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Ep.42「列車」

「うん、うん……わかった。楽しみに待っているね………――皇彌(おうみ)さん!」

「なんだ、翠玉(すいぎょく)。家の中をばたばた走るな……どうかしたか」

「ゆと君が来るんだって!」

()()()……? ああ、あの子か。随分急だな……。何かあったのか?」

「ん、なんか追われてるっぽい」

「……は? 追われている?」

「うん、そ。雅知佳(まさちか)さんとこ」

「……なるほど……いよいよ本腰を入れてきたのか……」

「? なにそれ?」

「……久遠寺(くおんじ)雅知佳が私たちへの干渉を強めている、ということだ」

「ふうん。よくわからないけど、そっちはどうでもいいや。――それよりも皇彌さん! お風呂洗わないと! それはもうピカピカに!」

「……」

「? 皇彌さん?」

「……それはお前ではなく、私がやるんだな?」

「もち」

「……全く……」


 ◇


 大陸の主な移動手段は自動車か、または列車だ。

 列車の開発には主に『エデン』創設者雅知佳さんが携わっているものの、根本的な機械部分に関しては『遠瀧(とおたき)電工』が製造している。

 列車は有人と無人とが存在し、ツクヨミ大陸で主に使用されているのは有人の方だ。ハニーBが手配したのは個人所有している無人であり、これはすべてが機械化されているかなり高価なものだった。

 五両編成で、客室、食堂、シャワールームをも完備する個人で持つにはずいぶん立派なものだった。立派すぎると言ってもいい。

 でも、彼の素性を知った今――所有しているのが寧ろ当然のように思えてきた。


「……タイミング逃して、訊かなかったんですけど」

「なんだ」


 〝お前の目の前にいるのは誰か〟という問いかけに、ボクは『情報屋』の陽気なちょっとかっこいいおじさんと答えたけれど。


蜜波知(みつばち)さん、『遠瀧電工』の代表なんですよね」

「おう」


 ハニーBこと、遠瀧蜜波知はニヒルに笑った。

『遠瀧電工』。

 〝通電するならそれは遠瀧製〟

 そんな言葉が生まれるくらい、ツクヨミ大陸で活用されるほとんどの電化製品の設計、開発、製造に関わっている大企業である。しかしそれだけの大企業にも関わらず、企業情報の多くが謎に包まれており、こと代表者に関する情報は一切不明。調べようとすると逆に調べられて警告される、とまで実しやかに囁かれていた。

 その代表者が、ボクの目の前で煙草を吸っている。


「……いいんですか、結構な人数の前で素性バラされていましたけど」

「あ? ……別にいいさ。隠そうと思って隠してたわけじゃねえしな」

「はあ……」


 なら、ボクが憂慮する必要はないのか。

 煙草の香りに凛彗さんが顔を顰めていたが、ボクが不快感を露にしていないからか黙っていた。

 列車の行先は〝隠密の街〟シジ。友だちの(すい)君が住んでいる街である。

 先ほど連絡を取って事情を話したところ、〝楽しみに待っているね〟という返事が来た。追われている旨も伝えたのだけれど、全く意に介していない返事だったから、ちょっと心配だった。

 会うのは久しぶりだ。声の感じを聞くに、変わりなく元気そうだった。


 ボクらは三号車の食堂車に集まっていた。テーブルとソファが用意され、奥にはカウンターと謎の機械が陳列されていた。蜜波知さんが「あれは全自動で料理作るやつ」と説明してくれた。

 ボクはソファに座って、珈琲を啜る。その姿を見て、「そっか、お前ハタチか」と言ってきた。


「二十二です」

「変わんねえだろ。そのナリじゃあ、精々……うーん、十六、七くれえに見えるな」


 それくらいなら、御の字だ。

 最悪、十歳前後に見られることもあるから。


「二十歳迎える前に、身長は止まりましたからね。なんですか、蜜波知さんってもしかしてそういう趣味ですか? もしそうなら()()()()()()()けれど」


 ボクの台詞に、凛彗(りんぜ)さんが殺気立つ。気づいた蜜波知さんが「違ぇわ!」と全力で否定した。


「ねえよ! そんな趣味ねえ! ()()()()()()()()、好きなんだってんだろ……! なに、俺、そんな信用ないの?」

「……途中です」

「とちゅう?」

「……信じようとしている、……途中です」

「はあん……」


 蜜波知さんはなんとも言えない表情で、言葉を飲み込んだ。凛彗さんは彼の反応を見て殺気を収めてくれたらしい。

 ――ボクがボクだから、好きか。


 向かい合わせのソファにボクと凛彗さんが並んで座り、反対側のソファを蜜波知さんがひとりで使っている。

 ホテルでのいつもの光景だった。


「……それにしても静かですね、この列車。もう少し振動とかあるものだと思っていましたけれど」


 ()()()()()()()()もしないから、列車に乗っていることを忘れてしまいそうだ。ボクの感想に「すげえだろ、これが遠瀧の技術だぜ」と宝物を自慢するような顔で、蜜波知さんが笑った。

 無邪気な少年みたいだな、と思う。


「移動する家を作りてえってのがコンセプトでな。開発にゃ苦労したもんさ」

「移動する家……ですか。なんかカタツムリみたいですね」

「カタツムリってお前な……」

「……ひとつ、気になっているのだけれど」


 ずっと黙っていた凛彗さんが口を開いた。


「これが襲撃されないって……保証は、あるの?」


 凛彗さんの言葉を待っていたかのように、蜜波知さんが笑った。


「ねえな」


 今、なんて?


