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Ep.98「DAY1◇The Seven Gathering Monsters①」

 障子戸が開いてすぐ、虹色の目と目が合った。彼は例の気の抜けた笑顔をボクに向けて、「やぁ、昨日ぶりだねぇ」と手を挙げて挨拶してくれた。

 時計の文字盤で言うと、真正面の七鷗(ななお)さんを十二時で、その脇――ちょうど一時の位置に志暈(しぐま)さんがいた。彼は『七本槍(ななほんやり)』のうちでも相当体格の良い部類らしく、集まるとより際立っていた。


遊兎都(ゆうと)君! 久しぶりだね、よかった。無事だったんだね」


 一安心したように息をつく志暈さん。ボクも見知った顔に出会えて、幾分か緊張がほぐれた。


「志暈さん! えっと……おはようございます。ええ、なんとか」

「はは、おはよう。相変わらず清々しいね君は」


 志暈さんが爽やかに笑った。しかし――、やっぱり凄まじい筋肉だ。久々に見ると圧倒される。

 ボクが再会の喜びを噛みしめていると、六脚(むつあし)さんがどん、と背中を叩いた。非常に痛い。


「そうか! 遊兎都は志暈と面識があるのか!」

「あ……はい。纐纈(はなぶさ)のお屋敷で……」

「おう、そうかそうか! なははは!」


 六脚さんは笑いながら入室した。彼は、十二時より少しずれたところ十一時の位置にあぐらをかいた。

 痛いと思っていた背中を、凛兄ちゃんが見られないようにさすってくれた。


「ひとまず座れ。志暈はいいとして……他のやつらは自己紹介しねえと誰が誰だかわかんねえだろ」


 溌剌(ハツラツ)とした六脚さんと打って変わって、冷静な青褐(あおかち)さんに促され、六時のあたりにボクと凛彗さんが腰を下ろした。案内した青褐さんは自分の定位置と思われる場所に片膝を立てて座った。だいたい三時くらいの位置、隣のひとは見慣れないひとだった。


「よぉし! まずはー……って。あれかぁ、七鷗はもう会っているんだったか?」


 首をぐるりと回して六脚さんが七鷗さんを見た。彼は首肯した。

 温和な雰囲気は健在で、六脚さんの勢いにも押されていない。余裕の佇まいが、より彼がただ者ではないのことを顕著にさせていた。


「はい、俺はもう。……だからぁ……えぇーとぉ。青褐くんも、だからぁ……。ホトトギスくん、かなぁ?」

「……」


 しきりに爪を噛んでいたそのひとは、七鷗さんの声にびくっと肩を震わせた。

 七鷗さんの視線の先、二時の場所にいるひと。

 猫背だから、正確な身長はわからない。目立たたないように縮こまっているように見えた。癖のある小豆色の髪で目元はほとんど見えない。彼は緑色を基調とした軍服を着ていた。


不如帰(ほととぎす)! お前……。まぁた、爪噛んでんのか! しょうがねえな~()()爪、剥ぐか?」

「ひっ……!」


 六脚さんのとんでもない解決策に、そのひとは引き攣った悲鳴を上げた。

 爪を剥ぐ? 彼はまるで軽口を交わすみたいに提案しているけれど、爪を剥ぐのは、もはや〝躾〟というより拷問である。

 癖が強いっていうより、このひと、単純に〝ヤバイ〟人だ。

 爪を剥がされんとしているそのひとは、見ているこちらが不憫に思うほどに怯えながら、「お、おぉ……」と唸り声を上げた。


「お……お、お俺は。……お、織豊川(おりとよかわ)、ほ、不如帰……、だ。……そ、そそ薔薇(そうび)の……伴侶、……だ」


 どもりながら、不如帰さんは言った。こちらを全く見ていない。視線があちこちに散らばっているみたいで、ボクもどこを見ていいのやら迷った。

 傍らの青褐さんが「字はこう書く」と紙に書いて見せてくれた。ものすごく達筆だった。

 薔薇さんの印象とは真逆だけれど、ひとの相性とは往々にして他人にはわからないものだ。

 ボクらも、同じタイプとは言えないし。


「ごめんねぇ、彼人見知りで。でも、銃の達人なんだぁ。銃火器でなにか困ったことがあったらぁ、彼に言うといいよぉ」

「ななな、な七鷗さん……やや、やめて、ください……」


 七鷗さんの補足に、不如帰さんが委縮する。ぶるぶる震えている様が、小型犬みたいな印象を受けた。

 青褐さんが目だけで「こういうやつなんだ、許してくれ」と言うので、ボクは深く頷き「大丈夫です」と応じた。


「ととちの番はオワリー? 次は、俺っちかな?」


 やわらかく間延びした声が割って入る。

 声がしたのは、不如帰さんのほぼ向かい――十時くらいの位置。

 片側だけ編み上げにした艶のない真っ黒な髪に、灰色の目。眉毛は剃っているのか、両方ともなかった。本来眉尻にあたるであろう部分には丸い形のピアスがふたつ並んで光っていた。髪と目の色の特徴から、すぐに餓蝋(がろう)一族に連なるひとだとわかった。


