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3話-A 友人と親友

 その日の夜、僕は夢を見た。


 夢の内容は目の前で"彼女"が酷い姿になるというどれほど言い繕っても良い夢だったとは言えない、つまりは悪夢の類だ。

 今ここでの"彼女"というのは愛人という意味では無いが、長い目で見れば恋愛感情がゆくゆくは芽生えていたのかもしれない。


 その"彼女"は僕にとって、とてつもなく大切な存在だった。幼少期から辛く厳しかった父からの叱責、中学時代の狭苦しさや友人がいない事への孤独感、それら全てを忘れさせてくれる程の優しさを"彼女"は持っていた。


 だから仮に僕がこの後の未来で何かしらの苦痛に出会ったいく事があったとしても、"彼女"がいれば共に、乗り越えていけると考えていた。


 だがその悪夢が僕に見せた夢は、そんな慈数少ない自分の味方である"彼女"が目の前でぐちゃぐちゃに壊される夢だ。


 肉が引きちぎれ、骨は露出し、臓器は飛び散り、流れ出る血は赤い池を作り上げた。


 いつもの様に目を背けて、現実逃避が出来ればいいのだが、残念ながらこれは夢じゃない。

 その悪夢のおかげもあってか、半ば強制的に目が覚めた為、今日の列車は始発の次のやつに乗る事が出来そうだ。

 良いか悪いかで言ったら最悪だが。


 ここ最近、この同じ内容の悪夢を見ることがある。同じ夢を何度も見るという事自体奇怪なことだが、自分にはまるでこれが何かの暗示、或いは"知らせ"の様に思えてしまう。

 そしてそれが今、どうする事も出来ない故に記憶の中で頑丈に根を張り、憂慮を作り続けてしまっているのだろう。


 夢である事を確かめて、目から滲み出ていた1滴の涙を擦り取り、ベッドから身体を起こす。

 カーテンを開けると、緋色と碧色の空から放たれる朝日が窓から自分の身体を照らす。その陽光に温もりはあるが、自分の傷ついた心を癒す力はない。



 またこうして、苦痛を耐える1日が始まる。





10/15




「知ってる?アリって高層ビルから飛び降りても死なないらしいよ」

「それが…どうしたの?」

「いや?別にどうって事はないんだけどさ、頑丈なんだなーって。人間なんか列車に掠ったりとか、3階くらいから飛び降りたりするだけで普通に死んじゃうのに」


 通学中、ゆらゆらと揺られながら隣の梢がいつものようにふわふわとした口調で話す。


「だけでって…でもまぁ、アリくらいタフになりたいな、僕は。古井木に殴られても大丈夫なように」

「殴られない工夫はしないんだね。君らしい」

「変に抵抗して事が捻れるくらいなら受け入れたほうが早いし、余計な労力を使わずに済むんだよ」

「陰鬱だなぁ相変わらず」

「…ほっといてよ」


 そんな事を話しながら僕らは学校へと向かう。

 能瀬高校は僕の家から最寄り駅である道弾駅から朽伽駅に乗り継ぎ、そこから更に二駅行った先にある高校だ。

 だが、今日は人身事故の影響で朽伽駅から列車が使えず、急遽運行する代替のバスで僕らは学校へ向かう事になった。


「にしてもさぁ、最近人身事故多いよねー」

「皆僕と同じで躁鬱なんじゃない?」

「だとしてもそんな簡単によく身投げ出来るよね。私なんか怖くて出来ないよ」


 そう言う梢をひと目見る。


「どうかした?」

「いや、君が死ぬところが全く想像出来ないいなって…」

「私は死なんぞ?あと300年は生きるつもりだからな!」


 そう言いながら梢は忍び笑いする。通路で革ツルを掴む数人がスマホから目線を外し、こちらに一瞬目線を送った。

 梢は能天気さ故に、ポジティブなオーラが常に滲み出ている。裏も表もないその簡明直截な明るい性格は本人の美貌と合わさり、男子からモテる要因の1つとなっている。


「まぁ正直なところ、あと100年くらいこの可愛い私のままでいたいかな」


 …言う事なす事全てが彼女の本心故に、無自覚に人を傷つけることも稀にあるが。 


