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アビゲイル・ウィルソンは傲慢で高飛車、絵に描いたようなお嬢様。
口調はきつめのお嬢様口調──共通ルートで知り得る情報はこれくらいだったが、少女なら多少性格にゆらぎがあっても、成長中なのだからそこまで気にされることもないだろう。
アビゲイルはこっそりと深呼吸をした。
アビゲイルに名前を尋ねられたメイドは、胸がいっぱいになっていた。
由緒ある侯爵家の一人娘で、気難しく、ある特定のメイドとしか対話をしないと言われていたアビゲイルに、初めて紅茶を飲んで頂けた。その上美味しいと言っていただけて、名を尋ねられた──今日はなんて良い日なのだろうと涙を滲ませる。
「私はシュリーと申します」
感極まったように陶然とするシュリーを見て、アビゲイルはこのメイドは悪い人ではないと感した。
まだ信用できるかは分からないが、彼女からは心根の良さが滲んでいるような気がする。
──ならば、まずは早急にやらなくてはいけないことがある。
「そう、シュリーね。ねえシュリー、お願いがあるのだけど」
「はっ、はい、何でしょうか?」
「あのね……」
アビゲイルはそれはそれは真剣なまなざして、シュリーはごくりと唾を飲んだ。
「──このお化粧を、落としたいのよ」
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アビゲイルはうっとりしながら呟いた。
「完璧だわ──」
こんなに綺麗な顔をしているのに、あんな化粧で台無しにしてしまうなんて許せなかった。
鏡を見つめるアビゲイルの後ろで、シュリーは大きな仕事やり遂げた時のような充足を感じている。
「シュリー、ありがとう! シュリーはとても器用なのね!」
花が咲いたようにアビゲイルが笑った。
似合わない厚化粧を落とし、少女の瑞々しさを活かした繊細な化粧を施したアビゲイルは、輝かしいばかりの美しさを纏っている。
本当は顔だけ洗わせてもらい自分で化粧直しをするつもりだったが、シュリーに「是非私にやらせてください」と頼み込まれたため了承したのだ。ともにアビゲイルの部屋に戻ると、シュリーはアビゲイルの指示を正確に汲み取って、素晴らしい成果を出してくれた。
もう一度鏡を見て、シュリーを振り返る。
「シュリーさえよければ、明日からはシュリーに支度をお願いしたいのだけれど……忙しいかしら」
「アビゲイルお嬢様、本当にお美しいです……! 勿論です! 実は私どもはずっと、お嬢様があのお化粧をお望みなのだと伺っていましたので、皆何も言えなかったのです」
「え──それって、誰が言っていたの?」
「エイダです。あの、お嬢様のお付きの……」
──あの赤毛のメイドは、エイダと言うのね。
アビゲイルは自分を睨みつけるエイダを思い出すと、心臓が痛んだ。