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Ep.11「誘う手」

 首が飛ぶ様子はさながらロケットだった。切断面から赤々とした血液が噴き出して、扉の枠に当たって床に落ちた。あまりにも突然すぎる出来事で、数秒惚けていた。凛彗(りんぜ)さんが唖然とするボクを背中に隠した。


「……あれ?」

「……気配がしなかった」


 凛彗さんの言う通りだった。彼は音もなく現れて、名を知ることすら叶わなかった王子様の首を飛ばした。彼は手から刃を生やしていた。

 水平に構えた掌の、小指の側面から刃が伸びている。皮膚の色から徐々に銀色に変わっていた。そこだけを見れば、イルカやサメなんかの背びれのようだった。「ふう、やれやれ。……やれやれだ、まったく」と首を横に何度か振った。


「だから僕は嫌だったんだ。たとえるなら、かまぼこにマヨネーズとわさびと醤油をつけるくらい、嫌だったんだ」


 それは割とおいしそう。

 独り言を口にした彼の手の刃はしゅるしゅると縮んで消えた。収納しているのか、生成しているのかわからないけれど、便利な武器である。

 青年だった。若葉色の髪と片方だけオレンジの目をした、透き通るような白肌の美青年だった。顔立ちも神からの『贈り物』なのだろうか。趣味は読書で特技は水彩画と自己紹介されたら「だろうね」と納得する相貌だった。

 青年は凛彗さんではなく、ボクを睨んでいた。


「やあ、不届きな輩さん。僕たちの私生活を覗き見なんていやらしい性格をしているね? あまりに卑猥だよ、たとえるなら美女の足首くらい」

「……情報収集ってそういうものでしょう」


 ピンとこないたとえに一瞬反応が遅れてしまった。

 彼は白地に金の刺繍が施された、派手ではないが厳かな衣装だった。血ですぐ汚れそうなものだけれど、ボクの服と同じで撥水加工でもされているのだろうか。

 彼はふんっと鼻を鳴らした。


「どちらでもいいさ、僕にとってはなんだっていい。たとえるなら雀か鶏かくらいなんだっていい」

「それは区別付けた方がいいと思いますよ」

「どちらも食用にできるだろう、だったらどっちでもいい」

「ああ、……なるほど」


 え、待って。雀って食べられるの。


「それにしたって君、ひとを盾にして話すのが失礼って習わなかったのかい」

「……」


 正論だった。

 でもボクじゃ首ロケットにされるかもしれないし。なので適当に嘘をついた。


「……ボクは怖がりで人見知りなんです。ひとを盾にしないと膝が震えて話せない」

「わかりやすい嘘をつくね。たとえるならショートケーキのうえに乗っているのが決まってイチゴだってくらいわかりやすい」


 看破された。そりゃそうか。

 あと、彼の言うたとえが全然わからない。

 ショートケーキに乗っているのはイチゴだっていうのは世間的に一般的だって話か?

 いや、それってわかりやすさの指標になるのか?


「うーん……しかし」

「?」

「君より君が盾にしているそいつの方が気になるな、この惨状はそいつの作品か?」

「……」


 凛彗さんが返事をしないので、ボクが代わりに「そうですよ」と肯定した。


「へえ、すごいな。いや、すごすぎるくらいすごいぞ。僕はすごいやつが好きなんだ、たとえるなら牛ひき肉とたまねぎとパン粉と牛乳を混ぜたものをフライパンで焼くくらい好きだな」


 語彙が失われるくらいすごい、と褒めているつもりなのかもしれない。

 あと、ハンバーグが好物なのかこのひと。でももしかしたら材料の似た別の料理かもしれないから、断言は避けておこう。


「僕はハンバーグが好きなんだ。たまねぎは粗目で切ってもらうとなおいいね」


 正解(ハンバーグ)だった。


「……ボクは細かいほうが好きです」

「ふうん。趣味が合わないねえ、同棲できない」

「それを言うなら同居、では……?」

「うん? ああ、そうか、そうなのか、そうだったか。まあいいや」


 面倒くせえ。

 感情が顔に出ていたのか、「ん?」と彼は首を傾げた。


「なんだい、無礼な君。君というやつは働いてもいないのに随分お疲れじゃないか?」

「……そうですね、なんだかあなたとお話していると疲れます」

「ああ、うん。よく言われるよ。僕と会話すると大抵の人間が疲れているよ。たとえるなら持久走の後に水泳をして野営の準備をするくらいに疲弊しているね」

「自覚あるんですね……」

「というわけで、だ。――そこのすごい君。一緒にどうだい?」


 ボクを無視して、いきなり勧誘の話になった。

 凛彗さんは当然のように無視である。しかし、青年は怯まなかった。「口がきけないのか? そういうことなら筆談しようか」とか言って準備しだしている。持ってきているのかよ。

