Ep.99「DAY1◇The Seven Gathering Monsters②」
皇彌さんのことは一旦置いておいて。
『七本槍』が一体全体ボクに何の用事があるのというのだろう。
「あの」と口に出すと、「ああ、そうだったそうだった!」と六脚さんが声を上げた。
「いや、用事って言ってもお前に俺たちを知っておいてもらうってのがそのまま用事なんだよ」
「は?」
知っておいてもらう? ボクに? なんで?
言わずともわかったのであろう、ボクの顔色を察して「本当にわかりやすいんだな!」と六脚さんが満面の笑みで言う。このひとは喜怒哀楽のうち、喜と楽しかないのか。
「だってお前は次代の<統治者>なんだからな」
「……はい?」
<統治者>?
どこだったか、随分遠くて近いところで。ボクはそれを言った覚えがある。
でも、うまく思い出せなかった。その部分だけ頭にもやがかかっているみたいだった。
六脚さんはにこにこ笑ったままで、青褐さんが大仰に溜息をついた。
「まあ、実際のところ今はまだそうじゃない。……遊兎都、お前、<未来予知>ってのは信じるタチか?」
青褐さんの問いかけに、ボクは「……あるというのなら、あるんだと思います」と返した。
ボクが見て、触れて、感じられる世界なんて本当にちっぽけなもので、世界はずっと広くて途方もないということを――ボクはここに来て、痛感している。
だから、<未来予知>たるものが存在すると彼らが言うのであれば、そうなのだろう。
未来は誰かの目には見えるようにできていると、そういうことなら。
「ふうん、なるほど」
「……えっと?」
「悪い。なんでもねえ」
「……そう、ですか」
「俺たちの言うことに嘘偽りはないよぉ、族長・錦の名に誓っても構わない。――<未来予知>はねぇ、八目さんが世界の一大事に見る、夢のことを言うんだよぉ」
言い淀んだ青褐さんの言葉の続きを、七鷗さんがのんびりと紡いだ。
「世界の一大事に見る夢……」
「そう。世界が変わってしまうかもしれない時にねぇ、その次にどうなるかを、夢に見るんだぁ」
「……それ、で」
「そう。――君がこの世界の<統治者>になるってぇ、夢に見たんだってぇ」
「……」
にわかには信じがたい内容だった。
けれど、今のボクの立場で信じないという選択肢はあるのだろうか。
ひとり悶々と考えていると、代わりに口を開いたのは凛兄ちゃんだった。
「……遊兎都がこの世界を統治するなら……。それは、正しいね……」
驚いて凛兄ちゃんを見ると、彼もまた微笑んだまま、ボクを見遣った。
本気だった。ボクがこの世界を統治する夢を、本当に信じている。
「……凛兄ちゃん……?」
「遊兎都を蔑ろにする、この世界の方が……間違っているんだよ……僕は常々そう思っていた。……だから……。きっと、そうなったら……素敵だね……」
凛兄ちゃんの言葉には熱がこもっていた。ボクに愛を囁くのと同じ熱量だった。
おぞましいほどの、信仰。
背筋が寒くなるくらいの、心酔。
なのに、ボクは。ボクは、どうしてこんなにも。
――喜んでいるのだろうか。
唖然としているボクに、「梵遊兎都」と青褐さんの冷静な声がかかった。
「え、あ、はい」
「お前自身、たぶん自覚はねえだろう。なくて当然だ、あったらあったで問題だからな。……だが、事実お前はひとを無意識のうちに虜にする性質がある。それは『神擬体質』とは全く関係のねえ、お前自身が生まれながらに持つもので、一生涯付き合っていかなくちゃいかねえもんだ」
――これからおまえにできるのは信じることだけだ。何を聞いても何を見てもおまえはなにひとつとして疑うことはできん。
八目さんに言われた言葉が蘇った。
ボクにできることは、信じることだけ。なら、ボクがすべきことは決まっている。
「……わかりました」
正直、すべてを受け入れたわけじゃないし、戸惑ってはいる。
でも、ボクがこの先選択を迫られ続ける現状は理解した。そしてそれらを選ぶのに、そう時間をかけていられないってことも。
「ボクはボクの役目を全うします。――みなさんの言う、次代の<統治者>として」
この不条理な世界の女王に。
なれ、というのならなってみせる。
演じてみせよう、神を殺す<統治者>に。
隣で「それでこそ、ユウ君だね……」と言う凛兄ちゃんの声がした。
眼前では七鷗さんがにこにこ笑っていて、六脚さんが真剣な眼差しでボクを見つめている。
ボクも負けじとその目を見つめ返した。
