4話-A 親友からの助言
「ナメられすぎだろ」
席に着くなり開口一番優也は僕を咎める。
「今までにも、こういう事はあったのか?」
「……」
どう答えるべきか僕には分からなかった。
他人に話したところで結局は元凶が変わらなけれ意味がない。
優也は大きな溜め息を吐くと、目の前にあるカツを口の中に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。
「美味いなコレ」
そう言いながら、ご飯をかけ込んだ。
冷めないうちに自分もデミグラスソースのかかったトロトロのオムライスを頬張った。
「……美味しい」
絶妙な半熟加減の卵と、あっさりとしたデミグラスの相性が抜群だ。500円でコレなら間違いなく元は取れている。
「で、これからどうするんだ?」
「これから…?」
「あの3人組、お前をカモろうとしてるんだろ?この先も同じような事が起きるぞ」
この先も。それを聞いて胸が締め付けられる様に痛んだ。
「…分かってるよ、それくらい」
「なんなら俺がボコボコにしてもいいんだけどな。あんな奴ら1人も3人も変わらねぇし」
「ありがたいけど…」
「分かってる。"報復"だろ?」
そう言って優也はまたカツを頬張った。
ボコボコ…というのがどの程度か分からないのが不安因子だが、優也なら手加減してもあの3人に勝つ事は容易いだろう。
だが、問題はその後だ。
古井木は僕が他人に頼み込んだと考えて、熱りを忘れぬうちに報復をしにくる。
それは優也も分かっている事だ。
「あ、そういえばお前のとこの父親、お偉い議員じゃなかったか?」
「…あ、うん」
「じゃあその父親に頼み込めばいいんじゃね?どうにかしてくれるんじゃねぇか?」
「…父さんは多分何もしてくれないよ。自分の身は自分で守れって言って終わるだけだと思う」
あの父のことだ、伝えた所で事が拗れるだけだ。
「あぁそういう……なんか、ごめんな」
「いやいいんだよ別に!寧ろこっちこそごめん」
頭を下げる優也を慌てて止めた。
父は昔から得かどうかに重きを置く性格だ。もし優也が古井木と僕の今の関係性を崩そうとしている事が知られ、優也に何かあったら今後合わせる顔が無い。
「あんま助けられる事ねぇけど…とにかく抗ってみなきゃ変わらねぇぞ?」
「分かってる…分かってるよ、でも…」
「怖いか?」
優也は優しい声で言った。普段から目立つ粗雑な言動を全く感じさせない口調だった。
「…怖い。他人を、傷つけることが怖い」
「はは、やっぱ優しいなお前」
「いやそんなことは…」
「でもな私鉉。その優しさが時には自分に牙を剥くっていう事をお前は理解すべきなんだよ」
そう言って優也は最後のカツを平らげた。
「他人を助けたりするのは確かに"優しい"。それ自体はなんら悪く無い。だがな、お前が助けた人間は必ずしもお前に感謝するわけじゃないし、お前が苦しんでいる時でも助けてくれるわけじゃない」
優也の話に耳を傾けながら、無言で頷く。
「自分から優しさを振り撒き続ける奴は優しい奴じゃない。他人に利用されるだけの"都合のいい"奴なんだよ、私鉉」
そう言われ僕は追想する。
今までに古井木は僕からの要求を叶えてくれた事は、記憶の限り一度も無かった。恐らくは最初から利用するつもりで古井木は僕に近づいたのだろう。
そして、友人を作らなければいけないという焦燥が僕を急かし、古井木に付いていく選択をしてしまったのかもしれない。
もう友達ですら無いのだ。
僕がこれ以上古井木に恩を擦り付けた所で、それは一方的なエゴでしかない。寧ろそんなのは自ら"使って下さい"と屈服を示す行動にしかなり得ない。
それに今はもう、頼りになる親友がいるのだ。
「…ありがとう。向き合ってみるよ」
「別にそんな感謝することでもないけどな。ま、お前次第でいくらでも変わるってコトは覚えとけよ」
そう言い残し、優也は席を離れた。
去ってゆくその後ろ姿は今までよりずっと大きくに見えた。
「ただいま」
家に帰ると、父はリビングでパソコンと向き合っていた。単調なタイピング音だけが僕を出迎えるだけで、おかえりの返事など無い。最初から期待していないが。
風呂に入り終えて2階の自室に上がり、自分の部屋に置かれた大きな姿見で身体を見る。
窶れた顔は、見ているだけで自己嫌悪を生み出すほどの不快感を与え、古井木に掴まれた箇所は皮が捲れて傷がついていた。
溜め息を吐き出しながら、今日優也に言われた事を思い出してベッドで横になった。
『抗わないと何も変わらない』
古井木は明日いつもの場所に金をもってこいと下校時に言ってきた。
きっと今日回収できなかった金と、今日の分を回収出来なかった事への怒りも与えてくると考えるのが自然だろう。
ならば、今こそ叛旗を翻すときだ。反論の意思をはっきりぶつけて断るべきだ。
抗うにはこれ以上無い程良い機会だ。これを機に自分自身が変わるのだ。
それがこれからの自分を確立させる方法でもあり、優也に気を遣わせない方法なのだから。
変わるべきは古井木でもなく僕自身、他人行儀の行き方の根本から引っこ抜いて変える必要がある。
僕が変わらなければいけない。
そう心に誓いながらゆっくりと目を瞑った。