14.アビゲイルの日記Ⅹ
麗らかな春の日、ウィルソン家の庭は絵画のような光景をたたえていた。
花々は競うように咲き誇り己の色を振り撒いている。新緑は瑞々しく、穏やかな風を気持ちよさそう浴びていた。
そんな美しい風景の中で、四阿で紅茶を飲みながらわたくしを待つゴーチエ様も描かれたように美しい。
陽に透ける彼の金髪が眩しくてわたくしは目を眇めた。
微笑みを作って四阿に近づくと、わたくしに気が付いたゴーチエ様が顔を上げて声を掛けて下さった。
「やあ、アビゲイル。なんだか久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「……ええ。ゴーチエ様もお変わりございませんか?」
「そうだね。最近は少し公務が忙しかったかな」
──ゴーチエ様がお忙しかったのは、公務のせいだけですか?
そんな言葉が咽喉まで出かかった。
本当は、貴方が会いに来て下さらないのに、元気でなんていれたわけがないと言いたかった。けれど公務は王族の務めであり、それを押しのけて我儘を言う事など王子の婚約者として許されない。
わたくしはそう教育を受けている。
──でも、ルルリエさんだったら、そう素直に甘えていたのかしら。
わたくしは微笑みを崩さないようにゴーチエ様の正面に座る。
席に着くと、すぐにメイドがわたくしの分の紅茶を淹れてくれた。メイドが下がると少し離れた場所には数人の使用人が控えているが、四阿にはわたくしとゴーチエ様の二人だけとなる。
「ゴーチエ様、お会いできるのを楽しみにしておりました」
「ああ、僕もだよ。君の綺麗な文字で書かれた手紙を読むことが日々の楽しみだった」
ゴーチエ様の言葉に驚いて、思わず彼の顔を見つめてしまった。今までそんな事を言っていただいた記憶がなかったからだ。
「どうかしたかい?」
「い、いえ……っ」
「今日のアビゲイルはなんだか雰囲気が違うね」
わたくしを映すゴーチエ様の瞳が、見たことが無いような熱を帯びている様に感じる。
今までのゴーチエ様はわたくしと会っている間、ただ時間が過ぎるのを待っているような、義務の一環として一緒にいるのだと見て取れていた。
そんな目でわたくしを見る彼を、わたくしは知らない。
ゴーチエ様の急な変化に何と返せば良いのか分からずにいるわたくしに、彼は優しく微笑みかけた。
「──そのドレスも、とても似合っているね。勿論今までの君が着ていたドレスも素敵だったけれど、明るい色は良い。一緒にいると華やかな気持になるよ」
「あ──このドレスは……ルルリエさんから頂いたのです」
自分の口から出たルルリエさんの名前にはっとした。
──そうよ。わたくしは今日、ゴーチエ様にルルリエさんとの関係を確認すると決めていたわ。
のぼせかけた頭が冷えていく──わたくしはテーブルの下で震える両手を握りしめる。
ゴーチエ様の返答によって、決まってしまう。
彼に嫌われたくなくて、表立って彼に意見したことも、何かを望んだこともなかった。そのもどかしい日々も──いずれ国王となる彼を支えられる女性になるようにと教育を受けて励んでいる日々も、意味の無いものになってしまうかもしれない。
そして何よりも、ゴーチエ様との関係が終わってしまうことが怖かった。
わたくしはゆっくりと顔を上げて、ゴーチエ様を正面から見据える。
「ゴーチエ様。あなたの婚約者として、お聞きしたい事があるのです」
ゴーチエ様は紅茶を一口飲んで、優雅にティーカップをソーサーに置いた。
彼は初めてお会いした時と変わらない笑みを浮かべてわたくしを見ている。
「なんだい? アビゲイル」




