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Ep.27「ただあなたを救いたい」

 閃光弾、だろうか。

 目が慣れるまで何が起こったか全く理解できなかった。

 ボクの体は誰かに担がれているし、凛彗(りんぜ)さんも引きずられている。長躯だし筋肉が詰まっていて重いから抱き上げるのが大変なんだろうな……。

 ネウが「なんでテメエがここにいるんだよ!」と叫んでいた。誰だろう、このひと。ネウの知り合いって言えば……。

 未だぼやぼやする頭のままどこかの部屋に連れて行かれた。がちゃん、と鍵のかかる音がする。


遊兎都(ゆうと)、大丈夫か?」


 聞き馴染みのある声だ。

 ああ、このひとは。


「――蜜波知(みつばち)さん?」

「ああ、そうだ。俺だよ、目ぇ大丈夫か?」


 ぼさぼさの髪にあご髭、純白の法衣を纏った頑強そうな男の人。

 その目にサングラスはなくて、琥珀色の光がそのまま晒されていた。

 ハニーBこと蜜波知さんである。

 でも、どうして?

 疑問に思いつつも体を持ち上げた。放り投げられたけれどどこか骨が折れている様子はない。ネウが走り寄ってきて「大丈夫か?」と心配してくれた。平気だよと頭を撫でるとネウはどこか安心したように「なァん」と鳴いた。ふふ、可愛い。

 いや、それよりも。


「みつ、……えっとハニーB、どうしてここに?」

「蜜波知でいい。まあ、なんだ。情報収集ってやつだよ」

「情報収集? 情報屋なのに?」

「馬鹿言え、情報が降って湧いてくるもんじゃねえぞ。自らの足で稼ぐことだってあらァな」

「そういうものなんですか……」


 情報屋という職業は知らないので、何とも言えないけれども。

 ボクはふと荒い息使いを感じて、そちらに視線を移す。案の定脂汗をかいて横になっている凛彗さんがいた。そういえば毒を盛られていたのだった。効能は麻痺と。


「……は、っ……あ、……はぁ……ッぅ」


 顔が赤い。全体的に汗をかいている。苦しそうだった。

 それに……。


「こいつ、毒効かねえんじゃなかったのか?」


 蜜波知さんが訊ねる。ボクは首を横に振った。


「効かないわけじゃなくて、効きにくいってだけです。毒は経皮吸収みたいだから、服を身に着けた瞬間に徐々に回ってくるようになっていたんでしょう。戦闘になるって力んだから血のめぐりがよくなって効果が現れたのかと……」

「なるほどなあ……で、どうすんだ? 死なねえとは言っていたが……」

「……」


 効能は麻痺と媚薬。麻痺して動けないところを好き勝手してやろうという魂胆だったのだろう。

 〝お遊び〟であっても悪趣味な行為だ。


「……反吐が出る」


 それを身内が、しかも親が子作りのために仕掛けたのだから、いよいよ最低である。ボクも胸を張って聖人だとは言えないけれど、それにしたってひどすぎる。

 同意もなく、拒否も聞かず、自分の思うがまま、親という権利を振りかざして行う傍若無人な振る舞い。はっきりと怒りを覚えた。そして、遣る瀬無さも。

 家族のていを、もはや成していない家族。だのに、未だ家族というものに縛られ続けている凛彗さん。そして身代わりの禮世(らいせ)さん。

 その名に白樺(しらかば)を冠する限り、このひとたちはあのひとに――『神霧教(しんむきょう)』に縛られ続けるのだろうか。

 そんなのあんまりだ。凛彗さんの人生は凛彗さんのものなのに。


「はぁ……っ、うぅ……」

「……」


 こんな時にボクができることはひとつ。

 解決策としては凛彗さんの不徳の致すところかもしれないけれど、でもボクにはそれしかできない。

 凛彗さんに腰のあたりを浮かした状態で馬乗りになる。

 襟元を緩めて、呼吸がしやすいようにする。凛彗さんは何をされるかわかったのか、ボクの腕を掴んで制すけどいつも以上に力が入っていなかった。麻痺しているせいだろう。


「……ゆ、ぅ……と……」

「ごめんなさい。ボクには……。これしか、ないから」

「……ッ、そん、な……こ……と……」


 こんな時でもこのひとはやさしい。だから、せめてそのやさしさに報いたかった。


「……蜜波知さん、あの」


 佇んでいる蜜波知さんに顔を向けると、彼はもうすでに後ろを向いていた。そしてなぜか法衣のフードを被っている。


「服、取りに行ってくる」

「え?」

「服だよ、服。遊兎都お前、服ねえとあれだろ……戦えないんだろ?」

「あ、はい……ありがとうございます」


 このひともやさしい。

 どうして誰も彼もボクにこんなにやさしくするのだろう。

 お返しできるものなんか限られているのに。


「いいって。――おい、猫。お前もついてこい。なんかあったら俺を守れ」

「はあ!? ……っち、今回だけだぞ……」


「それと猫じゃねえ、ネウだ」とかなんとか言いながら蜜波知さんと部屋を出て行った。部屋は静かになった。

 ……そういえばここはどこなのだろう。

 いろいろ突然だったからまともに周囲を見ていなかった。

 ここは子ども部屋……? 宇宙船の壁紙に子どもの勉強机、ベッドに、あれは画用紙……?


