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Ep.22「欺かれて抱擁されて」

 凛彗(りんぜ)さんから家族の話を聞いたことはあまりない。

 積極的に話すひとではないから、聞かなかったというより聞くきっかけなかったと言い換えてもいいだろう。それにボクも一人っ子だったから、兄弟の話もならなかった。

 だから知らなかった。彼に弟がいるだなんて。しかも双子の。


「そちらが(そよぎ)遊兎都(ゆうと)君ですね。はじめまして、私は白樺ライセと申します。示すに豊で禮、それに世の中の世です」

「はあ……どうも、ご丁寧に」

「きちんと名乗れと教育されておりますもので。……それにしても」


 禮世(らいせ)さんは凛彗さんを見た。

 同じ顔、でも禮世さんはずっと口元に笑みを浮かべている。

 表情の筋肉を使わないひとだから、笑ったままを維持しているのを見るとなんだか奇妙だ。


「兄さんはさすがですね。いつからお気づきに?」

「……便箋に使われていた封蝋だよ」

「ああ、やはり……。まあ、わかってもらわなければ困るのですが」

「……まだ彼の操り人形なんだね」

「当然でしょう。私はあなたの()()()()なのですよ、何度溜息をつかれたことか……本当に嫌になります」


 ()()()ではなく()()()()

 小さな言葉の違いだけれど、なんだか引っかかった。


「……それでも彼のもとを離れないのは……」

「意図的に愛情を創作されているからです。私はあのひとを愛するよう設定されている」


 愛情を創作。愛するように設定。

 その物言いだとまるで彼が凛彗さんの代わりのアンドロイドみたいじゃないか。

 SFみたいなことがありうるのか? それともそういう異能が存在する?


「兄さん、早くお戻りになってくださいよ。()()()もいよいよ焦れていますよ」


 沈黙。凛彗さんはすごく険しい顔のまま、答えた。

 なんだか苦しそうに見えた。なにが、そんなに苦しいのだろう。

 その苦しみが寄り添えない自分が、もどかしかった。

 恋人、ではないから? この関係性を曖昧にしたままだから?


「……僕は……、帰るつもりは……ない」

「どうして?」

「……」


 禮世さんの責めるような物言いに、凛彗さんは閉口した。

 奇妙な静寂、これを解く言をボクはなにひとつとして持ち合わせていない。そもそも彼らが何について話しているのか、イマイチわかっていないのだ。

 察するに〝彼〟も〝あの方〟も吟慈(ぎんじ)さんを示す単語だろう。つまり、吟慈さんのもとを離れない、吟慈さんが焦れている。

 なにに? どうして?

 考察したとて積み上がるのは疑問ばかり。疑問が壁のようになって、ボクはひとり疎外感を覚えた。


「はあ、本当に兄さんは仕方がないひとですね……」


 眉間を押さえ、首を横に振る仕草。

 凛彗さんが時々するものだ。よく似ている。

 ()()()()()()()()()、似ているように見えているのだろうか。

 それとも()()()()()()()()、同じ仕草をするのか?

 わからない。眼前に広がっている何もかもがボクの知らないことだった。

 知らないでいるのが、こんなに寂しいとは思わなかった。


「……禮世、それよりも。……早く〝幻術(ゲンジュツ)〟を解いてくれるかな」

「……」


 幻術。また、知らない単語。じわりと心の隅から寂寥感が侵食するみたいな、嫌な感じ。拭いたくてボクは下を向く。

 禮世さんがため息混じりに「わかりました」と凛彗さんに応じた。

 ぱちん、と音がした。絨毯の敷かれた艶やかな床が一瞬にして朽ちたので、ボクは驚いて顔を上げる。すると周囲の景色が一変していた。ページをめくって場面が切り替わるように、立派な屋敷が一瞬にして老朽化した。壁紙の塗装を剥がしたみたいだった。


「え……!?」

「異能か……」


 ネウが唸るように呟いた。禮世さんはネウが話せるのを知っていたのか動じないまま話した。


「ここは数十年前からずっと廃墟なんですよ。それを私が『幻影(げんえい)の異能』により立派な屋敷に見せかけていた……というわけです。参加者もあなた方以外はすべて実在しません」

「な……ッ」

「ああ、ちなみに。食事ですが」


 禮世さんの目がボクを見据えた。

 驚く暇も与えてくれないのか。この場でボクに許されることなんて、なにもないのか。

 凛彗さんは無反応だった。いや、わかっていた風だし、当然か。

 わかっていた? わかっていたのなら教えてくれればいいのに。なんで教えてくれなかったのだろう。


「なんだったと思います?」


 まさかのクイズ形式だった。なぜ混乱しているのに問いを与えるのか。ボクは少々恨めしく思いながら質問された内容について考えた。

 こうやって敢えて問われる場合に物語でよく用意されている答えは。


「……人間、ですか?」


 美味しい美味しいと食べていた料理の具材がいなくなった人たちでできていた! というのはド定番である。ぞっとするし、実際そうなったらボクだって吐き気くらいはこみ上げるだろう。

 まさかここでこんな展開を目の当たりにするとは。


「……はあ? 何言っているんですか? ドブネズミの死体ですよ」


 ……なんでこういう予感は当たらないのか。

 禮世さんに虫でも見るような目をされた。頭のおかしいやつ認定されたかもしれない。

 失礼な、ボクは問いに答えただけなのに。


「? 嫌悪感はないのですね?」


 禮世さんが首を傾げて不思議そうにする。

 時々凛彗さんもやる仕草。いちいち、どうして。

 いやだな。


「……ありません。昔食べさせられた経験があるので」

「そうですか、気持ち悪くなって吐き戻すとかしてくださればいいのに。……つまらないひとですね」


 初対面で随分なことを言ってくれるなこのひと。

 はあ、とまた禮世さんが溜息をついた。待ち望んでいたものがとても期待外れだった、みたいな反応だ。

 ちりちり、となにかが燃えているような感覚がする。

 なんだろう?


