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魔族IT革命  作者: 白樹春來
魔京都 会社設立編
17/68

17話 自社の再編

 稲荷地区での戦闘と交渉を終えて数週間ぶりに魔京都に戻ることができた。


 マッチからメールで新しいオフィスへ来るようにと連絡があり、何事かと思って内容を確認すると、新しいオフィスに移転したとの知らせだった。


 設立した会社が大きく成長し、ついにはオフィスビルに拠点を構えることができたその喜びを噛み締めながら、浮き足立つ気持ちでオフィスの中へと足を踏み入れる。


 広々としたエントランスホール、笑顔で迎える受付のスタッフ、20階にまで及ぶ高層ビル、1階に並ぶ小売店。これらすべてが、この世界の基準においては立派なオフィスであり、社員たちもきっと喜んでくれるだろうとウィルは思う。


 受付の女性に会社のフロアの場所を教えてもらい、ウィルはエレベーターに乗り込む。会社のフロアはどうやら最上階にあるらしい。エレベーターが上昇するにつれて微妙に気圧が変化するのを感じる。前世では上昇や下降の際の気圧の変化があまり好きではなかったが、今や機械生命体であるウィルにとってこれも1パラメータでしかなくいつでも感覚をOFFにすることができた。


 だが、社員に優しいと見なされる人物を目指すのであれば、こうした細かなことにも気を配れる存在にならなければならない。マッチはその点、上手くやれているのだろうかと不安になるが、最上階までの上昇中にできることは限られているため、つい余計な心配事に思考を巡らせてしまう。


 最上階に到着すると、ウィルはその光景に驚かされる。最上階のフロア全体が貸し切られており、社員たちが忙しなく働いている姿が見える。しばらく入口で立ち尽くしていると、一人の若い猫のOLがウィルに気づき、声をかけてきた。


「どうされましたか?」


 ウィルは我に返り、要件を伝える。


「マッチから新しいオフィスに移転したと連絡があり、彼女に会いに来ました」


 しかし、OLは訝しげな顔を浮かべ、疑わしそうにウィルを見つめる。


「マッチ社長はとてもお忙しい方です。本当に社長から連絡を受けたのですか?」


 ウィルは頷いて見せるが、OLの反応は芳しくない。どうやらウィルは、昼間に現れる押しかけ保険屋と勘違いされているようだ。ウィルはこのままでは埒が明かないと感じ、別のアプローチで知っている社員と出会えないかと考えた。


「疑うのも無理はありませんね。では、トンボさんはいらっしゃいますか? 彼であれば私のことを存じています」


 しかし、OLの表情には一切の信頼が見られず、むしろウィルを追い返そうとする意図が伝わってくる。


「お帰りいただけますか? 社内での粗相は困りますので」


 ウィルはどうしたものかと困惑し、アイに相談する。しばらく問答が続き、解決策を模索していると、ふいにマッチが入口まで迎えに出てきてくれた。


「ウィル、おかえり〜」


 久しぶりに見るマッチは、メガネをかけているせいか、少し大人びた印象を受ける。


「ただいま、マッチ。そのメガネ、似合ってるね」


 ウィルに褒められたことでマッチは少し照れたような顔を見せ、気恥ずかしさから話題を変えようとする。


「ところで、ウィルは入口で何してるの?」


 マッチの問いかけに、ウィルがどう答えるべきか考えていると、その隙にOLがとんでもない発言をしてしまった。


「社長、この方はどちら様でしょうか?」


 その瞬間、マッチの笑顔が一変し、その表情はゴミを見るかのような冷たい視線に変わる。ウィルはまずいと思い、なんとか止めようとするが、すでに手遅れだった。


「お前、何を言っているか分かっていないようだな」


 マッチの怒りが声に乗り、OLはその場で恐怖に凍りついたように立ちすくむ。マッチの言葉は鋭いナイフのようにOLの心に突き刺さる。


「お前は自分が養ってもらっている親の名前も覚えておらず、さらに家に帰ってきた親に対して『帰れ』と言うのか。そんなことも理解できない非常識な奴は、人間以下のゴミだな。ウィル&マッチという会社名がなぜ生まれたかも、お前は理解していないのか?」


 徐々に自分が大きな失敗を犯したことに気づいたOLは、冷や汗を流し、ただただ立ち尽くすしかなかった。彼女の表情には後悔と恐怖が交錯している。


 マッチの怒声が響く中、周囲の社員たちも何事かと集まってくるが、その場の雰囲気を察知し、慌てて上司を探しに走り回る者もいた。怒声は上司が到着するまでの間続き、その間にOLの気力はすっかり失われてしまった。彼女の「ライフ」はすでに0である。