 ◇


 爆速で走る列車を襲撃するような輩なんているのか、と思ったけれど。

 世の中にはいろんなひとがいるものだ、と感心してしまった。


 ぱりん、と小気味いい音で車窓が割れて激しく風が吹きつける。

 現れたのは顔面に交錯する線の刺青をいれた、目の焦点が全く合っていない、明らかに〝ヤバイ〟ひとだった。筋肉を鎧のように纏った、頭が天井すれすれの巨躯の男である。よくその体格でぱりん、で済んだなとボクは凛彗さんの背後に隠れながら思った。


「おおおおまええええががががががりりりりりんぜぜぜか」


 声が震えていて内容がうまく聞き取れないけれど、どうやら凛彗さんかどうか確認しているらしい。舌が回らないのか、口が閉じられないのか、しゃべるたびにぼたぼた唾液が床に落ちた。


「おおおおれれれははははははぎぎぎぎぎぎえええらららきょきょきょかいいいい」


 まともに聞いていると頭がおかしくなりそうだった。凛彗さんも聞いていられないと判断したのか、何も言わずに跳躍し、そのイカれた顔面に向かって蹴りをお見舞いする。巨躯が弾丸のように吹っ飛んでいき、反対側の窓から外へ出て行った。邂逅は体感一分くらい。

 割れたガラス窓を眺めながら、蜜波知さんが頭を掻く。


「こいつぁ試作品でね。迎撃機能はついてねえんだわ」


 あっけらかんと蜜波知さんは言った。

 凛彗さんがじろりと彼を睨みつける。一触即発状態だった。


「……ユウ君を危険に晒す気だったの……? 君の首はもう用済みかな……」

「おいおい、お前がいるだろ? なあ、凛彗。お前が最強の防衛機能だ」

「……」


 凛彗さんの表情を例えるなら〝君が何を言っているのか理解ができない〟だった。

 感情が顔に出ないひとだと思っていたけれど、案外凛彗さん、出やすいタイプかもしれない。

 彼の放つ、空気が淀みそうなほどの殺気にも、蜜波知さんは動じていない。

 本気でこのひと、どういう肝の据わり方しているんだろう。ボクなんか、自分に向けられたものじゃないってわかっていても、寒気がして視界に真っ黒い(もや)がかかっているみたいなのに。


「俺は遊兎都(ゆうと)を運ぶ、んでお前は遊兎都の安全を確保する。それが俺たちの役目だ」

「……勝手に決めないでくれる?」

「勝手じゃねえよ、適材適所ってやつだ。俺たちは遊兎都から命を繋いでもらっているんだぜ、だったら協力する以外に道はねえだろ。俺たちを繋ぐ遊兎都を守るために俺たちの成すべきことを成す、それが俺たちの共存だ」


 蜜波知さんが、ものすごく真面目なこと言っていて、驚いて固まってしまった。

 さすが、『遠瀧電工』の代表を務めるだけある。


「……」


 凛彗さんは考えている。数分沈黙が続き、次に彼が吐き出したのは溜息だった。

 渋々のようだが了承したらしい。

 彼の反応に蜜波知さんはにんまりと笑った。

 その後、絶え間なく襲撃が続いたけれど、都度凛彗さんが撃退してくれた。

 彼が息を上げるような敵はいなくて、毎度被害を受けるのは敵と列車の窓ガラスだった。木っ端みじんの窓ガラスと破砕された人体の始末は、蜜波知さんがどこに連絡をつけて、すべてをきれいにしてくれた。遠瀧の人脈、恐ろしや。


 ――そうこうして。

 ようやっと、ぐっすり眠れる夜がやってきた。

 寝室にはボクとネウしかいない。ふたりからは恋しくなったら部屋に、と言われた。ここのところ、結構な頻度でしていたから、ボクの体を慮ってのことだろう。

 ボクも男娼していたから、()()()()ことをする体力はあるには、あるけれど。


 「あのふたり、なんであんなに元気なんだよ……」


 まあそんなわけで、久しぶりに自分ひとりのベッドである。サイドテーブルのあたたかみある明かりを消して、目を閉じた。静寂にすうと意識が落ちていく。


 ◇


 ざざん、ざざん。

 ざざん、ざざん。


 満月が照らし出す白い砂浜に、寄せては返す波の音。

 これは、夢?

