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Ep.10「Nameless prince」

 調査を終えて帰ろうとした時だった。

 一階で物音がしたので、ボクらは緊張する。足音だ、それも複数人。


「……遊兎都(ゆうと)、僕の後ろにいてね」


 凛彗(りんぜ)さんがごく自然にボクを背後に押しやった。どんな相手かわからない以上ここは彼に任せるしかない。言われた通り彼の後ろに回って、腰のあたりを控えめに掴んだ。顔を少しだけ傾けて凛彗さんの体越しに視界を確保する。

 足音が徐々に近づいてきた。そして開けっ放しの扉に足音の主が現れた。


「あれ? 知らないひとがいる」


 少年と背の高い青年ふたりだった。

 少年は金髪で、青い目をしていた。年齢はわからないけれど、ボクよりずっと幼さそうだ。二十歳は超えていなさそうである。人形みたいに整った顔をしていて、身に纏う格好はまるでおとぎ話の王子様のようだった。右肩からは精緻な刺繍の施されたマントが垂れ下がっていた。

 両脇に控えた青年ふたりは瓜二つの顔をしていた。こちらは若葉と同じ色の髪をしていて、片目だけオレンジ色だった。オッドアイというやつだ。少年に合わせた仰々しい恰好をしていて、腰には剣を帯びている。柄や鍔がごてごてと装飾された重そうな両刃剣だった。

 少年がボクらを視認すると、顎をさすった。


「きみたちはだれ?」


 物言いが拙いから、もしかしたら十代をちょっとすぎたくらいの年齢かもしれない。他人に対する関心がそこまで高くないボクの検眼では、〝幼い〟ことくらいしか知り得ないけれど。

 問いかけに凛彗さんは答えなかった。ボクも答えず沈黙した。すると少年の眉がくい、と吊り上がった。器用な表情筋である。


「ねえ、答えてよ。ぼくの問いを無視していい()()()はないよ」


 少年は高慢な態度でそう言った。なんだ見た目だけでなくて、中身も王子様そのものなのか。

 青年たちが剣の柄に手を置いたので、凛彗さんに隠れながら答えた。


「ボクらは『便利屋』さ。ちょっと依頼を受けてこの家を調査しているんだけれど……。キミはこの家の主?」

「『便利屋』? ふうん……」


 問いは無視された。こっちの問いを無視していい道理もないと思うのだけれど。

 少年はやや考えた後ににっと歯を見せて笑った。八重歯が獣の牙に思えた。


「ここはぼくの()()()の家だよ。だからぼくの家っていうことになるね」


 家臣。家臣か、なるほど。王子様なのは見た目だけではなく、設定もということらしい。


「だからぼくの家に()()()()()()()()した罪は重いよ? ――駄々(だだ)稍々(やや)


 ――不法侵入、ね。話す言葉が拙すぎて呪文みたいに聞こえてくるな……。

 呼びかけるや否や青年ふたりが抜刀する。剣の刃が白い光を発して敵意を示した。ボクはカッターナイフを取り出すためパーカーに手を入れたが、その必要はなかった。

 彼らが剣を振るうより先に凛彗さんが動いていたからだ。おそらく抜刀と同時くらいのタイミングだったと思う。

 刃が垣間見えた瞬間、凛彗さんがその場を一歩も動かずに、足を横に薙いだ。長い脚がふたりを同時に吹っ飛ばした。

 がらがら、がっしゃん。

 冗談みたいな効果音と確実な衝撃に本棚が倒れて、ふたりは下敷きになった。赤い血だまりが広がった。

 年端も行かぬ子どもには少々刺激の強すぎる光景のはずだけれど、少年は違った。目を輝かせている。

 ()()()()()()()()……?


「わあ……! すごいな、おまえ。ほめてつかわす!」

「……」

「何かしゃべれよ、ぼくが許すからさ!」


 少年は興奮しているようだった。無邪気に凛彗さんに声をかけている。

 眼前で従僕だが近衛騎士だがか一撃で殺されたのにも関わらず、だ。

 精神状態がそもそもふつうではないのか、それとも何か秘策でもあるのか。凛彗さんも警戒して、ボクの肩を抱いて引き寄せる。頭が彼の腹筋あたりに押し付けられた。


「おい、しゃべれって言っているのがわからないのか? ぼくが命令しているんだぞ」

「……」

「ちぇ、やっぱり一度死なないとだめなのか」


 何を言っているのだろうか。思考する必要はなかった。

 少年は本棚の下で死んでいるふたりに向かって、


「おい、起きろ。駄々、稍々。おまえたちの役目はまだ終わっていない」


 と命じた。明らかに絶命している出血量だ。それに凛彗さんの蹴りを食らって人体が無事では済まない。皮膚も破けているだろうし骨も複雑骨折しているはずで、臓器だって損傷しているだろう。

 なのに、本棚が動いた。即死確実の青年ふたりがべきべきに折れた腕でなんとか起き上がろうとしていた。


「な!?」


 ボクは野次馬の分際で一丁前に叫んでしまった。凛彗さんの肩を持つ手に力がこもった。

 ふたりがボロ雑巾のような体を起こそうと苦心するたび、本棚ががたがた揺れていた。

 予想した通りだった。体の損傷はひどいなんてものじゃない。たとえるなら、真横から猛スピードの列車で轢かれたような有様だった。

 蹴られた脇腹は割れた風船みたく皮膚が裂けていて、骨が白い粉になって地面にぱらぱら落ちている。臓物だって丸見えだ。血にまみれて酸素に触れて少しだけ黒くなりつつある。