「こいつを管理している者は誰だ?」


 マッチは鋭い目で上司を睨みつけ、冷徹な声で問いかける。上司は事の重大性を即座に理解し、平謝りでは済まないと察し、急いで土下座し謝罪の言葉を口にする。


「この度は、当社の管理下にある者の教育が行き届いておらず、誠に申し訳ありませんでした!」


 彼のおでこが床に擦れるほどの勢いで謝罪する姿に、周りの者たちは絶句し、その場の成り行きを息を呑んで見守っていた。


「新入社員の教育では、創業者の名前を教えていないようなプログラムだったのか?」と、マッチは冷静に問いかける。


「いえ、そのようなことはありません」


「では、教育過程で自社がどのように設立され、誰とどのような関わりを持ってここまで至ったのかを教えていない研修プログラムであったのか?」


「いえ、そうではありません」


「研修内容の理解度を確認するためのテストなどは実施していないのか?」


「いえ、それは実施しています」


「それならば、これはあなたの監督不行き届きという認識でいいのか?何か申開きがあるのなら、この場で言ってみよ」


 マッチの問いに、上司は言葉を失い、震える声で何も答えられないまま、土下座を続けていた。その場に漂う緊張感はさらに深まり、誰もが息を潜めて成り行きを見守っている。理路整然と突きつけられた事実に反論の余地はなく、上司は沈黙を守り続けている。その光景を見つめながら、猫OLもまた、自分の運命がどうなるのかを悟り始めていた。


 私の名前は愛無猫アイム・キャット。この世界で猫族として生まれ、親の愛情をたっぷり受けて育った21歳の社会人である。先の戦争で経済が疲弊し、就職活動は難航していた。そんな中で、ある日目にした掲示板に、他の会社とは比べものにならないほどの好条件で求人を募集している企業があった。それがウィル&マッチだった。まさに千載一遇のチャンスだと思い、すぐに応募。行く手を阻むライバルたちを勝ち抜き、晴れて一般職として採用されることになった。


 入社後、3ヶ月間の研修を受け、業務内容をしっかりと覚え、今日から事務員として新たな門出を迎えるはずだった。しかし、今まさにその運命が断たれようとしているのだと理解した。


 マッチ社長は若干14歳で会社を設立し、わずか2ヶ月で資金調達100億を超える会社を築き上げた天才経営者である。彼女の手腕と実績はまさに神のごとく、もし状況が異なれば、この都市を統べる経済誌の表紙を飾るような存在であっただろう。そんな御方が、今、目の前で自分に対して怒鳴っている。この光景は一体何なのか?これは天災か、それとも悪夢か?私は今日という日を一生後悔し、呪い続けるだろう。心の中に広がるのは虚無であり、何もかもが無意味に感じられ、この世界から切り離されたような孤独感に襲われる。


 マッチの冷たい視線がOLに向けられる。


「あなたはクビです。明日から会社に来ないでください」


 その言葉は鋭く、無機質で、まるで自分の存在がこの会社にとって何の価値もないと告げられたように感じられた。胸の中で何かが崩れ落ち、世界が一瞬で色を失ったかのようだった。彼女は必死に涙をこらえ、震える手でスカートの裾を握りしめ、ただ立ち尽くしていた。


 場の空気が凍りつき、ウィルは事態を止められなかったことに大いに後悔した。彼自身が火種を提供してしまった当事者でありながら、両者の視点を冷静に見ることができ、どちらの気持ちも理解していた。だからこそ、どう対処すべきか悩んでいるうちに、マッチの感情が爆発し、他の社員たちの目の前で怒鳴り散らすという異例の事態を招いてしまったのだ。


 社長がクビを宣告することは、この世界では「死」を意味するに等しい。理由は簡単で、多くの企業が一族経営を基本としている中、異種族の社員を受け入れる企業は極めて少ない。そのため、こうした企業で働くことは一族の生活を支える大きな役割を果たしている。もし一度でも「クビ」と宣告されれば、その一族はその企業と断絶し、再び関係を持つことはない。クビにされた社員は一族にとって恥知らずの存在とされ、二度と社会での居場所を失う。


 ウィルは感情を押し殺し、冷静に現場の収拾を図る。


「マッチ、やりすぎだ。少し自室で頭を冷やしてきなさい」


 マッチは何か言いたげな表情を浮かべたが、ウィルはさらに強い語気で命じる。


「もう一度言う。自室で頭を冷やしてこい。一切の異議も許さない」


 マッチは目に涙を浮かべながら、何も言わずに自室へと駆け出していった。


 ウィルはその後、土下座したまま動かない上司とOLを別室へと招いた。彼らは死刑宣告を受け入れたように、ただ立ち尽くし、心ここにあらずといった状態だった。


「まずは、お二人に謝罪します。あのような場所で当社の社長が怒鳴ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 ウィルの言葉に、2人は一瞬戸惑った。明らかに自分たちが悪いにもかかわらず、なぜ企業の代表者であるウィルが謝罪するのか理解できなかった。