「…他人に迷惑が掛かるとか考える人は身投げしないんだろうな。もうまともな判断すら出来ないんだと思う」

「まともな判断ねぇ。『何がまともかー』なんて、学校行く前にそんな難解な事考えたくないなぁ。もうじき中間近いからただでさえ脳みそシワシワなのに」


 お手上げといった具合に梢が愚痴を小耳に窓の景色を見る。

 歩道には小さな子どもが赤や青のランドセルを輝かせながら、整列をして歩いている。

 


そんな純粋さが今となっては妬ましいと感じた。




 教室に入ると僕を出迎えてくれる友人…がいるわけもなく、真っ先に座席へ向かって荷物を置き、耳を塞ぎながら突っ伏す。

 誰かと話している輪に入る度胸も覚悟も僕は持ち合わせていない。中高一貫校の能瀬高校には金持ちのボンボンの様な人間や才能を見せびらかす様な人間が殆どだと気付いたのは、入学してから2月ほど経った後だった。


 この高校はそのまま進学したグループが半数を占めており、他の5割でも殆どがスポーツ推薦やら特別推薦やらの特異な人間ばかりがこの学校にはいる。

 そんな昔から続いている友情関係の仲や、才能の塊のような人間の中に入り込む事為に必要な"ステータス"が無い人間は必然的に浮いてゆく。僕の場合、その資格はあれど結果的に利用される羽目になったが。

 今にして思えば、父が僕の自由意志を肯定する様な学校が僕に合うわけがないのだ。


 体験入学の時点で校風にもっと目を配るべきだった。





 午前、講義を受けながら窓の外を虚に眺める。秋の温かな日差しは睡魔を呼び起こすのには最適なものだろう。

 自分の中に詰め込まれた不純な苦痛をこの陽光が浄化してくれる。

 現実の喧騒や焦燥感から解き放ってくれる。

 苦痛に苛まれていたいつの日か、この光当たってたわいも無い事を考えるのが僕の日課になっていた。


 外を顔を向けながら、朝に梢から言われた事をふと思い出してみる。


 "3階くらい飛び降りたくらいで死んじゃうんだって"


  足から着地すれば無事かもしれないが、頭からいけばまず死は免れないだろう。


 こう考えると、梢が言ったように人間は柔な生き物だが、僕が古井木から何十発と拳を受けても鼻血が出たりアザができるだけだ。

 高いところから落ちれば簡単に死ねる。

 殴られても簡単には死ねない。


 …一瞬でこの苦痛から解放してくれる身投げしたほうが楽じゃ無いか。


 そう考えながら、黒板に目線を戻し板書を再開した。





「私鉉ぅー、ちょっといいか?」


 昼休み、食堂に向かう途中前から刺すような声が聞こえた。振り向くと薄ら笑いを顔に張り付けながら古井木がいた。


「…あぁ、えっと…やぁ古井木」

「よぉ。んでさ今ちょっと時間ある?」


 古井木とその取り巻きは顔に笑みを浮かべながら僕の前に立ちはだかった。体中から冷や汗が出始める。


「今はちょっと…食堂に行きたいから…」

「んなもんあとでもいいじゃーん!な?ちょっとでいいから」


そう言いながら、古井木は僕と肩を組み馴れ馴れしく懇願する。


「昼休みだから…あ、あの放課後とかなら…」

「今じゃなきゃダメなんだってー私鉉しか頼れないんだよー」

「いや…ごめん、ちょっと本当に急いでるからさ」


 そう言い返し、道を塞ぐ3人の横を無理やり通ろうとした時、取り巻きの片方が突き倒した。

 困惑している中、古井木は凍てつく様な視線を向けていた。


「あのさ、俺らも急いでんだよ。それは分かるよな?」

「あ…うん」

「ならさぁ、こーれ」


 古井木は僕の目の前で指で輪を作る。肩に置いた手に徐々に力が込められていくのを感じた。


「コレ、渡してくんない?」

「伊奈川さぁ、渡すだけじゃん。なぁ?」

「だよなー。いや早く出せってホント。だるっ」

 取り巻きの2人も同調して急かす。

「早くー、しーづーるー」



 あぁ、本当に面倒だな。

 そもそもなんで僕はこんな目に遭っているんだろうか?

