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epi.3

 これ見よがしに軍を国境近くまで進め、じりじりとこちらを伺うような動きを見せる隣国に、この国はもはやなす術もなく不毛な議論を繰り返すのみとなった。

貴族からなる大臣たちは、長きに渡って他国が踏み入れたことのない自国の平和を満喫し、それに奢っていた。

首都より遠い国境沿いで行われる小競り合い、それにともなう兵士たちの死も、彼らに現実感を伴わせることはない。

おそらく、彼らは己が首に刃を向けられてもなお、寝ぼけたことを言い募るだろう。その首が永遠に胴体とおさらばしたとしても、だ。

第一王子、シェキスは愚にも付かない言を繰り返す大臣たちを見渡し、めまいを覚えた。

彼らは、真剣にこの国のことを考えてなどいない。

薄々気がついていたことを思い知らされ、彼は父王を見上げる。

彼もまた、眉間に皺を寄せ、愚かな会議場を見下ろしていた。

やがて、形ばかりの援軍を国境に送る、という数秒で判断できる議決を行い、議会は終了した。

シェキスは広間を出た後、足早に父王が控えているはずの私室へと向かう。

そこは国王のみが使用を許される私的な空間であり、王子であったとしても許可なくそこへ足を踏み入れることはできない。

幾重にも防御を施されたその部屋は、代々の王のみを主とし、そこではこの国の動向を左右する密談、が行われていた。

質素な扉を叩き、来訪を知らせる。

やがて扉は控えめに開けられ、シェキスは滑り込むようにその中へと入り込んだ。


「状況はすでに詰んでいるようなものだ」


唐突に齎されたのは王の言葉で、彼は威厳を保つために整えられた衣装を脱ぎ捨て、行儀悪く柔らかな長椅子へと座していた。


「ですが」

「ならばおまえに打開策があるのか?」


口ごもったシェキスは、これでは愚かだと見下した大臣たちと同じだと、自嘲した。


「和平にもちこむことは」

「提案するほどこちらに利はないのだよ。この国には何がある?」

「歴史と」

「少々の鉱山があるのみ、だ」


乾いた笑いを浮かべ、王は王子へと酒盃を勧める。それを手にとった彼は、王の真正面の椅子へと腰を落ち着ける。


「王女たちを側室に差し出すわけには?」

「立場の弱い王室から娘を差し出したとして何になる?それこそ一時の慰み者となるだけだ」

「あちらは歴史を欲しているのでしょう?でしたら血脈に連なるのは意を得ている、と思うのですが」

「国を侵略したのち残ったものを召上げればよいだけだ。あの国にはそれだけの力がある。何より王がそれを望んでいる」


急激に力を伸ばしてきた隣国は、フィムディアに目をつけられない程度に小国と手を結び、また場合によっては侵略を繰り返していた。そのどれもが王政は解体され、年頃の娘たちはまた側室という名の奴隷として後宮に押し込められている。恐らく、この国もそのような未来を辿るのだろう。

異腹とはいえ血のつながりのある姉妹たちがそのような扱いを受けることには抵抗をもつ、のは最もな反応だ。だが、彼らにはそれに抗う術がない。


「リエラが大人しくあそこに納まっていれば」


仕方がないことを、それでもあきらめ切れないような思いで王が呟く。


「フィムディアに援軍をお願いしたのですよね」

「丁寧な返答が届いたところだ。こちらの自治と王国の誇りを尊重する、という涙がでるような文言でな」


それはつまり、フィムディアはこの国がどうなろうとも知らないし、知るつもりもない、ということだろう。


「ですが、それこそあの国が大きくなりすぎればいくら大国といえどもそうのんきに構えてはいられないのではないのですか?」

「そのところはもちろん伝えてはあったさ。だが、あちらにしてみれば小国同士の小競り合いなど擦り傷一つほどの痛みも持ち得ないのだろう」


確かに、あちらとこの国、そしてこの国を飲み込もうとしているかの国は、二つを足したとしても、その国力は到底敵いはしない。まして、大なり小なり生活を大国に依存する形の周辺国家は、あの国の機嫌こそが生命線である。過ぎればその国は一夜にして廃墟と化す、などということも冗談ではないだろう。

あの国の王は、どちらかといえば平和主義者であり、そんなことをするほど愚かではない、と思ってはいるものの。

シェキスはうっすらと背中に汗をかく。

すでに敵の足音が迫っているかのような気持ちとなった。


「属国となる、他はないのかもしれないな」


国王は呟き、杯をあおる。

さすれば彼も、シェキスも無事では済まないだろう。

属国となった国の男系王族が、そのままおめおめと生かされているわけはないのだから。



 その日、祭主と神官の二人は、下働きのものを連れ、慰問へと出かけていった。

首都から離れたこの町では、国境からの負傷者が流れ込み、町は混沌とした様子をみせていた。

民間の負傷者が集まり、またそれに伴ってよくない連中まで流れ込み始めた。田舎ながらの鷹揚な気質だった町民たちは、徐々にその神経を尖らせ、それがまた町を殺伐としたものへと変化させていった。