 心地よい波音に誘われるようにボクは一歩足を踏みだす。そこで夢の中のボクの形が生まれた。足先から色がつくように、ボクは〝夢の中のボク〟の自我を獲得した。

 着ている服はぶかぶかのシャツ一枚だった。どうやら裸身に一枚だけ羽織っているらしい。寝ているときによくしている格好だから、夢のなかにも反映されているのだろう。

 ――なんて、考えられる程度には夢を〝夢〟と認識しているらしい。


 足の指の間に細かくてさらさらとした砂が抜けていく。気持ちが良かった。

 ただひたすらに歩いていくと、流木の上に誰かが腰かけているのが目に入った。

 黒い髪をした背の高い青年だ。青年はボクに気づくとむすっとした顔のまま、こちらを向いた。

 満月よりもずっと濃い色をした、黄金(きん)の目だった。


「……ここがお前の『領域』か」


『領域』。どこかで聞いたことのある単語だ、けれど全然思い出せない。

 ごく自然に彼の隣に座った。そうするのが正しいと思った。


 ざざん、ざざん。

 ざざん、ざざん。


 波の音だけが木霊する。

 不思議な気分だった。


「……海、か」

「……この前見たのが、初めてだったよ」


 海。『神霧教(しんむきょう)』の向かうさなか、視界の端っこに捉えたくらいだけれど。

 広いなあ、なんて。月並みの感想を抱いた。

 傍らの彼は「……そうなのか?」と訝しげに訊ねてきた。


「ザイカにいたころ、外に出る自由はほとんどなかったからね」


 知らないひとのはずなのに、敬語でしゃべるのが憚られた。

 こうしているほうがいいのだと、なぜか確信めいた気持ちになっていた。


「海が、好きなのか?」

「うん。本で読んで以来、ずっと見てみたいって思っていたんだ。広くて青くて……果てしなくて」


 海の向こうにはあの世があるらしい。霧が晴れたら、見えるのだろうか。

 見えたとして、両親に会うことができるのだろうか。

 幼い頃、そんな夢想を抱えていた。


「……そうか」


 潮騒が耳に心地よく響く。

 なんだろう、妙な気持ちだった。


「……そうか、ここはお前の『領域』だから……無意識にオレを〝オレ〟だと理解しているのか……」


 青年はひとりで何か呟いて、ボクのほうへ手を伸ばした。

 触れられるのは嫌じゃなかった。でも、触れられている事実は認識できるのに感覚がしなかった。

 夢の中だから、なのだろうか。


「オレのことをちゃんと認識できていないからだ」

「どうすれば認識できるの?」

「……したいのか?」

「わからない……わからないけど。……なんだかキミ、寂しそうだから」


 ボクも手を伸ばす。

 触れたけどやっぱり、感覚がしない。指先が痺れているみたいに、何も感じなかった。

 黒髪の生える真っ白な肌。作り物みたいだ、きれいだな。


「お前はオレの番だ。オレが心を尽くすに値する存在だ。――遊兎都」


 甘く囁く声をどこかで聞いた覚えがある。

 思い出そうとするのに波の音が邪魔して全然考えられなかった。


 ざざん。ざざん。

 ざざん。ざざん。


 ああ、なんだろう。

 ふわふわした変な気持ちだ。


「……それはオレに対する想いか? それとも――」


 わからない。わからないよ――

 名を呼ぼうとして視界は霞んでいった。


 ただ、波の音だけが耳の奥に残っている。


 ◇


「……変な夢を見た、気がする」


 起きて身支度を整えながらボクは独り言つ。

 ドレッサーの鏡に映るボクの顔は、ふだんと変わらずキズモノである。

 夢を見たことは覚えているのに、夢の内容が思い出せない。

 なぜだろう。覚えていない夢のことなんて気にする必要ないのに、気になってしまう。

 気になるのに、全く思い出せない。歯がゆい気持ちだった。


「……どうした、難しい顔して」

「ネウ。おはよう」

「悪い夢でも見たのか? 顔が険しいぞ」

「え? ああ、いや……見た夢が思い出せなくってね」

「……」


 ネウがぴょんと、ドレッサーの前に立つ。ネウは成長しない猫だった。

 ずっと小さいから、そういう種類なのだろうと勝手に思っている。


「思い出したいのか」

「え? あ……うん、そうだね。思い出せたらいいかな……なんか気になるし」

「……そうか」


 ネウは目を伏せた。時折ネウは人間みたいな仕草をする。

 まるで、()()()()()()()()()()()()に。


「ネウ?」

「……なんでもねえ。朝飯食うぞ、腹が減った」


 言ってネウはボクのフードのなかに入った。

 変なの、と胸中で呟いてボクは部屋を後にした。

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