 どう考えても生きていられる怪我じゃない。でも、彼らは立っていた。


「……うえ」


 さすがのボクでも気分の悪くなる光景だった。ネウは反応を示さなかったが、たぶん状況に飽きて寝ている。

 彼らは虚ろな眼差しで、剣を持って、あらぬ方向に曲がった足を引きずって、職務を全うしようとしている。死してもなお従順だった。させられているのかもしれないけれど。

 ゾンビ状態で復活した騎士たちは血やら肉片やらをずるずる引きずってこちらへ近づいてきた。だが破損が激しいせいか、通常よりもずっと遅かった。歩くたびに、飛び出した臓物がぼとぼと落ちていた。


 凛彗さんもゾンビ相手は初めてだから、戸惑っているようだった。物語の中だと彼らの血肉に触れたり、噛まれたりすると同じゾンビになってしまうけれど、これはどうなのだろうか。

 凛彗さんは武器を嫌うから素手だし、仮に彼が素手で触ってゾンビになっては困るし、すごく嫌だ。ゆっくりと近づく動く死体の対処に場が一時停滞する。その状態を、少年が一笑した。


「どうした? ぼくの能力におそれおののいたか?」


 〝恐れ戦く〟の言い方がぎこちなかった。

 ――正直この状態でボクは全く役に立たない。変に前に出るより、引っ込んでいた方が生き残れる。

 という自分勝手な理論(エゴイズム)のもと、ボクは凛彗さんに隠れながら訊ねた。


「恐れ戦いた……というより困っているよ。これはなに? キミの能力と言ったけれど、物語の『死霊魔術師(ネクロマンサー)』かなにかなの?」


 少年は腕を組んで体を逸らせた。すごく偉そうだけれど、身長が小さいから可愛いと思えてしまう。状況は全然可愛くないけど。


「ふふん。これはぼくが霧の向こうで神から授かった能力だ。『贈り物』なのさ」


 子どもの空想話、ではなさそうだ。実際に目にしているし、彼が嘘を言っているようには見えない。〝霧の向こう〟――日記にも書かれていた単語である。


「『贈り物』……?」

「そうだよ。霧の向こうには神がいるんだ。全農の神だよ」

「全能、ね。なんだか豊穣の神さまみたいに聞こえるよ」

「う、うるさい! ――とにかく、ぼくはトクベツなんだ! そいつらは一度死んでぼくの言うことを聞くようになったぼくのどれいなんだ!」

「ふうん……で、この奴隷たちは触ると同じようになったりする?」

「はあ? 何言ってんだ、おまえ。なるわけないだろ」

「そう、ありがとう」


 素直でいい子だった。やっぱり可愛いで正解。

 応酬を聞いていた凛彗さんが素早く行動に移った。ボクの横を突風が過ぎた。

 凛彗さんは二人の頭を鷲掴みにしてそのまま床に引き倒した。ごしゃ、と聞き慣れない破砕音がして脳漿と血液の混ざった液体が飛び散る。頭部は原形を留めていなかった。


「あ」


 少年は己の過失に気づいたようだ。

 凛彗さんは両手を振って手に付着した液体を払い、ボクのもとへ戻ってきた。


「……終わったよ」


 凛彗さんは得意げだった。ありがとうございます、と礼を言うと首を振って「……ユウ君のためだから」と笑う。一瞬和やかな――になっている場合ではないのだけれど――な雰囲気になりかけた。


「う、うわああ!! ぼくの兵隊が! どれいが! 死んじゃったよう!!」


 さながら、発砲音だった。子どもの甲高い声が響いた。

 少年は頭を抱えて地団太を踏んだ。土煙が幻視できそうなくらい激しい足踏みだった。


「ああああどうしよう! お兄ちゃんに怒られちゃう!! また失敗したって怒られちゃうよおッ!!」

「お兄ちゃん?」

「うわああどうしよう、どうしよう!! ぼくは『天使』になったばかりなのに! どうしようどうしよう!」


『霧の向こう』『天使』――そして神から授かる『贈り物』。

 だいぶファンタジーな単語の品揃えだった。


「わあ、ああああ……どうしよう……う、うぅ……えぇうう……」


 とうとう少年は泣き出し始めた。ぺたんと床に座り込んで大粒の涙を流している。

 ボクはそっと凛彗さんの陰から出る。凛彗さんが「気を付けてね」と囁いた。


「ええーと……、キミ? 名前がわからないや……キミは、なにかの組織に属しているの?」

「組織じゃないやい! 家族だよ! ぼくたちは神に愛された家族なんだ!」

「……へえ」


 家族も組織も大して変わりはしないと思うけれど。血の繋がりがあるかとか役目が明確に分かれているとか違いはそれくらいだ。

 集合体という意味では家族も組織も軍隊も同じものだろう。

 ――と思うのは冷めた考え方なのかな。

 少年は涙と鼻水で顔を汚しながらも、誇らしげに家族のことを自慢した。


「ぼくたちは家族なんだよ! 『贈り物』を得たトクベツな家族なんだ!」


 お、いろいろ聞けそうな雰囲気だ。


「みんな霧の向こうに行ったの?」

「そうだよ!」

「どうやって?」

「パパが船を出してくれたんだ! パパは船乗りだからね!」

「へえ、そうなんだ。すごいんだね」

「そうだよ! すごいんだ! ママはすっごくきれいで、目を見たひとを操れるの! それでお兄ちゃんは体を武器にできるの! それでねそれでね――」

「うんうん」

「もうひとりのお兄ちゃんは、」


 話はそこで終わった。少年の首と胴体が分かれてしまったからだ。

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