孤児が一箇所に集められた施設は、衛生状態も悪く、また命が助かったとしても彼らに行くあてがあるわけではない。

これが平時ならばそれなりの手はあるのかもしれないが、今は刻一刻と悪化する戦況が伝えられている状態だ。誰も彼も他人に施しを与える余裕などもってはいない。

リエラはその目立つ頭髪を布で隠し、慰問の手伝いとして連れられてきた。

最初は、何かの冗談だと思った。

そして次には反射的に拒絶していた。

だが、またあの意地悪くも冷酷な従者に背中を押され、こんな汚いところまでやってきてしまったと、リエラは内心毒づく。

だが、そこにはリエラが想像していた以上の惨状が広がっていた。

防ぎようのない腐臭と、何か淀んだ空気がリエラを襲う。

思わず片手で顔をおさえ、思い切り顔を顰めた。

それを祭主は諌め、次々と負傷者たちに祝福を与えていった。

祭主の下穿きの裾に縋るようにしがみ付く負傷者たちは、目に涙を浮かべて祭主の祝福を受けている。

大仰な仕草と、それでも感動をする負傷者たちにうんざりとした面持ちで、リエラはその後を大人しくついていく。

肉が腐ったかのような匂いがあたりに立ちこめ、さらにリエラの気分を悪化させていく。


そんなことをして、何になるのか。


リエラはそう叫んでこの場から逃げ去りたかった。

だが、そうはさせまいと、従者が彼女の背中を見張っている。

医療物資と生活物資を届けにきた彼は、それらが済むと、どういうわけか負傷者の手当てを手伝い始めている。身分の高いものがそのようなことをすること自体意外だが、今まで生活をともにしてきたリエラからは、すでに疑問にも思わなくなっていた。

彼は貴族であり、王子の従者であり、今はリエラの監視者だ。

だが、彼はリエラよりもずっと神殿に馴染み、また神殿の者たちも彼には気安い態度をとっている。どこまでいってもお荷物であるリエラとは正反対だ。

背中へ受ける視線を気にしながら、リエラは大人しく付き従った。

彼女は手当て一つできるわけでもなく、優しい言葉を掛けられるわけでもない。

彼女はここにきてようやく、己の無力さを胸のどこかで感じ取った。






「美しい娘をよこせ?」

「そう言ってきおった」


連日王の私室へと詰め掛けている王子は、父王の言葉に首をかしげた。

先日、隣国へと送った使者は、五体満足でこの国へと返された。

正直なところ、首だけがつき返されたとしても仕方がない、と腹をくくっていた彼らは、その扱いに至極驚き、また、父王によって明かされた隣国の言葉に、王子は戸惑いすら覚えた。


「結局のところみかけよりも内情は堅固ではない、ということでしょうか」


密偵による調査結果もまた、彼らの元へと届けられた。

そこにはこちらへ見せているほど、かの国の実情は大きいものではない、ということだった。

第一に王そのものの存在が危うい。

父王をしいした後、玉座についた彼は、人々をひきつける魅力をもった王ではあるらしい。だが、それに酔うものばかりではないのが世の常だ。その母親の出自の低さ、また労あるものへの些細なことによる殺戮は、彼が手に入れた体制の脆弱化をもたらせた。

もっとうまくやればよいのに、と、シェキスなどは思うのだが、土台が不安定な王、というものは疑心暗鬼に陥りやすいものなのだろう。

生まれもって高い地位につき、周囲にもそれを認められて生きてきた彼には、理解しがたいことだ。

さらには、度重なる戦による徴税に、国民そのものが辟易している。もともと急激に力をつけた国は、その速度で貧富の差も生み出し、不平不満がたまりやすい土壌ではあった。そこへきてこの戦だ。徴税や物納は激しさを増し、貧しいものは食うに困るありさまだと、報告を受けている。

ここにきて、無能な議会がなにもせず、小手先だけの手を打ったまま長期化したかいがあった、というのは皮肉なことだ。

かの国は勝手に疲弊し、危ういところに立っている。


「結局目論見どおりこちらの血脈が欲しい、といったところか」

「美しい、とつけたのは自尊心からでしょうかね」


彼らの狙いはこの国の歴史だ。

浅いものしかもたない彼らは、それらをうらやみ、己のものとしようとしていた。

それが叶わぬのならその恩恵にあずかろうとするのは当然だ。

今力では上にたっているものが要求するものとしては妥当だろう。

それですめば、シェキスにとっても王にとっても諸手を上げて賛成するところだ。


「美しいというのも難しい要求ですね」


だが、正直なところ残された王女たちは、その基準を満たすには物足りない容姿をしている。

出自だけで選んだ側室たちは、美貌をもってして、というわけではない。あくまでこの国ではその血統だけに価値が置かれている。だから、というわけではないのだが、王女たちの容姿はどこまでも平凡だ。美しい娘、もいるにはいたのだが、彼女たちの母は、身分が低く、王女としての身分を与えられてはいない。血統を欲する相手に、それでは不十分ではあるし、さらには正直なところ彼女たちはそれを覆すほどの美貌は持ちえてはいない。


「リエラ」


シェキスの呟きに王は眉を寄せた。

数ヶ月前その身分を剥奪した愚かな元王女。

確かに彼女は絶世の、という形容詞をつけても余りある美貌をもっている。それは側室へと落とされた母から引き継がれたものだが、それほどの容姿を有するのは彼女しかいない。


「だが、あれは」

「ですが、リエラを置いては」


王は黙る。


「幸いフィムディアの王は、本当に彼女を捨て置いていたらしいですから」


それは言外に手をつけられていない、ということを意味する。

再三の王のわたりを拒否し、与えられた王宮に引きこもったままであったといわれたことを彼らは思い出す。


「体が弱いために伏せられていた王女、ということにすればいいのです。どうせあちらもリエラの顔を知っているわけではないのですから」

「そんなことが通用するのか?」



王と王子の密談はその後も誰にも気がつかれることなく続いていった。 後日、シェキスとは異腹の王女が使者として敵国に送られ、激昂した王に無残にも切り捨てられた。それにより彼らの密談はよりいっそう回数を増していった。

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