そうして、睨み合うような沈黙があって。それから。
「……いい目だ」
六脚さんが口を開き、そして笑った。その表情が八目さんと重なる。
彼女もボクに覚悟を問い、ボクの目を見て、そう言った。
「……月明かりは、万物の正体を暴く……」
誰かの声がした。全く聞き覚えがなかったので誰だろうとあたりを見渡し、漆さんと目が合った。彼はにっこりと笑って、隣を指さす。そこにいるのは、野菊さんだ。
「のんくんが他人にしゃべるの久しぶりだねぇ、二十年ぶりくらいかなぁ?」
のんびりとした口調で、七鷗さんが衝撃事実を暴露してくれた。
衝撃すぎて、何も言えなかった。
◇
「お前が<統治者>になった暁には、俺たち『七本槍』は必ずお前の力になろう。約束する」
「怪我したらいつでも言ってねぇ」
「遊兎都君。翡翠や翠玉君共々、今後ともよろしく頼むよ」
「……じ、銃火器、が……ひひ、必要なら……い、い言って、……くれ」
「うさチャン凛チャン、今度一緒にお茶にしようネ☆」
退室する際、五人それぞれから声を掛けられた。あの中に馴染んでいる志暈さんを見ると、彼もなかなか曲者なのかもしれない。
ふう、と息をつく。すると後ろから「疲れたか」と青褐さんに訊ねられた。そんなことないですよ、という言葉が喉元まで出てきたが、どうせ顔色で分かるだろうと素直に頷いた。彼は「だろうな」と目を細めて笑った。
「あの連中を一気に相手するのは、俺だって骨が折れるさ……で、お前」
「はい」
「皇彌のこと、聞きたいか?」
「あっ」
ボクが咄嗟に両頬を押さえると、「そうじゃねえ」と青褐さんは首を振った。
「え?」
「話の流れ、っつーか。まあ、気になるだろフツーは」
気にならない、といえば嘘になる。
でも――
「……本人が言いたくないようなことであれば、無理にはお聞きしません。誰にだって秘めておきたいことはあるでしょうから」
ボクが凛兄ちゃんにも蜜波知さんにも祢憂にだって、言えていないこと。
紫乃盾に囲われていた時にされたあれこれ。男娼時代のボクの振る舞い。
片鱗を見せることはできても、全部を伝える気にはならなかった。
誰もボクの過去についてとやかく訊ねないけれど、でも。訊ねられてすべてを淀みなく話せるかといえば、それはできない。
おぞましい、恥ずかしい、気持ち悪い。――そういう感情がこみあげて、喉元を強く締め付けるのである。
捨てられないけれど、思い返すには多少勇気のいる過去だった。
「……そうか」
青褐さんはそう言って、くるりと踵を返した。
「聞きたくなったら言え。ある程度は教えてやる……まあ、その前に本人から聞くかもしれんがな」
「それじゃあな」と背を向けたまま青褐さんは手を振り、歩き出す。音もなく、颯爽と立ち去るその後ろ姿は、やっぱり清々しくて見ていて気持ちが良かった。
◇
「――力を持つ者は往々にして、性格のどこかに歪みを生じるものだ」
自室に戻る道中、不意に言葉を掛けられる。ずっと黙っていたネウだった。
フードの中でもぞもぞ動いて、ボクの右肩に前脚を乗せる。
「歪み……?」
「あいつらがまともに見えたか?」
「いや……っ、ちょっと癖の強いひとたちだなと思ったけれど……」
正常か異常か、なんて初対面のボクがとやかく言えることじゃないだろう。
そもそも、ボクのほうが狂っている可能性だって否定できないのに。
「癖の強い、ね。……ま、でも強い味方であることには変わりねえ。頼れるときに存分に頼ってやれ」
「うん、そうするよ」
素直に頷くと、ネウは満足したようにボクの頬に頭をこすりつけてフードの中に戻る。どうやら寝に入るようだ。おやすみ、と小さく声をかけた直後。
すぱーん!
突然障子戸が勢いよく開いた。
呆気に取られてそちらを見遣ると、いたのは茶髪を高い位置でふたつに結わえた少女だった。括った髪の先端は黄色と黒の縞模様になっている。見覚えのある配色だ。
琥珀色がボクらを捉えると、少女の目の輝きは一気に増した。
「あー!!」
思いっきり指を差された。あ、ネイルしている。
「……な、なに?」
「アニキがお世話になってるっす!」
頭を下げられた。戸を開けた時と同じくらい随分な勢いだったから、ツインテールが鞭みたいに顔面すれすれを横切った。危ない。
「へ? ……アニキ?」
「ウチ、愛瑠々って言います! 今お時間大丈夫っすか!?」
少女は、歯を見せて無邪気に笑った。
「集いし七人の曲者たち その二」




