11話 発売前のテスト
物を売るためには、数多くの条件をクリアしなければならないが、最も重要なのは世間に広く認知してもらうことだ。どれだけ優れた製品であっても、知られなければ購入の選択肢にすら上がらない。
今回、ウィルが売り出そうとしているのは、全種族を対象とした汎用型デバイスだ。アクセサリー感覚で身に着けられるように、眼鏡型、リング型、イヤリング型といった多様な形状で開発された。技術的な部分はマッチとアイに任せているため、ウィル自身が詳しい仕様を把握しているわけではないが、仕組みとしては非常に革新的だ。
例えば、視野角拡張や熱源感知といった機能は、カートリッジ形式で後からインストールできるようになっている。インターネットが普及していないこの世界では、機能をパッケージとして追加できる仕組みが最適である。これにより、デバイスを購入した者が、自分に合った機能を後から選んで追加できる環境を作り出した。
ウィルは、こうした技術の普及によって、魔族たちが力を手に入れ、かつては人類から逃げるしかなかった状況から脱却できるだろうと考えている。
ふと、ウィルはアイに以前言われたことを思い出した。
「ねぇ、ウィル。なんで1人で全部倒さないの?」
彼女のその言葉に、ウィルは苦笑いしたものだ。
確かに、この体は24時間365日戦えるように設計されている。
だから、1人で戦い続けることができると思われても仕方がない。
しかし、ウィルはそんな途方もない作業をやりたくなかった。
人類を1人で全滅させるなんて、考えるだけでもうんざりするほどの労力だ。
だからこそ、ウィルは個々の強さに依存するのではなく、全体の強さを底上げする作戦に切り替えた。
魔族全体の力を高め、やがて彼ら自身が人類に立ち向かえるようになることを期待している。
これはウィル自身が前線に立たなくても、長期的には魔族たちが自分たちの力で人類を打ち倒してくれるというシナリオを描いているのだ。
それに、世界との契約でも「1人で全てを倒せ」とは言われていないし、期限が決まっているわけでもない。
そう考えれば、このプロジェクトを進めることには何の問題もない。
アイにその話をしたとき、彼女は「意味がわかんない」と呟いていた。
彼女のような無限の処理能力を持つAIにとって、ウィルの感情や「面倒くさい」という感覚は理解しがたいのだろう。
例えば、ウィルが「1を100回足して」と言ったら、アイは本当に1を100回足すだろう。
しかし、ウィルは元々人間である。「1を100回足して」と言われたら、当然「1×100」と計算する。
それを「なぜか?」と聞かれれば、ウィルの答えは「めんどくさいから」。
しかし、この「めんどくさい」という感情が、アイには全く伝わらないのだ。
ウィルはそんな彼女を、力強く頼りになる相棒だと思っているが、時には彼女とのビジネスライクな距離感を保つことも大切だと感じていた。
それこそが、ウィルが自分らしくいられる方法であったからだ。
◇◇◇
あれからひと月が経過した。
買収した企業との契約書の確認、経営資源の相互利用の範囲決め、エンジニアチームの編成、新規デバイスの開発など、膨大な作業を分単位でこなしているマッチがいた。
「サーバーの構築は完了。ローカルネットワークのセットアップも終わった。開発ツールも作り終わったし、新規デバイスも開発済み。アイさんからホワイトボックステストが完了したって報告があったから、次はブラックボックステストを社員と分担しないと……テストケースの作成は私がやるとして、テスト前の準備はトンボ社長に手伝ってもらおう。ただ、その前にテスターをリストアップして依頼を出さないとね」
画面に表示されたテスター候補者を、マッチはじっくり絞り込んでいく。
「人型とそれ以外で半々にして、性別や骨格、体型をバラけさせて……」
条件を指定すると、数百人いた候補者が30人ほどに絞り込まれた。
「マッチ社長、失礼します。」
ちょうど良いタイミングで、トンボ社長が部屋に入ってきた。
「マッチ社長じゃなくて、マッチでお願いします。あなたも社長なんですから、そんなふうに呼ばれるのはちょっと……」
マッチは少し照れくさそうに笑う。
「いえ、マッチ社長の凄さは、我々従業員全員が理解しているところです。尊敬と畏敬を込めて社長と呼ばせてください」
(年上のトンボ社長にこんなふうに言われるのは、なんだか居心地が悪いな……)
マッチは心の中でそう思ったが、社長としての立場がある以上、あまり文句も言えない。
「わかりました……これ以上は何も言いません」と、マッチは苦笑しながら返事をした。
「ありがとうございます」
2人の間に、微妙な空気が流れる。
マッチは、社長と呼ばれることに未だに馴染めない自分と、年長のトンボ社長が自分を持ち上げてくれることへの申し訳なさを感じながら、話題を仕事に戻すことにした。
「えっと……テスターのリストを絞り込みました。この方たちにテストを依頼してもらえますか?後は任せても問題ないと思います」
トンボ社長はその提案にしっかりと頷き、了承の意を示すと、部屋を後にした。
◇◇◇
ウィルの営業は大詰めを迎え、マッチへの引継ぎ処理を進めていた。
企業との契約書や重要な点をまとめた資料を転送し終えると、ウィルは軽く息をついた。
『ウィル、今日はもう仕事ない感じ?』
「まぁ~そうだな。優先してやるべきことはもうないかな」
