ウィルはその瞬間にも迫りくる舞の剣を回避することに必死だった。舞の攻撃は息をつかせる隙を与えず、ウィルの体を斬り裂こうと、次々と迫ってくる。剣は流れるように前後左右、あらゆる角度からウィルを狙い、彼の回避行動を的確に封じようとする。
ウィルは跳躍して剣撃をかわし、地面に着地する瞬間にもう一度斬撃が襲いかかる。彼の全神経は舞の動きに集中し、辛うじてかわすが、そのたびに身体への負担が蓄積されていく。彼女の剣筋は鋭く、速く、そして重い。まるで時間そのものがスローになったかのような緊張感の中で、ウィルは舞の動きを見極めようと必死だ。
「くそっ、このままじゃ持たない…!」
舞の一撃がウィルの肩をかすめ、浅い傷を負わせる。彼は一瞬痛みに顔を歪めるが、それでも何とか次の斬撃を回避する。鋭く空気を裂く剣の音が、彼の耳元で鳴り響くたびに、彼の体は極限まで追い込まれていた。
ウィルは自分の限界を感じながらも、決して諦めなかった。アイは舞の剣術をリアルタイムで解析し続け、そのデータを無意識のうちにウィルの身体に反映させていく。ウィル自身が考える間もなく、アイの解析結果が彼の動きに組み込まれ、反射的に最適な回避行動を取るようになっていく。
舞の斬撃が迫るたび、ウィルはそれをギリギリでかわし続ける。だが、その動きは明らかに変化していた。回避のタイミングはどんどん鋭く、精度も上がり、攻撃を避ける動作自体が効率的で流れるようなものになっていた。まるで、戦闘中にウィルの身体そのものが舞の剣術に順応しているかのようだった。
舞の一撃がウィルの頬をかすめ、瞬時にウィルは横に跳んで距離を取る。だが、その次の瞬間、彼の体はもう次の攻撃に対して動き始めていた。アイの解析により、舞の剣術に応じた回避行動がどんどん進化し、ウィルの戦闘スタイルは安全性を無視して最適化されていく。
観客はその変化を目の当たりにし、息を呑んだ。舞の猛攻を受けながら、ウィルはもはや受け身ではなく、舞の動きに応じて適応し、反撃の隙をうかがい始めていた。その姿はまさに、生きたコンピュータと化したかのようだった。
戦闘が中盤に差し掛かり、アイの解析が進むと、ウィルは戦闘スタイルを変えた。
拳銃で距離を取る戦法から、拳銃を牽制用に扱い、怪力拳を組み合わせた戦い方へとシフトする。この戦い方には理由があった。ストレージから2丁拳銃をいくらでも取り出せるため、武器の破損というリスクを完全に無視できる。これにより、拳銃を惜しげもなく消耗品として使いながら戦うことが可能だったのだ。
拳銃から放たれる弾丸に合わせてウィルも加速し、弾丸にリソースを割く舞の隙を突いて攻撃する。拳銃をトンファーのように鈍器としても利用し、舞の剣の動きに合わせて戦況を有利に展開する。
(私の動きに対応して攻め手を変えてきている!)
舞も幼い頃から剣術の鍛錬に打ち込み、人生の大半を費やしてきた。今の剣術も、途方もない試行回数の積み重ねによって身につけたものだ。だからこそ、ウィルの異常な習熟度の高さに気づく。
序盤は優勢だった舞も、次第に後手に回るようになり、苦戦を強いられるようになる。ウィルとアイはその状況を見極め、攻撃に集中する。
防御に割くリソースを攻撃にシフトし、隙のない相手に隙を作るための手段を考え、実行する。
牽制用の弾丸の軌道を場の環境も考慮した上で計算される。
アイの処理能力によって生きた弾丸のようにどのように逃げようとも確実に舞を襲いかかる。
弾丸同士がぶつかり合い、軌道を変えることで、最終的にどこに着弾するかを予測するための思考にリソースが割かれる。
ウィルは舞が弾丸を弾くための動作に入った瞬間を見逃さず、追撃を入れる。
対応が難しくなる中で、舞の表情には苦悶の色が浮かぶ。やがて、限界が訪れ、舞にわずかな隙が生じる。
『今よ!』
ウィルはアイが示すポイントに狙いを定めて拳を放つ。避けられないと悟った舞は、片手を防御に回した。ウィルの拳が舞の手の甲にあたる。防ぎきったと思った瞬間、ウィルの攻撃は終わっていなかった。拳を捻ることで回転力を増し、手の甲をすり抜けて顔面にクリーンヒットする。舞は衝撃で上半身を仰け反らせ、体勢を崩す。体勢を崩したことを好機と捉え、ウィルは今度は肘を使って確実に仕留めようとする。
