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Ep.12「お決まりの展開」

 ボクは自分のことを愚かだと思う。愚か、というよりこれは短慮の類だろうか。


「テメエはバカか」


 ネウの直球な罵倒は真っ当なボクの評価である。

 反省として、これから何かの機会で特技はと訊かれたら「拉致監禁されることです」とでも言おうかと思う。


 つまるところ、ボクは絶賛囚われの身であった。


 ◇


 なぜそうなってしまったのかというと。

 漆々(しちしち)さんがしつこい勧誘をすると宣言してすぐのことだった。

 ボクは好きな本の最新刊が出るというから仕事前に、と勇んで本屋に出かけた。近くですから大丈夫ですよいざとなったら自衛くらいできますし、と凛彗(りんぜ)さんのせっかくの厚意を無為にし、ほくほくとした気持ちで目当てのものを購入し、そして帰るところで口を塞がられて、このざまである。

 手足は縛られ、身動きはまったくできない。その状態で床に転がされている。けれど冷たいコンクリートじゃなくて絨毯の上だったから、体が痛くならずに済んだ。

 誰かの部屋のようだ。ベッドがあり机があり、そのほか家具もある。


「〝なにが自衛くらいできますし〟、だ。あっけなく捕まってんじゃねえか」

「……返す言葉もございません……」

「なんで、凛彗のボディーガード断った? オレひとりじゃどうこうできねえんだぞ」

「……買う本が恋愛小説でさ……」

「だからなんだ」

「だから、その……」

「お前……。今更恥ずかしいとか言わねえよな?」

「別にそういう本を読むことや買うことに羞恥心はないよ。……ただ、バレた時がさ」

「……バレたとき?」

「読書って経験できないようなことを経験できるから好きなんだよ。恋愛だって同じで。ボクには絶対できない学生同士の甘酸っぱい青春とか働く大人たちのビターな恋愛模様とか……そういうのを第三者目線で読むのが好きで。で、前にうっかり凛彗さんにバレて、〝こういうことがしたいの?〟って言いだして……」

「……で、なんだ」

「要するにまあ、その……。読んでいた恋愛小説の再現をすることになってしまって……。当事者になるとああも恥ずかしいんだね……」


 思い出しても顔から火が出そうだ。だからそういう〝お遊び〟以降、極力凛彗さんにバレないよう細心の注意を払っている。

 今読んでいる恋愛小説は職場恋愛もの。一夜の過ちにより関係を持ってしまったことから話が始まる。内容が内容だけに、若干官能的な描写も含まれているので絶対にバレてはいけない。


「へえ、お前も一応ちゃんと男なんだな……」

「うーん、今回の場合は性癖が云々というよりも作者買いってやつだね。もともとはファンタジー小説書いていたひとなんだけれど、そのひとが新たな挑戦として執筆されてね。心理描写がとてもうまくて読んでいて面白いんだ。官能描写も露骨じゃなくて、薔薇とか――そういう自然のものを使って描かれているから、エロティックというよりもどちらかといえば美しい感じだね」

「……ふうん」

「もしよかったら今度ネウも読んでみるといいよ。……あ、読めるんだっけ?」

「……読めるにゃ読めるが……それはそうと、遊兎都(ゆうと)

「うん」

「お前、今の状況、理解しているか?」


 わかっている。わかっているけれど、わかったところで、だ。

 縄抜けの技術のないボクには何もできない。


「……だって命を乞う相手もいないし」


 退屈だし。

 ボクがそう言うとネウは「緊張感のねえ」とあくび混じりに返した。

 緊張感がない、危機感が足りない。よく言われていることだった。

 ボクは生き残りたいはずなのにな。人生の目標と行動が乖離している。

 なぜだろう。なぜこんなにボクは軽率なのだろう。


 ()()()()()()()


 凛彗さんが助けに来てくれるということを。

 何かあっても彼が必ずボクを迎えに来てくれることを。

 そうだとすれば、ボクは人の好意を利用しているとんでもないやつだ。

 好きだと言われて、わからないから答えられないなんて言っておいて、いざ自分がピンチになったら頼りにする。


「……最低すぎないかなあ、それって」


 それに凛彗さん以外の誰かに体を明け渡そうっていうのだから、首輪くらいつけたくもなる。

 愛想を尽かされないだけマシかもしれない。


 パーカーのモチーフは兎とハートの女王。

 アリスを兎の穴に落とした元凶と自分勝手な言い分でアリスの首を刎ねようとする悪役。

 ――なるほど暗喩か、凛彗さんも考えるなあ。


 というところで、センチメンタルな気持ちは終わり。

 ひと眠りしようと目を瞑った。やることがなかったので。


「あ? おい、マジか。遊兎都? 遊兎都……おい、本気か……?」


 絨毯の感触がすごくいい。やわらかくて、気持ちがいいな……。


 ◇


「君には危機感がないね。たとえるならライオンの檻の中にいるのにお茶を飲んでいるくらい」


 すごくわかりやすいたとえだった。

 どれほど近くにライオンがいてもボクは平気でお茶を楽しむだろう。そしてこれ美味しいですね、とか言ったあたりで頭からぱっくり食われる。そんな感じだ。容易に想像ができる。


