故郷に帰んないの?
俺は海上自衛隊で護衛艦の乗組員をしている。この日は外洋での任務を終え、帰還の途に就いていた。
時刻は消灯時間を少し過ぎた頃。俺は夜間勤務のため船の外で真っ暗な海を見張っていた。
この海域は先の大戦で大規模な海戦が行われており、幽霊の目撃が相次いでいる。
そんなことなど気にも留めず、あくびを噛み殺しながら暗い海を見つめていた。
「夜間勤務お疲れ様です。」
突然、ピシッとした若い声が俺に掛けられる。
「はい、お疲れさん。」
視界の端にはいつの間にそこにいたのか、隣に立つ人のシルエットが見える。
「お前、消灯時間過ぎてんぞ。」
夜間勤務のメンバーにこんな声質の人物はおらず、若手だと思った俺は規則違反を咎めた。
「申し訳ありません。誰かと話をしたくなったので、お声掛けしてしまいました。」
その人物はハキハキと答える。
「気持ちわりぃな繊細か?まあ、いいや。士官が回ってきた時の言い訳考えとけよ。」
俺は前を見たままぶっきらぼうに返した。
「それにしてもこの艦は良い船ですね。」
「そうか?」
「色々な新しい設備が積まれており、非常に便利そうです。」
新しいと言ってもこの船はまあまあ古い。何言ってんだ?こいつ。
「俺はまだこの船にしか乗ったことがねぇから、他がどうかはわかんねぇな。」
「私が乗っていた船はかなり古い物だったので、何をするにも大変でしたよ。」
その人物は思い出を語るように楽しそうに話す。
「その分、仲間達の団結は凄いものでした。」
「そいつは羨ましいな。この船は場所によっちゃ人間関係が崩壊してる。」
俺はやや大袈裟に肩をすくめた。
「それはまあ、私の船でもそういった事は多少ありましたよ。」
あまり明るくない話題に、歯切れの悪い答えが帰ってくる。
「ところでさ、お前は故郷に帰んないの?この船に乗れば日本には帰れるぜ。」
俺は隣りにいる人物に視線を向ける。
その人物は旧軍の白い作業服を身にまとった若者だった。
「帰りたい気持ちもあるんですが、ここに残っている大勢の仲間を置いていくのも気が引けてついつい居座ってしまって・・・」
若者がバツの悪そうな顔をする。
「そうか。」
「あ、すみません。私はそろそろ行かなくては・・・」
余程気まずかったのか、若者はそう言った。
「まあ、気が変わったらちゃんと日本の船に乗れよ。」
「はい。お話ありがとうございました。」
若者は良い笑顔で礼を言うと、煙のように消えてしまった。
「ふぅ・・・」
凄い体験をしたものだと、俺は一つ息を吐く。
「せんぱーい。」
勤務に復帰しようとしていると、青い顔をした後輩が半泣きでやって来た。
「どうしたー?」
俺はそんな後輩に気だるい返しをする。
「さっきそこで火の玉見ちゃいましたー。」
「おいおい、ここは昔大海戦があった海域だぞ?火の玉くらい飛んでんだろ。俺だってさっきまで旧軍の水兵と喋ってたんだから。」
俺は後輩のしょぼい報告に対し、この海域のいわくも含めて先程の体験談を聞かせてやった。
「えぇ・・・」
しかし、後輩は引き気味の表情を見せる。
「なんだよ?その顔は。とりあえず、消灯過ぎてっからもう寝ろ。」
そう言って俺は後輩を追っ払うと、任務に戻った。
「ついつい居座っちまうか・・・」
この海域での幽霊騒ぎは当分収まりそうにないな。