13.アビゲイルの日記Ⅸ
誤字修正いたしました。ご報告感謝です。
あっという間に二日が過ぎて、ゴーチエ様がウィルソン家にいらっしゃる日になった。以前ならゴーチエ様にお会いできる日が楽しみで仕方がなかったのに、今日は気が重い。
鏡に映る自分を見てため息を吐いた。
「あら、アビゲイルお嬢様。溜め息は幸せが逃げるんですよ~。今日はゴーチエ様とお会いになるのですから、このヴィヴィアン、いつもより気合を入れてお嬢様を素敵にいたしますね!」
わたくしの髪を優しく梳いてくれているヴィヴィアンは、冗談めかしてそんなことを言う。
「ふふ、お願いね。ヴィヴィアンにはずっとわたくしの側にいて欲しいけれど、あと三ヵ月だなんて寂しいわ。……でも、幸せになってね」
「お嬢様……私も寂しいです。心配ですし、やっぱり結婚はもう少し待ってもらおうかな……良いですか?」
「もう、何を言っているのよ」
冗談を言っているのかと思えば、真剣な表情のヴィヴィアンにぎょっとした。
ヴィヴィアンはウィルソン家の使用人として仕えてくれているが下級貴族の娘で、同じく貴族の婚約者がいる。父親同士の仲の良くて結ばれた約束との事だが、婚約者とヴィヴィアンはとても仲が良い。そしてどちらかと言うと、婚約者がヴィヴィアンに惚れ込んでいるようだった。
その為、まだわたくしの側にいたいからと結婚時期を伸ばしていたヴィヴィアンに、婚約者は早く結婚したいと泣きついたらしい。──ついに根負けした彼女は、三ヵ月後にウィルソン家を離れることになったのだ。
わたくしの側を離れてしまうことをヴィヴィアンに謝罪されたが、わたくしは彼女の結婚を心から祝福した。
だってわたくしはヴィヴィアンと婚約者の話を聞くのが好きで、ヴィヴィアンにねだっては二人でどんな時間を過ごしているのかを聞かせて貰っていたから。
ヴィヴィアンのお話は眩しくて、きらきらしていて──互いに想い合える二人に、少しだけ羨ましい気分になるけれど、幸せな気持ちにしてくれる。
そんな二人が一緒になるのは、とっても嬉しい。謝罪されることではないわ。
だから、ヴィヴィアンの申し出は嬉しいけれど、受けてはいけないと思った。
「だめよ、ヴィヴィアン。わたくしはヴィヴィアンに幸せになって欲しいの。でも、もし結婚生活が嫌になったらいつでも戻ってきて。わたくしからお父様にお願いして、すぐにまたわたくしのお付きになってもらうわ」
「まあ、お嬢様は本当にお優しい方です。そんな風に言われたら、私の方が我儘を言っているみたいじゃないですか」
「やっと気づいたの? でも、お手紙はたくさん書いてね。わたくし、ヴィヴィアンのお話を聞くのが大好きなのよ」
「……勿論です」
ヴィヴィアンは涙ぐんでいるようだった。
わたくしも釣られて涙が出そうになったけれど、ゴーチエ様にお会いするのに泣き腫らした顔を見せるわけにはいかないと思い、ぐっとこらえた。
薄くお化粧を施し、髪は上品なハーフアップにしてもらった。あとはドレスを選ぶだけなのだが、わたくしはクローゼットの前から動けないでいる。
「お嬢様、ドレスはどちらにいたしましょうか?」
「この前にお会いした時はこの青いドレスにしたから、今回は違う色合いがいいわ。このグリーンがいいかしら──」
マホガニー材のクローゼットの中に納められているドレスを眺めていると、ルルリエの手紙の内容が脳内に呼び起こされる。
──『アビゲイル様はいつも暗い色のドレスばかり』。
ルルリエさんからの手紙は、わたくしの心に昏い影を落としていた。
気にしないでいたいのに、彼女の文字が頭から離れない。甘ったるいルルリエさんの声でありありと再生されてしまう。
あの手紙を読んでから、彼女のことを考えていない時間の方が少なかった。
ふと、意識的に視界に入れないようにしていた濃いピンク色が目に付いた。
「……ヴィヴィアン。わたくし、これを着るわ」
「えっ、でもそれは……」
「最後の賭けにするの。今日、これを着てゴーチエ様にルルリエさんのことをお聞きするわ。ゴーチエ様のお心に彼女しかいないのならば──もう終わりにしましょうとお願いするわ」
自分でも呆れるし、馬鹿みたいだと思うわ。だけど、初めてお会いした時のゴーチエ様の微笑みを忘れることができずに一縷の望みに縋ってしまう。
わたくしの言葉にヴィヴィアンは何も言わなかった。悲しそうに頷いて、ドレスを着せてくれる。
準備を終えて鏡を見れば、そこには似合わないドレスに身を包んだわたくしが映っていた。
やっぱり似合わないわね、と自嘲の笑みを浮かべる。
すると見計らったように、コンコン、と控え目に部屋の扉がノックされた。
「アビゲイルお嬢様、ゴーチエ第一王子様がお越しになりました」




