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Ep.41「夢うつつ」

 ボクの考え方としては、〝仲間外れは可哀想〟という気持ちだった。

 本当にそれだけだったのだ。それだけ、だったのだけれど。


「……あれ?」

「……起きたか」


 知らないひとがいる。誰だろう。

 真っ黒な髪に、黄金の目。どこかで見たような取り合わせだ。

 ああ、そういえばネウがいないな。どこに行ったのだろう。

 というか、ここはどこだ? 確か兎戯(とぎ)君の家に行って、紫乃盾(しのたて)晴矢(はるや)がやってきて、それで。

 凛彗(りんぜ)さんから異能を得た話をされて、それがボクと接触したひととの命を繋ぐ異能で。

 蜜波知(みつばち)さんにも影響が出ているっていうから、そうか、じゃあネウにも分けてあげなくちゃと思って。

 それで……、


「……ネウ?」

「そうだが」

「え? ……ネウ?」

「そうだが」

「……ネウ?」

「だからそうだって言ってんだろ」


 腕を組んでボクを見る青年がぶっきらぼうに言った。

 真っ黒な髪に黄金の目。身に纏うは仕立ての良いスーツ。足元はぴかぴかに磨かれた革靴。

 ふたりがいない。ここはどこ? ボクは――


「お前は(そよぎ)遊兎都(ゆうと)。オレは嵐神尾(らんかみお)祢憂(ねう)

「……ら、らんかみお、ねう……」

「そうだ、お前の番だ」

「あ、はい。……つがい?」


 なんだか敬語になってしまうな。

 ボクは周囲を見渡した。誰もいない。真っ黒な空間にぽつん、とふたりだけだった。

 ここはなんだ?


「ここはオレの『領域』だ。テメエが安直なことするから……ったく」

「……ごめん。ネウ……あ、いや祢憂?」

「なんだ」

「ここ、はえっと。『領域』って……なに?」

「個人が有する精神世界のことだ。オレはその『領域』に干渉することができる」

「えぇ……っと、つまり祢憂も異能を持っているってこと?」

「違う」

「違うのか……」

「……オレたちは『神の使い』だ」

「……え?」

「……『慈母』によって創造され、この世界に悲劇をもたらさないよう監視する役目を与えられている」

「……急にファンタジーなこと言うね……?」

「……」

「祢憂、あのさ。とりあえず、元の世界に戻してもらえないかな? ふたりが……心配するし」

「……っち。わかった。でも、」

「でも?」

「覚えておけよ」

「なにを?」

「お前は――」


 オレの番だってことを。

 だからそれってどういう意味なんだ。もうちょっと説明が欲しい。

 ――思ったけれど、視界が段々とぼやけて真っ白に変わって、そしてボクは気を失った。


 ◇


 目を覚ましたら、ベッドの上だった。

 凛彗さんと蜜波知さんがボクのことを心配そうに見下ろしている。上体を起こすと、腹のうえにはネウがいた。


「……へ? あれ?」

「遊兎都ッ、大丈夫かお前!?」

「遊兎都……」


 大丈夫か、とは。何が起きたかわからず、ボクは腹のうえのネウを見つめた。

 ネウは「なァん」と鳴いただけでそれ以上何も言わなかった。


「ネウのやつにキスしたと思ったら突然ぶっ倒れやがるから驚いたぜ……なんか変なビョーキでもうつされてねえよな?」

「え? え?」

「……命を、……繋ごうとしたの? ユウ君」

「……はい。ネウも、その……仲間外れじゃ可哀想かな……って」


 ネウは黙っている。借りてきた猫みたいだった。

 さっき見た光景は、夢だったのか? そういえば()は夢の中で名乗った。

 彼? 彼って……誰だ?


「……遊兎都?」


 凛彗さんに呼びかけられて、ボクははっとした。

 夢を見たことはわかるのに、内容がどうしてもぼやぼやして思い出せない。

 水彩画が水に浸かってしまって色が滲んでわからなくなる、みたいな感覚だった。


「……すみません、なんでもないです。ボクは平気です」

「そうか? 一応病院にでも行って診てもらうか?」

「あるんですか、トウキョウに」

「一応な」


 蜜波知さんが手を差し出してくれた。

 ボクはその手を取る。動くとネウが素早くベッドを飛び降りた。

 なんだろう、ネウの雰囲気がいつもとちょっと違うような。


「……ネウ?」

「……眠い。フード貸せ」

「え、あ、うん」


 ネウを抱き上げてフードにしまう。そのまま寝入ってしまった。

 最近のネウは変だけれど、今回は輪にかけて変だった。なんだかなあ、と思いつつボクらはピンク色の帳をめくった。

 む、とした濃い鉄さびの匂いが漂う。赤は既に真っ黒になっていて、あちこちに四肢のもげた死体が転がっている。地獄絵図、とはこのことを言うのだろう。


「うわあ……」

「……ごめんね、少し……加減ができなくて。……君が心配だったから」


 凛彗さんが頬を手の甲で撫でた。ごつごつした骨の感触が、やわらかく皮膚を擦れてくすぐったくて――なんだか気持ちよかった。思わず目を細めると「猫みたいだな」と蜜波知さんに言われた。

