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8.アビゲイルの日記Ⅳ

 肩に置かれていたルルリエさんの手をゆっくりと取り払い、諭すために彼女へ向き直す。ゴーチエ様にお願いされていたので、出来るだけ優しく諫めようと柔らかい声音を意識した。これからも貴族社会で生きていかなければいけないのだから、子供の頃は許されている行為もいつしか白い目で見られる事になる。だから今の内にマナーを学ぶのは彼女のためになるだろう。

 

「ルルリエさん。わたくしたちは何度かお会いしたことはあるけれど、いきなり後ろから抱き着かれたら驚いてしまいますわ。他者に触れる前にまずは声を掛けてくださいね」

「そんな……私とアビゲイル様はお友達同士なのに? 堅苦しくてさみしいじゃないですか。ゴーチエ様は私が抱き着いたってそんなこと仰らないわ」

「えっ……」


 彼女の口からゴーチエ様の名前が出て動揺する。

 抱き着くなんて、いくら子供だからって婚約者のいる異性に取って良い行動ではないはず……。それにゴーチエ様は王族だ。普通ならば、男爵家の令嬢が親しく出来る相手ではない。


 ──ああ、だめだわ……いやな気持になるなんて、ゴーチエ様を信用していないみたいじゃない……。


 もやもやとした思考を急いで取り払って、ルルリエさんへ目を向けるとぎょっとする。高位な貴族の子どもたちもいるお茶会の場だと言うのに、彼女はまるで幼子のように頬を膨らませてぷるぷると小刻みに震えていた。

 その様子になんと声を掛けるべきかと、同じく引いていたデレク様と顔を見合わせているとみるみるうちにルルリエさんの目の縁に涙が溜まり始める。

 

「アビゲイル様、ひどいわっ!」


 川が決壊したように、わあわあと声を上げてルルリエさんは泣き出した。


「私が男爵令嬢だからそうやっていじわるを言うのですか? デレク様と一緒になって……ひどいわ! せっかくゴーチエ様が紹介してくれて、もっと仲良くなりたいと思っているのに!」

「ルルリエさん、わたくしはいじわるを言ったのではありませんわ。マナーのお話をしているのであって……」

「ルルリエ嬢、アビゲイルはいじわるなんて言っていないだろう。そもそも君がいきなり、それも後ろから彼女に抱き着いたのが原因なんだよ」

「ひどい! ひどい! 言い訳なんて聞きたくありません!」


 諫めようと声をかけても泣き叫ぶばかりで、全く聞く耳を持たないルルリエさんにデレク様はため息をつく。わたくしもため息をついてしまいたいわ……。

 

お茶会に出席している他の子供たちやそのお付きの使用人は、わたくしたちのテーブルを遠巻きに見守っている。王族と侯爵家を含むいざこざに巻き込まれたくないのだろう。




 結局その日はどうなだめても泣き止まないルルリエさんを、テイラー家の馬車を呼び出し強制的に送還することで場を納める事になった。テイラー家の馬車を呼べと命じたのは痺れを切らしたデレク様だ。

 そして王族の命令と銘打って、やだやだと叫ぶルルリエさんを馬車へと放り込ませた時は、ほっとしたと同時に心がすっとしたのは誰にも内緒よ。





「はあ、やっと静かになったね」

「ええ、そうですわね……」


 緩やかな沈黙が落ちる。


 わたくしは両手をぎゅうっと握りしめて、ずっと気になっていた事をデレク様に尋ねる事にした。緊張で手の平にじっとりと汗が滲む。

 出来るだけ平然と、デレク様に世間話のひとつとして受け取って貰えるようにと心掛けたけど、わたくしの声はみっともなく震えていた。



「……ねえ、デレク様。ゴーチエ様とルルリエさんは、頻繁に会っているのかしら」



 わたくしは安心したいだけ。そんなことはないよと、偶にだよ、と言って欲しいだけ。

──でも、いやだ、怖い……なんて答えが返って来るのだろう。ドクドクと心臓が鳴っているのが分かる。



 デレク様は不安に揺れるわたくしの瞳を見つめて、言いたくない事を告げるように口を開いた。





「……アビゲイル。さっき俺が言いかけたのは、ルルリエ嬢のことなんだ」




日記パートがしばらく続きます。


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