営業として回っていたウィルだが、買収後はマッチが事務的作業を賄ってくれていたため、しばらくやることがない状態だった。
「面倒だが、あれを着手するか」
あれとは何かアイは不思議そうな顔をする。
「人材を確保するというよりは投資になるけど、スラム街の住人を労働力または戦闘員として活用できないか検討している」
『あれは資金が豊富になってから着手すると言ってなかった?』
「その通りだが、最近の営業活動でスラムの住人が増えているように感じるんだ。気になるんだよ」
営業活動を続ける中で、ウィルはスラム街の変化に疑問を抱いていた。
路上に座る大人たちが増え、身体の一部を負傷している者も目立つ。
情報もなしにスラムの住人と接触するのは危険なので、まずは近場の酒場に立ち寄ることにした。
酒場の扉を開けると、薄暗い灯りに照らされた木製のカウンターが目に入り、古びた雰囲気が漂っている。カウンターの向こう側には無精ひげを生やしたバーテンダーが黙々とグラスを磨いており、テーブルには数人の常連客らしき男たちが低い声で話し込んでいる。隅の方ではフードを深く被った怪しげな人物が静かに酒を飲んでいるのが見えた。
さらに踊り場ではケモ耳少女が楽しそうに踊っており、その周りには酔っ払った客たちが陽気に歓声を上げていた。
ウィルは空いている椅子に座り、給仕に酒とつまみを注文した。
周囲の会話に耳を傾けながら、気になる話題がないか探る。
「物騒な話になるがな。最近稲荷区辺りで冒険者の魔族狩りが活発化しているらしいぜ」
「おいおい、稲荷区って首都の近くじゃないか?」
「早とちりするな。稲荷区っていってもここから2日離れたところだ」
「魔王軍のダチに聞いた話によると勝ったはいいが辛勝だったらしい。だから、軍の損害もやばい。回復薬も追い付いていないから損傷が激しい奴は見捨てられるっぽいぜ」
「もう魔京都もダメかもしれないな」
聞き耳を立てていたウィルは、緊張感を感じながらも冷静に考えを巡らせた。
(魔族狩りか…これは早急に動かなければならないな)
考え込んでも結論が出ないと判断したウィルは、酒代を払って店を後にした。
魔王区の防壁外側には寂れた廃屋が立ち並び、遊ぶ子供、絶望した表情の大人、風呂敷を敷いて商売をする人など、秩序を欠いた混沌とした光景が広がっていた。
しばらく歩き回っていると、ぱっと見は華奢に見えるものの、鍛えられた肉体を持つ男が座り込んでいるのを見つけた。
「あんさん、ちょっといいかね?」
男は、疲れ切ったような顔でウィルを見上げた。
「なんだ…」
その声には、怒り、憎しみ、そして絶望が混じっていた。
「君のような立派な身体を持つ人がなぜここにいるか、気になってね。俺はこの町でカンパニーの営業をしているウィルだ。よろしく」
当たり障りのない会話から始めるウィルだが、兵士からの返答はない。
「ちょっと横に座らせてもらうよ」
ウィルは兵士の隣に座り、空を見上げ始めた。
「君は魔族狩りと戦ってきた軍人さんだと思って声をかけたんだ。私は外の世界をまだ知らなくてね。できれば色々と教えて欲しい」
「外の世界なんて知っても得なことは1ミリもないぞ。寧ろ絶望するだけだ」
ようやく口を開いた兵士の言葉に、ウィルは会話を続ける。
「どうしてそう思う?」
「お前らカンパニーの連中は、内地に逃げるために金集めをしてるだけだろ。俺たちは、金がないから軍に入るしか道がなくて、戦場では負傷したら見捨てられる。こんな理不尽に耐えて絶望しない方がどうかしてるさ」
感情的に言葉を吐き出す男を、ウィルは冷静に聞き続けた。
溜まっていた不満を吐き出した後、男の表情は少しだけ柔らかくなっていた。
「ウィルと言ったか…話を聞いてくれて、ありがとよ」
「別にいいさ。ところで、君の名前を聞いてもいいか?」
「……俺の名前は鬼斬アカヤだ。よろしくな」
「鬼斬さんですね。よろしくお願い致します」
「アカヤでいいよ」
「そうか、ならアカヤ。俺は君が嫌うカンパニーの企業代表者だ。もちろん俺は私的な目的のためにカンパニーを運営している。けれど1つ君に約束できることがある」
「それは?」
「この世から人類を消すことだ。口だけかと思われるかもしれないが、必ず目的を達成する」
「だから来週開催される見本市に参加して見て欲しい」
「魔王様が主催して開く展示会みたいなやつか?」
「そうだ。原則はカンパニー所属者のみという扱いだが、今回はその制限を撤廃して一般客も会場に参加できる運びとなっている」
「そこで俺達は最初の一歩を踏み出す。だから絶望に負けて身投げみたいなことをするのはやめろ。アカヤだけではなく、周りの奴らにも伝えてくれないか?」
「なんで俺が言わなくちゃいけないんだ」
「俺が言っても信じてもらえる人は少数だろう。しかしここにいる中で一番強いのはアカヤだろ?君から言ってくれる方が説得力もある。そして報酬も先払いだ」
ウィルは手持ちの100万コルをアカヤに渡した。
「こんなにも沢山…いいのか?」
「もちろんだ。広告料としてきっちり払わせてもらう」
自分が今まで扱われてきた待遇だとこんなことは絶対起きない。
だからこそウィルがカンパニーの連中の中で異質だということを直感的に理解した。
「信じてもらってるなら報酬分は頑張らせて貰うよ」
「頼んだ。ではまたな」
ウィルはアカヤと別れ事務所へと戻っていった。




