7.アビゲイルの日記Ⅲ
「隣、いい?」
デレク様はにこにこしながらわたくしに尋ねた。ゴーチエ様と同じ金髪がそよ風に揺られていて、思わず見惚れてしまう。
「もちろんですわ」
わたくしは微笑んで答える。退屈なお茶会だったけれど、デレク様のおかげで楽しい時間を過ごせそうだわ。
ゴーチエ様とデレク様は血を分けた兄弟なだけあってとても似ている。
整った顔立ちに、輝く金髪と宝石のように美しい青い瞳も──違うのは、ゴーチエ様がふわふわの髪質でデレク様はさらさらの髪質な所くらいかしら。たまに二人きりになった時、お互いの髪を羨ましいとこぼしているけれど、きっとないものねだりなのだと思うわ。
「アビゲイルさっき、すっごくつまらないって顔してたよ」
「嘘、いやだわ。顔に出ていましたか?」
「あはは、大丈夫だよ。多分俺しか気付いてないから」
「ふふ、それなら安心ですわね」
顔を合わせていたずらっ子のように笑い合う。
わたくしとデレク様は、今では兄妹のような、親友のような関係になっている。
それはゴーチエ様と婚約してもう一年も経つと言うのに未だにゴーチエ様の前だと緊張して固くなってしまうわたくしを、デレク様は半ば呆れたように慰めてくれたことがきっかけだった。
一つ年下で弟のように思っていたのに、まるで兄のように接してくれるデレク様に今ではすっかり甘えてしまっている。
「……アビゲイル、あのさ」
「?」
ふたりで和やかに紅茶を飲んでいると、デレク様が何かを言おうとして口ごもった。
明朗なデレク様にしては珍しい反応で、わたくしはティーカップをソーサーへ置く。
「デレク様、どうしましたか?」
「──アビゲイルさまっ!!」
何かを言いかけたものの、思案する様子のデレク様にじれったくなって続きを促していると、急に誰かから背もたれ越しに抱き着かれた。
「わぁっ!?」
備えていなかった衝撃に思わず声を上げてしまった。焦るわたくしの視界の端に、金髪が映り込む。
そしてふわりと、甘い花の香りが漂った。
あ──この香りを纏っている人物を、わたくしは知っている。プラチナブロンドに、桃色の瞳を持つ──男爵家の令嬢、ルルリエ・テイラー──。
「──ル、ルルリエさん……! はあ、びっくりした……」
いきなり抱き着いてきた者が既知の存在であったことに、わたくしは胸を撫で下ろす。
そんなわたくしの様子を見て、デレク様が顔をしかめながらルルリエさんに声を掛けた。
「ルルリエ嬢……いきなり他人に抱き着くのは失礼じゃないかな」
「あっ、デレク様……ごめんなさい! でも、後ろ姿でアビゲイル様だって分かりましたわ。だってそんな紫色の髪をしているのなんて、アビゲイル様ぐらいですもの!」
デレク様の指摘に、ルルリエさんはにっこりと無邪気な笑みを浮かべてそう答えた。
わたくしは一瞬呆気にとられる。ルルリエさんから発せられた言葉は、わたくしへの嫌味ともとれる言葉だったからだ。
デレク様がルルリエさんへ向ける視線が鋭くなったように感じた。
だけどきっと、彼女に悪気はないのだと思うわ。
だって──ルルリエさんをわたくしに紹介したのは、他でもないゴーチエ様なのだから。
ゴーチエ様は仰っていた。
ルルリエさんは男爵家のご令嬢だから、侯爵家のわたくしより厳しく教育は受けておらず、少々世間に疎い所がある。そしてとても純粋な子なのだと。
だからパーティーなどで顔を合わせることがあったら、彼女をサポートしてあげてほしいと──わたくしを、頼りにしていると。