「お初お目にかかりー☆ 俺っち、餓蝋(うるし)っていいまーす。漆って、あの、木の、漆ね。舐めると死んじゃうヤツ。さっちーの伴侶だよぉ~☆」


 きらーん、と自分で効果音をつけて漆さんはピースした。

 のんびりとした口調、我が道を行く姿勢、そのあたりはなんとなく(さび)さんに通じるものがある。裸身に裾がぼろぼろになった衣服を羽織り、下半身は側面が大きく開いた裾の広いズボンだった。肋骨が浮いているのが目に留まって、痩せすぎているように思えた。餓蝋一族の有する『糸』の特性のせいだろうか。


「ん? 俺っちの顔になんかついている?」


 視線に気づいた漆さんに声をかけられて、ボクは慌てた。まさか体を見ていましたなんて言えない。どう言い訳するか迷っていると、「あ、俺っち細すぎって思ったぁ?」と顔を見られて誤魔化す暇もなく、あっさり看破された。


「そうだよねえ、そんな筋肉ムッキムキな子を前にしたらさぁ、俺っちなんてひょろひょろ~って感じだよねえ。俺っちたちって常に栄養不足なのネ、分解酵素が働きすぎて必要以上にごはんを分解しちゃうワケ。だから、()()にお薬もらって補ってるんだあ」


 のん?

 聞き慣れない単語に眉をしかめかけ――て。

 気づいた。漆さんの隣の、とんでもなく細長い人影に。


「!?」


 驚いた。

 割と至近距離にいたのに、全然気づかなかった。

 そのひとは人影、というより影のようなひとだった。

 長い。細長い、とかそういうのではなく単純に縦に、とんでもなく、長かった。

 たぶん天井に頭がついてしまうのだろう、彼は俯き加減のまま正座していた。

 ワイシャツにネクタイ、サスペンダーで吊ったスラックス。恰好はいたって普通だけれど、だからこそその常軌を逸した高身長が目立つ。

 濃いピンク色の長い髪で、彼が一体何者であるかはわかるけれど。


「のん、ご挨拶しなくっちゃ!」

「……」

「うんうん、えらいねー」


 ……何も聞こえなかった。

 いや、正確に言えば蚊の鳴くような、音はした。辛うじて拾えるくらいの小さな音だったけれど。

 青褐さんの溜め息が聞こえ、さらさらと紙に名前を記す音が続いた。

 達筆な文字で『締師走(しめしわす)野菊(のぎく)』と書かれている。


「――締師走野菊。ご明察の通り、蒲公英(たんぽぽ)の伴侶だ。〝のん〟ってのはあだ名な。ちなみにさっちーも錆のあだ名だ。漆はあだ名をつけるのが趣味なんだよ」

「のんってばめっちゃスレンダーでしょお、だから〝スレンダーマン〟ってあだ名にしたんだけど、この子が嫌がってねえ。だから、のんってつけたの。遊兎都クンはうさチャンでいい? うさチャンと凛チャン♡」


 きらきらした目が是非を問うので、ボクは「どうぞお好きなように……」と答える。漆さんは律義に後ろの凛兄ちゃんにも同じようにして訊いていた。彼はやや間があってから、「……好きにしたら」と放り投げるような返事をした。

 ぞんざいな物言いに漆さんが気分を害さないか不安だったけれど、彼は特に気にする様子もなく「やったー、これでトモダチだね」と嬉しそうだった。

 くるくる変わる表情は、錆さんとは対照的である。


「うっし! 全員の顔と名前はわかったか? わかんねえようならもう一巡するが」

「あ、大丈夫です一回で。皆さんのことは、承知しましたので」


 ボクの返答に、六脚さんはぱっと目を輝かせた。


「おおう、そうか! お前は記憶力がいいんだなー!」

「……必要だったもので」


 体格、髪型、色、目の色、輪郭。服装や癖。物言い。仕草から捉えられる性格。

 男娼として客を間違えないようにするために、特徴を捉えるのは必須だった。

 誤った対応をすれば、それだけで客は来なくなる。

 それぞれの客に対して最適な対応をするのが、玄人(プロ)である。

 ――必死に若作りするひとが多くて、年齢の話は結構禁忌扱いされていたから、その部分の才能はからきしだけれど。


「俺たちはさっきも言った通り、『七本槍』だ。皇彌(おうみ)からどれだけ聞き及んでいるかは知らんが、『絡新婦(じょろうぐも)血族(けつぞく)』の男たちにとっちゃ、絶対的存在な。んで、族長の非を被るのも、俺たちの仕事だ」