「なんの面白味もないあなたを、どうして兄さんは気に入っているのでしょうか。兄さんの趣味嗜好は全く模倣できません」

「さあ……。それ、は……。ボクもよくわかっていないので」

「そうですか。じゃあとっとと、兄さんと別れてくださいますか」

「……は?」


 突然、話が飛躍した。

 ボクが面白味もないつまらない人間で、凛彗さんからの想いについてもよくわかっていないから。

 だから、別れろ?


「いえ、ですから。別れてください。あなたは兄さんに相応しくありません」

「……」


 相応しくない?

 相応しいってなんだ。なにがどうなら凛彗さんに相応しいというのか。

 なんでそんなことを、あなたに言われなくちゃいけないのか。

 出会った数秒だぞ? 弟だからって好き勝手言われるのを許容しなくちゃいけないのか?

 つまらないだのなんだの言われて、挙句不相応だから別れろ――なんて言い分をボクは許さなくちゃいけないのか。

 ボクにはなにもわからないのに。なにも知らないままなのに。

 なのに、通りすがりにぶん殴られた末に謝れ、みたいな暴論でボクと凛彗さんが引き離されなくちゃいけないんだ。


「あの」

「どうして、そんなことを言われなくちゃいけないんですか」

「……?」

「どうして赤の他人のあなたにボクらの関係をどうこう言われなくちゃいけないんですか」

「え? ……怒っているのですか?」


 ――これが怒りなのだろうか。

 ムカムカする。体中が熱い。じれったくてくすぐったいそれとは違う。

 沸々と奥からこみ上げてくる感情だった。


「そう……ですね、なんかすごく嫌な感じです。胸のあたりがムカムカします」

「へえ、お食事が口に合わなかったのでは」

「さあ、どうでしょう」

「可哀想に」

「欠片も思っていないですよね」

「思っていませんよ。それに、先ほどの問いにお答えいただけませんか? 兄さんと――」

「いやです」

「は?」

「だからいやです」

「……なぜ?」

「わかりません……けど。そんな風に言わないでほしい」

「……」

「凛彗さんの気持ちはわかっています。ボクはそれにきちんと答えたいと思う。だから何を言われようと別れません」


 時々すごく怖いし、ボクも結構好き勝手やっているけれど。

 想ってくれていることは事実だ。だから、ボクがボク自身にその想いに答えを出すまで傍にいたい。

 それは本当の気持ち。どんな答えでもこのひとなら受け止めてくれると――勝手に期待しているから。


「……へえ」


 なにが〝へえ〟なのか。

 でも別れたくない意思が伝わったのなら、十分だ。言いたいことは言ったので口を閉じた。

 静寂の後、禮世さんは体の向きを変えた。帰るらしい。


「……やっぱりわかりませんね、あなたのことは」

「……」

「でも……あの方は決して、あなたを諦めたりしません」

「……」


 禮世さんは行ってしまった。靴音が遠ざかり、次第に聞こえなくなる。


 そして、廃墟にはボクとネウと凛彗さんだけが取り残された。

 虚構の宴だった。なにもかも、嘘だった。

 無駄になったのがボクの傷だけなら被害はないに等しい。


 そして誰もいなくなった、ではなく。()()()()()()()()()()()

 ――なんだそれ。

 なんなんだ、それ。

 つまんねえな話だな。


「結局なんだったんだ、コレは」


 ネウがボクの思ったことを代弁してくれた。

 さすが相棒だ。


「……本当だよね。ドッキリをするならもっとネタバラシの部分で盛り上げてほしいものだよ。いきなり出てきて失礼なことだけを言って飽きて去っていくなんて自分勝手にもほどがある」

「ん?」

「なに? ネウ」

「お前……怒っている、のか?」

「……へ?」

「イライラしてるだろうが、それ」

「……え? あ……これって怒っているのか? 喜怒哀楽の、怒? それとも本当に胸焼けしているのかな」


 似ているような、似ていないような。

 胸焼け? イライラ? ムカムカ?

 表しようのない感情だった。


「まあ、ドブネズミ食わされたらしいからな……オレの舌にあうわけだ」

「ボクも美味しかったよ、やっぱり幻覚作用なのかな」

「幻術、だろ。クスリ盛られた、みてえに言うんじゃねえ」

「でも結局そういうことだったんだろ。ボクらは集団幻覚を見ていたって」

「……やめろ、その言い方」

「……遊兎都」


 ネウとの会話に盛り上がっていると凛彗さんから呼びかけられた。


「あ、はい! すみません、先ほどは勝手なことを――」


 体が宙に浮いた。

 抱き締められているのだと遅れて気づく。


「……大好きだよ」

「え? へ? あ、はい……」

「……すごく、うれしかった……」

「……凛彗さん……」

「だから……ごめんね」

「……ッ」


 凛彗さんはボクを抱き締めながら、そう振り絞るように謝罪した。

 なんで? どうして?

 どうして。

 あなたが謝るんだ。

 あなたが、謝るような事態なのか。

 問いたかったのに、言葉は何も出てこなかった。


「……帰ろうか」

「……」


 凛彗さんはボクを放した。

 その顔は影になって見えなかった。

 それが、とても怖かった。

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