「会社の規模が大きくなるにつれて、分業化も進みます。一般職の方が社長や企業代表者と直接会う機会は滅多にありません。ましてや、私はオフィスが移転してから一度もここを訪れていない。そのため、新入社員をあのように叱責するのは、本来あってはならないことです」


 ウィルはお土産に持ってきた稲荷饅頭を上司とOLに手渡し、場の空気を和らげようと試みる。


「この重い空気はここまでにしましょう。改めまして、ウィル&マッチの企業代表、ウィルです。よろしくお願いします」


 2人は少しだけほっとした様子で自己紹介を返した。


「はじめまして、キャットの研修担当をしているモグオです」


「はじめまして、本日からこのオフィスで勤務予定だったアイム・キャットです」


 ウィルは2人の顔色が少し和らいだことに安堵し、雑談を続けた。


 雑談が終わり、ウィルは「社長には私から話しておきますので、明日からも引き続きよろしくお願いします」と2人を元気付けた。


 上司とキャットはウィルに救われたことに感謝し、二度と同じ過ちを繰り返さないと心に固く誓った。


 その後、ウィルはマッチの様子を見に下の階に完備されてあるホテルへ向かった。室内は広く、高級感のある職人手作りの家具で満たされ、とても落ち着いた雰囲気が漂っている。


「マッチ……」


 ウィルが静かに呼びかけるが、マッチは布団に潜り込み、返事をしない。


「俺のために怒ってくれたんだろ? 怒ってくれてありがとう」


 ウィルの言葉に反応して、布団の中で少し動く気配があった。彼女が納得してくれたのだと解釈したウィルは、少し安堵の表情を浮かべながら続ける。


「会社の再編についての資料をまとめておいたから、目を通しておいてね。明日は笑顔のマッチが見られると嬉しいな……」


 その言葉に対して、布団が再び静かに動く。ウィルはそれを確認し、小さく頷いてから、満足そうに部屋を後にした。


 ◇◇◇


 翌日。


 全社員が19階にある大ホールに集められ、マッチは新たな組織再編と私募についての説明を始めた。社員たちの前に立ち、彼女の声が響く。


「今回の組織再編について、皆さんに説明します。まず、再編の概要は以下の通りです」


 彼女はスクリーンに表示された資料を指し示しながら説明を続けた。


 1. 基幹事業を核としていくつかの子会社に分離する


「今回の組織再編では、これまでのように会社全体を1つの大きな組織として運営するのではなく、特定の基幹事業を中心にいくつかの子会社に分けることにしました。これは、各事業がそれぞれの専門分野でより効率的に運営できるようにするためです。分離された子会社は、独自の経営判断を迅速に行えるようになり、他の部門の承認を待つことなく、素早い意思決定が可能となります。これにより、各事業のリーダーシップが強化され、全体としてより機動力のある組織が形成されることを期待しています」


 2. 買収した企業の解体と人材再編


「既に買収した企業については、一度すべての構造を解体し、そこで働く人材を再評価することにしました。このプロセスの目的は、各従業員が最も力を発揮できるポジションに配置することにあります。既存の企業構造にとらわれることなく、全社員のスキルと能力を再検討し、それぞれに最適な職務を与えることで、組織全体の効率と成果を最大限に引き出すことを目指します」


 3. 親会社としての持ち株比率


「親会社であるウィル&マッチは、再編後に設立される子会社の株式を70%保有します。これにより、ウィル&マッチは各子会社に対して明確な支配権を持ちながらも、子会社の独立性を尊重し、自律的な運営を促進します。持ち株比率が70%であることで、親会社としての経営権を確保しつつ、各子会社が独自の判断で活動できるバランスを取ることができるのです。組織の形が変わることはありますが、雇用関係は従来と変わりませんので、ご安心ください」


 4. 私募しぼによる資本金調達


「子会社の残り30%の株式は、外部の協力者に対して私募しぼ(プライベート・プレースメント)という形で販売し、資金を調達します。私募しぼとは、特定の投資家を対象にした株式販売で、短期間で資金を集めることができる手法です。今回、資金提供者として協力してくださるのは、稲荷地区代表の稲荷シロ様と、魔王トゥデイ様です。ここにはいらっしゃいませんが、今後最重要パートナーとなりますので、くれぐれも礼儀を欠かないようにお願いします」


 マッチは一息つき、社員たちの顔を見渡した後、最後の言葉を口にする。


「最後に、我々は今までの既存企業とは異なる道を歩んでいます。それに伴い、新たな変革が起こることも、これから先何度もあるでしょう。社員全員が当事者であると考え、これからも社の発展に寄与していただきたいと願っています」


 全体の説明が終わり、社員たちはそれぞれの持ち場へと戻り、仕事を再開する。与えられた役目をただこなすだけではなく、自ら考え、行動する一人前の仕事人として、新たな組織の一部となるために。

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