「……ゆ……う、と……」

「あっ」


 そんなことをしている場合じゃない。

 ふたりがせっかく気を遣ってくれたのだから、早く凛彗さんを助けないと。

 ボクは視線を下に向ける。ズボンのベルトに手をかけると、彼が苦しそうにしながらも笑った。


「…………けがの、……こぅ……みょうっ……て、やつ……かな……?」


 泣きたくなった。このひとはボクのすることを決して否定しない。受け入れてくれる。

 それがどんなに得難い幸福か、このひとを好きだと自覚してから、痛感している。

 痛くてあたたかくて、苦しくて切ない。


「……凛兄ちゃん」

「……ゆう……っ」

「……今、楽にしてあげるから」


 凛兄ちゃんの唇に自分のものを重ねる。それから、いつもされているように深く、深く探っていく。

 やり方は覚えている。でも、責めるのは得意ではないから、気持ちよくできるか不安だった。そんな風に考えて、試行錯誤していたら震える手で頭を撫でられた。ぎこちなく、でも確かに。

 唇を離して彼を見ると、笑って、「……上手」と褒めてくれた。

 そんな顔、しないで。胸が苦しいよ、凛兄ちゃん。


 ◇


 ――毒が抜けたおかげか、凛兄ちゃんの顔色は良くなっていた。

 彼は部屋を見渡すと「禮世の子ども部屋だ……」と言った。


「え? 禮世さんの?」

「……うん。あの子は、頭が良かったから……」


 凛兄ちゃんは立ち上がって懐かしそうに部屋を見回った。部屋にはいたるところに宇宙に関する書物や置物なんかが置いてあった。宇宙に関する研究は様々な場所で行われていると聞く。謎が多いから解き明かそうと熱心に研究しているそうだ。

 ボクにはあまりも途方もない話すぎて頭が追いつかない。


「……禮世と僕は双子ではないんだよ」

「えっ!? あ、あんなにそっくりなのに?」


 あ、でも。

 ――吟慈(ぎんじ)さんは言っていた。顔を作り変えた、と。

 まさか、本当だったのか。

 凛兄ちゃんが落ちていた画用紙を拾い上げた。

 家族の描かれた拙い子どもの絵だ。でも親の数が多かった。

 四人いる。そして子どもは二人。


「僕たちは異母兄弟なんだ。禮世はあのひとから生まれた。……僕はもう顔も覚えていない母親から生まれた」

「……だから両親が二組で、子どももふたり……あ、でも凛兄ちゃんのお父さんは吟慈さん?」

「うん……でも、禮世にとって……〝僕の父親だった〟白樺吟慈と〝自分を産んだ〟白樺吟慈は別人なんだ」

「……」

「僕も昔は父さんが好きだったよ……。でも、ああなってしまってから……、もう僕は彼を父とは思えなくなった……。父も僕のことを息子と言うけれど、たぶん一般的な息子の定義ではないだろうね……」


 凛兄ちゃんは悲しそうだった。


「僕にとって……、後にも先にも兄弟は禮世だけなんだ。……彼は僕を嫌っているけれど、僕は彼のことを嫌いになれない……」

「……凛兄ちゃん」

「……僕は禮世を救いたいと思う……でも、白樺吟慈があそこに居座り続ける限り、僕は彼の敵にしかならない……」


 どうして帰ってこないのかと問われて、その理由を凛兄ちゃんは語らなかった。

 禮世さんを助けたい。けど敵にはなりたくない。そんな矛盾した想いを、どう打ち明けていいかわからなかったのかもしれない。或いはそう思う自分を、傲慢に思ったのかもしれない。

 やさしくて強いひとだから。

 ボクは彼を抱き締めた。身長差がありすぎるから、腰にまきつくみたいな無様な抱擁だ。


「遊兎都……?」

「ごめんなさい……なんて言っていいかわからなくて……。わからないけど、……ただ今はこうしていても、いい……?」

「……」


 凛兄ちゃんは一度ボクをやさしく離してから、それからもう一度正面から抱き締め直してくれた。

 しばらくの間ぬくもりを交わしていると――


 コンコン。


 扉が叩かれた。

 蜜波知さんたちが戻ってきたのかな。

 ボクが扉に近づこうとして腕を引かれた。凛兄ちゃんは険しい顔をしている。


「凛兄ちゃん?」

「……禮世か」


 凛兄ちゃんが扉に向かって言った。

 向こう側は静かだったが、ほどなくして「そうですよ」と彼と少しだけ違う声が返事をした。


「お友だちを捕えました。手荒真似をされたくなければ私の言う通りにしてください」

「……!!」


 蜜波知さんとネウが捕まった。

 どうしよう、どうしよう。そればかりでいっぱいになって言葉が喉をつかえた。

 代わりに冷静な凛兄ちゃんが答える。


「……わかった」


 扉が開く。

 そこには予想通り、凛兄ちゃんと瓜二つの顔をした禮世さんがいた。

 感情の削げた顔は作り物のように美しい。


「禮世……」

「背負わされた運命から逃れる術などありません。――来なさい」


 禮世さんは顎で指図する。

 ボクらはお互いに頷き合って彼の言う通りにした。


 ここは、純白の牢獄。

 親の愛という鎖と家族という囲いで覆われたおぞましい檻。

 ――ここからふたりを出してあげられる力が、ボクにあったのなら。

 そんなどうしようもない空想を、前を歩く背中を見て考えた。

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