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Ep.80「届かぬ声」

 その愛は透き通るように美しい。

 だからこそ、


 ◇



「……いやです」

「うん?」

「ボクの人生はボクの人生です。――他人を巻き込まないでください」

「……なに?」唸るように雅知佳(まさちか)さんが言った。「セツカで吟慈(ぎんじ)さんに言われました。ボクには他人の人生を狂わせる体質――『魔性』、であると」


 ボクの言動が誰かに影響するのだとしたら。

 それですべてが決まってしまうのだとしたら。

 峰理さんはボクにとって、『親切なひと』だ。苦しんでいる姿を見たくはないし、苦しんでいるのなら助けてあげたいと思う。

 だからこそ。


「ボクが賛同すれば、きっと(すい)君も賛同してくれる。凛彗(りんぜ)さんやハニーBは言わずもがな。峰理(みねり)さんを庇う名目でボクが出てくれば雨汰乃(うたの)さんも黙ってはいない。……まるでドミノ倒しですね、ボクが最初のドミノ。ボクさえ倒せばあとは勝手に倒れてくれる」


 そんなつもりはなかったけれど、口調に嘲りが混じった。

 雅知佳さんの目が僅かに見張った。


「ボクはずっとボク自身を人質みたいに、操縦桿みたいに思っていました。でも違うんですね。……()()()()()()()()()()。ボクさえ懐柔できればあとは勝手についてくる。ボクを大切に思うひとたちが、ボクのことを気にしてついてきてくれる。……それが、あなたの狙いなんですね」


 ここにいるのは全員ボクと関わりのあるひとたち。

 ボクのことを、好いてくれているひとたち。

 やさしくて、あたたかいひとたち。

 ボクが苦しめば同じように苦しんでくれるひとたち。

 ()()()()()、枷になる。

 物理的な拘束なんていらなくて、『想い』がそのままボクらを繋ぐ鎖になる。

 雅知佳さんと峰理さんを繋ぐものが維央(いお)さんへの『想い』であるように。


「ボクの『想い』を馬鹿にしないで」


 想いはあたたかくて苦しくて切ない。

 でも、道具じゃない。

『光』なんだ。歩くための灯火なんだ。

 横から奪って、無理矢理違う道に導くのは違う。


「確かにボクにとってみなさん大事な方です。大切で、失いたくないと思っている。でもボクの考えひとつで彼らの人生に割り込むような生き方なんてしたくない。ボクの人生はボクのもので、彼らの人生は彼らのものです。誰のものでもない……決めるのは、決められるのは彼らだけなんです」

「……」

「あなただって同じなんですよ、雅知佳さん」


 睨まれたけれど構うもんか。

 ボクは。

 ――ボクはあのひとの言葉を伝えるためにここにいる。


「あなただって、そうだ。あなたの人生なのだからあなたが決めていい。なのに、あなたはまだそこにいる」

「そこ……?」

「大切なひとを救えなかった日」

「……は?」

宮雲(みやぐも)……いや。一尺八寸(かまつか)維央さんを救えなかったあの日です」

「……ッ!!」


 ああ、何度目だろうか。胸倉を掴まれるのにはもう慣れた。

 体が宙に浮かぶ感覚にも、もう驚かない。


「……ッ! ……ッッ! なん……っで……なぜ……! おまえが……!!」

「――俺が話した」


 雨汰乃さんが言ってから立ち上がり、ボクの胸倉を掴む雅知佳さんの手のうえに自分の手を重ねた。

 維央さんに勧められて、今も続けている赤いマニキュアの施された手を。


「なあ、雅知佳。俺は、お前に従うためにここに来たんじゃねえんだ……お前を助けたいだけなんだよ」

「……うる、……さい……だまれ……」


 雅知佳さんは雨汰乃さんを見なかった。ボクを見つめたまま、彼の言葉を拒絶している。

 声も、手も、震えていた。


「雅知佳。――一人で全部やろうとするのは構わねえが……。でも、独りだけじゃ限界があるだろ」

「だま、れ……っ、だまれ……!!」


 うろみたいだった目に水が溜まっていく。

 それは気持ちだ。雅知佳さんの抱える、どうしようもない葛藤。


「悪ぃが、俺は物分かりはよくなくてな。お前に何を言われようと俺は俺の役目を果たす。……俺はお前を助けたいんだ」

「……たすけ……る……?」

「そうだ、俺はお前を――」

「わた、しを……? ――ちがうっ!!」


 破裂。爆発。

 彼女の心が、砕けた。


「ちがうッ! ちがうちがうちがうッ!! 私が助かっても意味がないッ!! 助けられるのが私じゃ――意味がないッッ!!」


 雅知佳さんは、叫んだ。錯乱していた。

 髪を振り乱して、目を見開いて、感情を露わにして。

 初めて見る、彼女の姿だった。


「私が幸せになったって意味がないんだッ! 私が、……なんでっ、私が生き延びなくちゃならなかったんだ!!」


 どうして、私が。

 彼女の心の脆くて柔らかい部分に秘められた気持ちだ。

 目の当たりにして、皆沈黙している。

 どんな言葉も無意味であると、誰もがわかっていた。


「なんで、生き延びたのが……、ッあの子じゃなかったんだ……? なんでお前なんだ、なんで、なんでなんで……!! ()()()……、()()()!! ()()()()()()()()()!!」