「君を拉致したのは家訓でね。『勧誘するのに手段を選ぶな』というのがあって」


 そんな家訓、あってたまるか。


「ひとまず家に連れてくるのに君を利用させてもらったよ。君の名前は(そよぎ)遊兎都というらしいね。――そろそろ寝たふりをやめた方がいいよ。たとえるならはちみつで歯を磨くくらいやめた方がいいことだ」

「……バレていましたか」


 目を開けると、漆々さんが椅子に座ってボクを見下ろしていた。


「おはよう、囚われの梵遊兎都」

「どうもこんにちは。……いえ、もうこんばんはというのでしょうか」

「どちらでも」


 〝おはよう〟に対し〝こんにちは〟と〝こんばんは〟で返すボクは、ひねくれている。

 漆々さんはそんなボクの無礼なんて気にすることもなく、「それはそうと」と話を続けた。


「彼の名前は白樺(しらかば)凛彗というんだね。へえ、いい名前じゃないか。たとえられないくらい、いいと思うよ」

「そうですね」

「それにしたって君は危機感もなければ用心もしないんだね。僕らが君たちに何もしないと思ったのかい」

「まさか。きっと何らかの手段に出ると思っていました」

「なのにこのざまかい」

「なのにこのざまです」

「君は軽率で短慮で……たとえるなら、バカだね」

「……そうですね」


 日に二回もバカと言われたわけだから、ボクは自他共に認めるバカである。

 漆々さんは椅子から腰を上げて、ボクの前にしゃがみ込む。前髪を掴んで頭を無理に引っ張り上げた。よくやられたなあ、と回想する。


「……彼は来るかな?」

「……来ますよ」

「自信たっぷりだね、たとえるなら棒状にしたクッキーの中にチョコレートを流し込んだ菓子みたいにたっぷりだ」

「……? その菓子が何なのか知りませんけれど……。自信はあります。きっとあのひとはボクを助けに来ます。いいひとだから」

「君は彼の強さに依存しているみたいだね。彼が強いから傍にいるようだ。たとえるなら、虎の威を借る狐かな?」

「……そうですね、そうかもしれません」

「彼は可哀想なひとだ、君のような弱者を守るためだけに使われてしまって。心底気の毒だよ、たとえるなら死んでなお安らかに眠れなかった我が弟たちくらい、気の毒だ」

「……」

「強者は強者のもとにいるのが一番いい。君もそう思うだろう?」

「……」


 その通りだった。彼の言い分は理にかなっている。

 ボクが毎回こんな目に遭って彼は毎回助けに来る。

 一体この仕事を始めて何度、こんな定型化された展開(テンプレート)を繰り返しているのだろう。ガムならとっくの昔に味などなくなっていて、捨てられている。

 可哀想なのはボクではない。可哀想なのは、凛彗さんだ。


「……あなたの考えは全くその通りだと思います。反論の余地もありません」

「だとすれば、彼が僕ら家族の中に入る方が幸福だと思わないかい?」

「……ちっとも思わないよ」


 えっ。

 ボクも漆々さんも驚いた。驚いた拍子に手を放されてボクは顎を打ちかける。ギリギリセーフだった。

 開け放たれた扉の向こうに凛彗さんがいた。煌々と燃える目の光は知っている。

 あれは怒りだ。


「……さっきからずっと聞いていたけれど……随分、勝手なことを言うんだね」

「ど、どこから? どこから入った、ここには――」

「外にいたひとたちならみんな殺したよ。……脆いひとばかりだった、全力を使うまでもなかった」

「な……!」


 ゆらりと長躯を揺らして凛彗さんが部屋の中に入ってくる。

 空気の中に殺意を含んだ憤りが混じった。


「……僕は、これ以上ない幸福だよ」


 凛彗さんが口角を吊り上げた。

 ボクに向けられているものだけれど、ぞっとした。


「おぞましい……依存だけではなく錯覚すら起こさせているのか」


 漆々さんがボクを睨む。睨まれても。


「君の強さは僕たち家族のために振るわれるべきだ。みんな強い、霧の向こうで得た神の――」

「……そんなものに、何の意味があるの」

「ぐっ……ッ」


 凛彗さんが漆々さんの首を掴んでいた。彼の足が宙に浮く。

 ボクから見えるのは、目の中に怒りを宿した状態で真顔のままの凛彗さんだけだった。


「……霧の向こうで得た力なんて紛い物だよ。そもそもあれを……神と呼んで崇めるのは、やめておいた方がいい。……あれに頼んでも得られる恩恵はひとの身に余るよ……」

「うぅ、ぐぅ……うぅ、……し、知って……い……い゛ぅうッ」

「……はあ」

「っふは……ッ」


 凛彗さんが突然手を放した。重力に従って漆々さんは床に落下した。

 うお、危ない。顔が下敷きになりかけた。


「……君たちは『天使の家族』。『神霧教(しんむきょう)』の支部……」

「……やはり、君は……いや、あなたは……」


 呼び方が変わった? それに、凛彗さんは何かを知っている風だった。


「……僕は白樺(しらかば)吟慈(ぎんじ)の息子だからね……」

「! ()()()()……!!」

「……ねえ、教えてくれる?」


 凛彗さんが跪く。いや、あれは見下している。

 虫でも見るような目だ、他人に無関心なこのひとには珍しい表情だった。


「……あ、あの……」


 漆々さんは話し出した。

 ボクにではなく、凛彗さんに。物言いはまるで懺悔するみたいだった。

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