 慌てて凛彗さんの意思を代弁した。


「違います、拒絶しているんです。彼は入りません」

「僕は君に訊いているのではないよ、そこのすごい君に訊いているんだ」


 怒られた。でも凛彗さんが話さないのでは、ボクが通訳するしかない。

 しゃべらないことを肯定と受け取ってもらっては困るから。


「そもそも――、そもそもですよ。人を勧誘する時、名を名乗れって習わなかったんですか」


 そんなの、ボクも習っていないけれど。

 すると青年は意外そうに眼を開き、「それもそうか」と納得した。


「僕は七季(しちき)漆々(しちしち)。そこで肉塊にされてしまった哀れな弟の駄々(だだ)稍々(やや)の兄だよ」


 ふたりの……?

 そういえば髪の色や雰囲気が似ている、ような気がする。


「これで僕の名前は覚えたよね。君はなんというのかな」


 凛彗さんは微動だにしない。


「ふうん? なんだ、全然しゃべらないな……たとえるなら、死んだカエルくらいにしゃべらない」


 ――そりゃ死んでいるので。

 胸中で突っ込みながら、ボクは違うことを訊ねた。


「漆々さん、ボクたちはここに住んでいたひとの行方を追っています。不届きな輩で、『掃除』を頼んで代金を払っていないんですよ。心当たりないですか?」

「その問いに答えたら僕の家族に入るのかい?」


 おっと、そうきたか。

 どうしようか。嘘も方便というけれど、生憎とボクは嘘が得意ではない。


「前提として、まず。ここの家主をご存知なんですか」


 答えを濁されると思ったが、「知っているよ。だって彼は僕らの家族になったのだから」とあっさり答えられたので、拍子抜けした。


「……家族に?」

「霧の向こうに行きたいとあまりに駄々をこねるから……ああ、この駄々は僕の弟のことでなくてね?」

「……」

「……」

「……続きをどうぞ?」

「……どうも。――駄々をこねたから条件を出した。家訓で『無償の愛には条件がある』というやつがあるんだ。無償の愛を求めるならそれ相応のものを出さねばならない」

「それが人殺し」

「そうだよ。僕たちは家族になるんだから、他の家族がいたらややこしいだろ?」


 わかるような、わからない理屈だった。


「それで? 僕の問いに対する答えがないぞ。どうするんだ?」

「なりません」

「いや、君の答えじゃないよ。そっちの」

「……ならないよ」


 凛彗さんがやっと、本当にうんざりしたように、口を開いて答えた。

 漆々さんはとても残念そうに口をへの字に曲げた。


「そうか、そうか。君はそういうやつだったんだな」


 蛾を潰した友人に言うような台詞だった。


「いいや、いいさ。僕たちの家訓には『一度勧誘した者は二度も三度もしつこく誘え』というのがある。だから僕は諦めない。たとえるならカクレクマノミがイソギンチャクを棲み処にしているくらい諦めない」


 別にカクレクマノミは意地になってイソギンチャクを棲み処にしているわけではないと思うけれど。

 博識なのかそうでないのか、微妙なひとだな。


「それでは僕はこの辺でお暇するよ。門限があるんだ」


 そう言って漆々さんは颯爽と、ではなく普通に踵を返して階段を降りていった。そして玄関の扉から外に出た。現れ方は劇的だったのに、去り方はこれといって特徴がない。やっぱり、理解不能である。


「……なんだったんだろ」


 ボクが独り言ちたところでフードがごそごそ動く。ネウが起きたらしい。

 ネウは「ふにゃあ~にゃ……」とあくびをしてから、


「……砂か?」


 と言った。何がなんだって、とネウの視線の先を追ってボクは驚いた。

 少年の死体が黒い砂に変わっていた。

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