 猿みたいな連中から逃げた先、どうして僕はこんなクズに金をせびられなきゃいけないんだろう?



 こんな事に金を払うのが馬鹿馬鹿しい。

 こんな事に時間を削るのが煩わしい。


 こんな事にひと言も拒めない自分が忌わしい。



 震える手でポケットに入れた財布を取り出して中を覗く。千円札が3枚、銀色の小銭が3枚ほど入っていた。


「あ、3枚でいいよ今回は」


ああよかった、3千円で済む。安くてよかった。今日の昼ご飯はコンビニで食べれそうだ。


「あ…はは。ありが…」




「あれ?私鉉じゃん」


渡す直前、背後から声が聞こえた。

4人が振り向くと、そこには優也がいた。


「……あっ…優也…えっと」

「何してんの?」


 時が止まったかの様に僕と古井木は動かなかった。


「あー、伊奈川くんのお友達?」


 取り巻きのうちの1人が軽薄な態度で優也に近づいていく。


「誰?お前」

「俺も伊奈川くんの友達なんだよねー。よろしく!」


 彼は半ば強引に優也の手を握って握手をして、腕を激しく動かす。


「へーそうなのか私鉉?」

「…あ…うん……一応」

「そうかぁ…てっきり俺はお前が金をせびられてんのかと思ったわ」


 一呼吸おいて優也は言った。顔こそ笑顔だったが口調は全く笑っていないように聞こえる。


「んな訳ないじゃーん!」


 茶化すように取り巻きの1人は否定する。


「いや?俺たちマジこれからさ食堂行こうと思ってんだよね」

「そうなのかー」

「でさ、そこに丁度伊奈川くんがたまたまいたからさー、誘うかぁーってなって!あははー!」



「じゃお前は食堂とは反対方向に態々出向いて私鉉のいる教室に向かったんだな」



 その軽薄さを断ち切る様に優也は言った。


「え」

「え、じゃねぇよ。お前自分でついさっきたまたまっつたよな?忘れたのか?」

「あっ…いや」

「それともなんだ?3人揃って道に迷ったのか?」


 取り巻きは言葉に詰まったのか、不適な笑いを貼り付けた顔が徐々に真顔へと移り変わっていった。有天頂な態度から一転して焦りが目に見えて分かる。

 優也はその取り巻きを無視して、僕と古井木の前にツカツカと歩いてきた。


「なぁ私鉉、コイツの名前誰か分かるか?」


 自身の背後で引き攣った顔をする取り巻きを指差しながら言った。


「あ…えっと」

「伊奈川くん、俺だよ!俺!2組の…」


「うるせぇな」


 そう言うと優也は振り向いて、胸ぐらを掴むと低い声で唸る様に言う。


「俺は今私鉉と話してんだよ。黙っとけ」

「…あ……はい」


その取り巻きは枯れた花のように意気消沈した。

優也が近づき、まさに一心触発という状況の最中



「いやぁごめんな私鉉。やっぱ友達の友達って話し辛えよな…」


古井木が非を認め謝った。


「…あ、その…」

「ほんっとゴメン…!」


 古井木が肩に組んでいた手を離し、パンッと手を合わせながら謝った、


「優也…だっけ?ホントごめんなー!今度なんか奢るからさ」


 優也は黙殺しながら、睨みつけるように3人を見た。


「んじゃ、またな!」




 有無を言わせぬように話しを切り上げて、3人はどこかへ歩いていった。


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