 生きるべきひとが死んで。

 愛したいひとが、もうどこにもいなくて。

 世界に絶望しても、世界はずっと回り続けていて。

 残酷で、不条理で、不幸でも。

 それでも、『楽園』を見つけたくて。

 だから、創った。

 だから――このひとは。


「……生きてほしかったから」


 あのひとは幸せだと言った。泣きそうな顔で笑っていた。

 本当はきっと、泣きたかったんだと思う。

 泣きたいのを堪えて、無理に笑って。

 ――ううん、違う。

 みんなが笑っていられるように、あのひとは笑っていたんだ。

 誰も泣かないように。誰も、悲しまないように。

 陽だまりが、翳らないように。


「……維央さんはきっとあなたが無茶をして、維央さんの……かつてあのひとが語った『明るい未来』を創造するのを懸念していたんだと思います。……だってそれじゃあ、あなたがあなたの人生を歩めないから……。やさしいひとだから、大切なひとだから……あなたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「……ッ、……そんな、……そんな妄想話を……ッ」


 うなじの星形のほくろのことは、話す気になれなかった。

 今はただ、伝えたかった。

 砕けた心を繋ぎ合わせられる唯一の糸で。


「……あのひとは陽だまりのようなひとでした。話しているととてもあたたかな気持ちになる。維央さんは……、誰も、なにも、恨んでいなかった」


 あのひとの口から一切の恨み言はなかった。

 峰理さんはもちろん、自分の旦那さんに対しても。


「……峰理さんのことも、心配していました。でも峰理さんの人生だから間違いじゃないって言っていました」

「黙れ、それ以上しゃべるな……」

「あのひとは人が好きだって、世界が好きだって言っていました」

「……やめろ、黙れ……うるさい……うるさい、やめろ……!」

「あのひとは言ったんです、ボクに。伝えてくれって」


 唾を飲み込む。

 心臓が早鐘を打っていた。


「――〝私のことを思い出にしていいんだよ。私はもういないけれど、あなたたちが生きて思い出してくれている限りそばにいられるよ〟」

 ――もう、十分だから。自分のことを、許してあげて

「雅知佳さん、もう許してあげてください。あの日、救えなかったご自分を」

「黙れッッ!!」


 強い衝撃。

 ひりひりと熱を持っていた痛む頬の感覚に、殴られたのだとわかった。

 そして、すぐ。本当に一瞬だった。残像が見えて視界にそのひとを捉えた時にはもうことは終わっていた。

 凛兄ちゃんが、片手で彼女の胸倉を掴み上げていた。

 背中を向けているから表情はわからないけれど、きっと、とても怒っているだろう。


「……黙るのは君のほうだよ、雅知佳さん」


 地底を這うような、低い声だった。


「……いい加減にして」

「……ぐぅ……ッ」

「君の理想は立派かもしれないけれど……、それにユウ君を利用しようというのなら、僕は君を許さない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。勝手に歯車に組み込まないで、理想を押し付けるだけなら君は統治者じゃなくて支配者だ。支配に反逆はつきものだよ、雅知佳さん」

「……ッ」

「――僕は反逆する。君の支配者ごっこに付き合ってなんかいられない」


 そして彼女がそうしたように、凛兄ちゃんも雅知佳さんを放り捨てた。ソファに投げられた雅知佳さんは乱れた襟元を直す。凛兄ちゃんがボクに近づいてきて体を抱き上げた。


「凛兄ちゃん……」


 凛兄ちゃんはすごく哀しそうな顔をして、ボクの殴られた頬を撫でた。

 やっぱりボクの声じゃ、届かない。

 あのひとの伝えたい気持ちは……じゃあ、どうすれば――


「――ねえねえ、難しい話終わった~?」


 沈みかけていた刹那、場違いにのんびりとした声が割って入った。

 一瞬翠君かと思ったけれど違う。

 その声は、


「ねえねえねえねえ。俺ちゃん飽きちゃった。で、どーすんの? どーなるの、これ~?」


 呉綯(くれない)さんだった。

 無邪気なあのひとの子どもは、無垢な赤で、答えを問うていた。

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