「非を被る……?」

「そぉ。一族の不祥事は族長の責任になるんだけどねぇ? 女の子に手を上げるような子はぁ、屑だから。族長の代わりに罰を受けるのも、伴侶の俺たちの仕事なんだぁ」

「なる、ほど……」

「だからぁ、まぁ……。族長とほぼほぼ同じ立場になるってぇ、ことだねぇ。俺たちは一族に属するすべての男の子に対して権限を持っているんだぁ」

「ま、早い話が『絡新婦の血族』にいる男はみんな俺たちの言うことを聞かなくちゃってことだな! なははは!」


 伴侶と同じ立場にいる。

 一族に属するすべての男子に対し、権限を持つ。

『絡新婦の血族』にいる男子はすべて、『七本槍』の言うことを聞かなくてはいけない。


 話を聞く限り、『男衆』を束ねる彼ら族長の伴侶たち『七本槍』は、かなりの特権を持つ存在のようだ。

 ――とすると、ますます皇彌さんの存在が浮く。

 彼は翡翠さんの弟(翠君)の恋人で、外部の人間で、族長の伴侶ではないし、『男衆』にも属していない。

 皇彌さんって、一体なんなんだ……?

 不意に考え込んでしまったボクを見つけたのは、青褐さんだった。

「皇彌のことが気になるのか」とそのものずばり、核心をついてきた。


「あ……」

「あいつはかなり異質だよ」と青褐さんは言った。「そもそも外部から人間――しかも、男を招き入れるってのはかなりリスクを伴う。俺たちの居場所や組織図なんかを把握されるわけだからな。ひとたび外部に漏れりゃあ億はつくくらい、価値のある情報だ」

「……薔薇さんも言っていました、〝彼が我々を吹聴しない、誠実で口の堅い人間であるという確証がある〟って」

「ああ、あとは実力だな。『試験』をあんな風に合格したのは皇彌が初めてだぜ」

「『試験』?」


 あんな風に、というのも気になるが、先にそっちだ。

『試験』……?怪訝そうにするボクに対し青褐さんは「? なんだ、皇彌から聞いてねえのか」と問いを重ねた。


「詳細は特に。……言いたくなさそうだったので」

「そうか。ま、そういうところが信頼に足るところなんだがな」


 青褐さんが満足そうに頷いた。一目置かれているのは明らかだった。

 それに続き、しゃべったのは意外にも――と言ったら怒られるかもしれないけれど――不如帰さんだった。


「おお、お皇彌は、……お、お俺たち……ぜ、全員とたた、……戦って……良い、せ、戦績を残した……あ、ああそこまで……圧倒、したのは。……お、皇彌が……初めて、だ……」

「ウンウン、みっちーすごかったよねえ。どんなにボロボロになっても最後まであきらめなかったしねえ。〝この皇彌が、この程度で諦めるとでも?〟って煽ってきたときは俺っち、けっこーコーフンしちゃったよ~♡」


 その時のことを思い出したのか、漆さんは両手で頬を押さえて身をくねらせた。興奮しているのは明らかだ。漆さんに賛同するように、腕を組んだ志暈さんがうんうんと頷く。


「いやぁ、俺も驚きました。彼の戦いぶりを見て、俺も精進せねばと思いましたよ」

「えぇ~、俺っち的にくまチャンもいい線イってたよお? みっちーがちょぉっと、すごすぎたってだけで」

「ははは、それはありがたいですなぁ」


 その光景をボクは呆然と見つめていた。

 正直言って、常軌を逸しているとしか思えなかった。

 ――皇彌さんの実力って凛兄ちゃんと相対した以上、なのか?


「おう、皇彌は骨のあるやつだ! あそこまで俺の〝躾〟を受けて心が折れなかったやつは早々お目にかかれねえな! なははは!」


 六脚さんが膝を叩いて、豪快に笑う。


「いやぁ、みんなあれはやりすぎだよぉ。俺、皇彌くん……絶対死んだと思ったからねぇ。……あ、俺は参加していないよぉ? 俺はあくまで『治癒師』だから。いやでも、本当に驚いたよぉ……ほんと。どんなに血を流しても立ち上がるから、見ているこっちがハラハラしたねぇ。その後診察したら骨あちこち折れていたし、内出血もすごかったし、内臓も傷ついていたしねぇ」

「肌がすげえ色になっていたなぁ!」

「笑い事じゃないよ、もー。あれでなんで生きているのか俺にはさっぱりわからなかったよ……」


 六脚さんの恐ろしい相槌を受けた七鷗さんが、眉をハの字にして肩を落とした。

「うんうん、のんもそう思うよねー」と漆さんが野菊さんを見て頷いているから、彼も何か話しているのだろうけれど、聞こえないからわからない。

 七鷗さんが参加しなかったとしても、六人。

 六人と戦って、健闘した……?


「……やっぱり、危険な子だな。彼は」


 様子を黙って見ていた凛兄ちゃんが息と一緒に、ぽつりと吐き出した。

 はっとして彼の方へ視線を遣ると、凛兄ちゃんは緩く微笑んで、「……彼は君と……少しだけ、似ているから」と続けた。

 翡翠(ひすい)さんにも似ていると言われ、薔薇さんには似ているが少し違うと言われた。


 悪魔。

 ひとを惹きつけ、堕落させる存在。

 ――あのひとは、何者なのだろう?

「集いし七人の怪物たち その一」

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