舞は顔面にヒットを受け、体勢を立て直そうと必死になるが、ウィルの追撃は容赦がなく、彼女を確実に死に至らしめる一撃を放とうとしている。死への恐怖が舞の切り札を切らざるを得なくする。突如、空全体が揺れるほどの轟音が、一瞬の静寂を打ち破って鳴り響く。
『ウィル、回避して!』
アイの指示に従い、ウィルは追撃をやめ、距離を取る。
『ウィル、体が動かせない。パフォーマンスチェックして!』
ウィルは直ちに自分の状態を確認し、驚愕する。右腕が消滅していたのだ。
「アイ、右腕がない!」
アイも愕然としていた。サポート役である自分が、ウィルの状態を正確に把握できない事態に陥るとは、夢にも思わなかった。さらに、何が起こったのか手がかりさえなく、完全に状況を見失っている。急いで修復プログラムを起動したが、無情にも結果は「修復不能」と表示される。
『鬼切一族の資料にも載っていた、相手を消滅させる力みたいだね。ウィル、相手は切り札を出してきたわ』
ウィルはアイの言葉に頷くことしかできなかった。轟音の衝撃波により辺りは粉々になり、土煙を上げていたが、それが収まり正体を表す。彼女の長い髪は電気によって逆立ち、その瞳は雷光にも似た鋭い光を宿していた。周囲の空気は急速に帯電し、彼女の身からは電流が躍るように無秩序に放射される。地面は放電された雷により無造作に火花を散らし、溶解していく様子が見て取れる。彼女の姿は、まるで雷の化身のような神々しさを放っていた。
「全力で相手をするのはお前が初めてだ。称賛する」
舞からの最後の言葉が告げられる。
状況は誰がどう見てもウィルが確実に負けると見て取れた。彼女は抜刀の構えをとる。
『動いて!』
アイの叫びに反応し動こうとするが、轟音が鳴り響き、音速を超えた剣戟がウィルの左腕を消し飛ばす。あまりの速さにウィルは気づけず、ソニックブームだけを体感する。
両腕を切り飛ばされたウィルは、立ち尽くすことしかできなかった。
舞は最後の口を紡ぐ。
「秘剣:鳴神だ。ここまで戦い抜いた戦士への死の手向けだ。受け取れ」
ウィルは最後の手向けを聞いても気に留めず、その目にはまだ戦えるという不屈の覚悟が宿っていた。両腕を失い、立ち尽くしたままのウィルだが、その眼差しは決して揺るがない。彼の中に宿るのは、自らの限界を超えてでも戦い抜こうとする強い意志だった。
その姿を見て、舞はその意志を汲み取り、ウィルを討ち取るために再び抜刀する。彼女の瞳には、決して許されない強者への敬意と、自分がこの戦いを終わらせる覚悟がはっきりと浮かんでいた。
「アイ、最後の賭けだ。覚悟を決めろ!」
ウィルの声には決意が込められていた。それを受けて、アイも心を固める。ウィルとともに過ごしてきた時間、彼の側で戦い続けてきた日々が脳裏をよぎる。彼女は一瞬の躊躇もなく、微笑みを浮かべた。
『ウィル、私たちならできるわ。全てを賭けて、いくわよ!』
その言葉には、彼女の中にある確かな信頼と希望が込められていた。ウィルはアイの言葉を聞いて微かに微笑み、短く答える。
「そうだな、行こう」
2人の決意が一つになり、ウィルの目に再び火が灯る。舞の力強い気迫が迫る中、彼は冷静に、そして素早くOSアップデートのボタンにポインターをフォーカスする。
彼女は秘剣を行使する瞬間、最後の言葉をウィルに向けて告げる。
「さらばだ、ウィル。鳴...神!!!」
OSアップデートボタンを押すと、世界が一瞬凍りつくように感じられた。空間が歪み、ウィルの体内に走るデータが急速に変化し始める。アイのシステムが反応し、全てのプロセスがアップデートに向けて動き出す。彼の視界は一瞬白くなり、意識の深層にまで新たな情報が流れ込む感覚が走る。
ウィルとアイは、この瞬間に全てを賭けた。意識が1つになり、前例のない変革が彼らの中で始まろうとしていた。どちらの力が勝るのか、それはまだ誰にもわからない。だが、2人は確かな信念を胸に、この戦いに挑んでいた。
そして、轟音とともに、運命の一瞬が訪れる。