 死体だらけの屋敷を後にし、ホテルに向かう。――が、道中見知らぬ集団に囲まれた。ふだんは『赤』にいるようなガラの悪い連中だった。


「なんだお前ら」

「なあに、ただの勧誘だよ」


 知的そうなヤクザが蜜波知さんの誰何に応じた。

 勧誘――即ち、それは。


「そこの朴念仁、随分な力自慢だっていうじゃねえか」


 力自慢というか、剛力というか、怪力というか。

 凛彗さんは既に臨戦態勢である。ここが血の海に変わるまで、あと数秒だった。


「ちょっと俺たちのお手伝いしてもらえねえかなあって、よ」

「……それは『便利屋ラビットホール』への依頼ですか」

「あ?」

「依頼なら受けますよ、相応のお金はもらいますけど」


 知的ヤクザはじろりとボクをぬめつけてから、笑った。


「お前は……役に立たなそうだな」


 その言葉が決定打だった。凛彗さんが宙に浮かんだ。

 空中で足を横に払うと、後ろに控えていた連中の首が軒並み全部、飛んだ。

 知的ヤクザの高そうなスーツに、びしゃびしゃと血の雨が降り注いだ。


「……あ?」

「個人的勧誘ならお断りしています。何を知らされたかわかりませんが……凛彗さんの力はあなた程度で制御できる代物ではありません、お引き取りください」


 知的ヤクザは頬についた鮮血に触れた。ぬちゃ、と糸を引くそれを見て青褪める。


「……な、な……な……!?」

「それでは」


 ボクらは血塗れのヤクザと血だまりを後にした。


 ◇


 ホテル戻る道中、ずっとそんな感じだった。ボクを病院に連れて行くどころの話ではない。

 およそ、雅知佳(まさちか)さんが凛彗さんのことを他の街に知らせたのだろう。蜜波知さんが簡単に――常に手元に専用端末を用意しているらしい――調べたところ、『赤』にいる有象無象の組織たちが凛彗さんの力を狙って、ボクらの動向を注視しているそうだ。この調子ではホテルには戻れそうになかった。

 逃げ続けているのも疲れるので、『どっちつかず(グレーゾーン)』に点在する空き家のひとつに身を潜めた。

 潜伏している連中がいないかどうか、凛彗さんが先行して調べてくれた。幸いにも誰もいない、本当の空き家だった。


「こりゃあホテルにゃ帰らねえほうが無難だな……。先回りされて伏兵がいるかもしれねえ。――おい、遊兎都。しばらく病院行けねえが、本当に大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。これでもネウは清潔な猫ですし……唇とかたまにペロペロ舐められますが、体調崩したことないですし」


 舐められた、という単語に凛彗さんの眼光が鋭くなかった。が、ボクは無視した。敢えて。

 フードの中で丸まっているネウをちらりと窺ったが、彼は微動だにしない。明らかに兎戯君邸から様子がおかしい。でもしつこく訊ねてへそを曲げられても困るので、何も言わないまま正面に向き直る。


「……ひとまず一時的にでも……、身を隠せる場所が必要だね……」


 凛彗さんの提案に「そうですね」と同意する。蜜波知さんも頷いていた。

 身を隠せる場所、か。

 思い当たるのがひとつだけ浮かんだが、ちょっと躊躇いを覚えてしまう。おそらく当人は気にしないのだろうけれど……。


「……ユウ君?」

「あ……。すみません。身を隠せそうだなって思ったんですけど……。いかんせん先方にご迷惑が……」

「どこ行ったって、そいつは同じだろうよ。どこだ?」


 ボクが言い淀んでいると、蜜波知さんが横から口を挟んだ。


「え? えぇっと、シジです。友人が、いまして」

「シジ? 〝隠密の街〟か。へえ、人間住んでるんだな……」


 さすが『情報屋』、シジの特徴までちゃんと把握しているようだ。


「でも問題はどうやって行くか、なんですよねえ……シジって結構離れているし」

「おいおい、遊兎都」

「はい?」

「お前の目の前にいるの、誰だと思ってんだよ」

「誰……て。『情報屋』の陽気でちょっとかっこいいおじさん……?」

「……そうかい」


 ボクの答えに、蜜波知さんはなんとも表現しがたい顔をして、ぼそぼそ何か言った。それから黙って端末を取り出し、どこかに電話をかける。二言三言誰かと言葉を交わすと、彼はそれをジーンズのポケットにしまう。


「……ハニーB?」

「おう、手配したぜ」

「手配? 何をですか」

「列車だ」

「れ、列車?」


 驚くボクをよそに、蜜波知さん――否、情報屋ハニーBは上機嫌にウインクした。


 ◇


「かっこいいとは思われてんのか……」

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