15.アビゲイルの日記Ⅺ
「デレク様から、最近ゴーチエ様とルルリエさんの仲が良いとお聞きしました。王宮にまでお招きしていると……。それに、以前ルルリエさんにお会いした際、ゴーチエ様と過度な接触をしているような言動がありました」
「ちょっと待ってくれアビゲイル、何か誤解をしていないかい?」
ゴーチエ様から笑みが消え、少し焦ったようにわたくしの話を遮る。
「……本当に誤解ならばいいのです。以前ゴーチエ様がルルリエさんをわたくしに紹介された時、彼女の事はご友人だと仰っていました。ですが、わたくしは今その言葉を信じられなくなってしまっております」
「アビゲイル……」
わたくしの言葉にゴーチエ様は悲しそうな表情を浮かべた。彼のそんな表情を見たことが無かったので、全くの見当違いな話で彼を傷つけてしまったのかと不安がよぎる。わたくしはなんとか声を震わせながら話を続けた。
握りしめた両手は緊張で冷たくなっている。
「もし──もし、ゴーチエ様がルルリエさんを愛していらっしゃるのなら、どうか隠さずに仰ってください。お父様に掛け合って、婚約を解消していただきます。……そしてゴーチエ様がルルリエさんと婚約しても、わたくしはそのことであなたを責めるつもりはございません。ただ、本当のことを教えて欲しいのです……このままでは、あまりにも苦しくて、つらいのです」
涙をこらえるために唇を噛む。無理矢理作った微笑みはもうすでに剥がれてしまった。そんな歪んだ顔をゴーチエ様に見せるのが恥ずかしくて、俯いて彼の返答を待つ。
永遠に思えるような沈黙の後、カタンと椅子の引く音がした。そしてゴーチエ様の皮靴が地面を蹴る硬質な音が聞こえて、びくりと身をすくませる。
ゴーチエ様は、なんと仰るのだろうか──俯いたまま震えていると、ふわりと後ろから抱きしめられた。
「──え?」
背中に触れる他者の体温と、耳元で感じる吐息に混乱する。
──ゴーチエ様が、わたくしを抱きしめている?
「……僕のせいで不安にさせてすまなかった、アビゲイル」
「……っ、ゴーチエ様……!?」
「僕が愛しているのは君だけだよ。ルルリエは母上のご友人のご令嬢で、会う機会が多く……彼女のことは妹のように思っているだけだよ。誤解させてしまったのなら謝るから、どうか婚約を解消するなんて言わないでくれ……」
わたくしを抱きしめるゴーチエ様の腕に力がこもる。
「っ、苦しいです、ゴーチエ様」
「あ、すまない……! 君に誤解されていると思うと、居ても立っても居られなくて」
「……本当にわたくしの誤解なのですか?」
「ああ、そうだよ。僕の婚約者は君だけだ」
ゴーチエ様はわたくしの両肩に手を置いて、こちらを真っ直ぐに見つめている。
晴れ渡った青空のような碧眼が、今はわたくしだけを見つめている──喜びに涙が頬を伝って、わたくしは小さく頷いた。
「信じます。わたくしこそ、ゴーチエ様を疑ってしまって申し訳ございません……」
「ああ……! いいんだ、信じてくれてありがとう、アビゲイル」
ゴーチエ様は破顔して、今度は正面からわたくしを抱きしめてくださった。初めての彼のぬくもりに張り詰めた緊張が緩むのを感じる。
おずおずとゴーチエ様の背に腕をまわしそっと抱きしめ返すと、彼は安堵のため息をついた。
──逃げずにちゃんと聞いてよかったわ。もしかして、このドレスを着ていたおかげもあるのかしら。彼女を思い出して、素直にお話してくださったとか……?
これで、もう何も心配せずに愛し合うことができる……ああ、なんて、幸せなのかしら──。
愚かなわたくしは、二人の美しい未来に酔っていたの。
だから気が付かなかったんだわ。──わたくしを抱きしめている彼が、本当はどんな表情を浮かべていたかなんて。
思い起こせば、この日がわたくしの転落の始まりだったのね。




