10.アビゲイルの日記Ⅵ
わたくしの背中を優しく撫でながらデレク様は話してくださった。
本当ならもっと早く伝えた方が良かったのかもしれないのに、ずっと言えなくてごめんと謝りながら。
──一年ほど前、テイラー男爵家の女主人、リリア・テイラーがルルリエを連れて王宮に訪れた。リリア夫人と俺の母上である王妃殿下は少女時代からの友人であったらしい。
母上はリリア夫人の来訪に大変喜ばれて、丁度その時城にいた兄上もその場に呼んで二人をもてなした。母上とリリア夫人が昔話に花を咲かせる中、兄上はルルリエを誘って王宮の庭を案内したと召使が話していたんだ。
多分、この時から兄上とルルリエの距離が縮まっていったのだと思う。
それからよく、王宮でルルリエの姿を見かけるようになった。彼女の隣には必ず兄上がいたよ。……人目も憚らずに、二人は手を繋いでいた。
本来なら婚約者がいる兄上が、婚約者以外の女性と個人的に会うべきではない。そう兄上に進言したけれど、ルルリエとは友人だと言って聞く耳も持たなかったよ。
ならば二人きりで過ごす必要はないのだから、俺もその場にいると言ったら怒鳴られた。
兄上に声を荒げられたのは初めてだったから、俺はひどく驚いたんだ。
その内、兄上は商人を城に呼んで、よくアクセサリーやら靴やらを買うようになった。兄上がウィルソン家にあまり顔を出さなくなったのを知っていたから、てっきり俺はそのお詫びに君に贈っているものだと思っていたけれど、違った。……呆れたよ。全てルルリエへのプレゼントだった。只の友人に贈るような品ではないのにね。
翌日には兄上から贈られたものを身に着けて兄上の腕に甘えるルルリエと、彼女に好きにさせる兄上に嫌悪感すら抱いていた。
(第一王子で王位継承権を持つ兄上に表立って意見できる者などいない。誰も彼も見て見ぬふりをしている……子供の戯れだと思って)
「……それでも兄上はルルリエを友人だと言い張っている。もし心変わりしたのなら──君に告げ、頭を下げて償うべきだ」
デレク様は怒りをたたえていた。優しいお方だから、私に同情して、ゴーチエ様の行動に憤ってくれているのだろう。
話してくれたお礼を言いたいのに、横隔膜が痙攣していて言葉にならない。
「ごめん……こんな話、聞きたくなかったよね」
わたくしを気遣ってくれるデレク様に、そんなことはないと必死に首を横に振った。デレク様のお話は心が抉れるようだったけれど、知れてよかったと思う。
──デレク様とルルリエさんの接触を嫌がるなんて、彼女に他の男性を近づけたくないみたいね……。わたくしにはゴーチエ様からデレク様を紹介したのに……。
ルルリエさんとの扱いの差にじくじくと胸が痛む。
それでも、ゴーチエ様がルルリエさんを友人だと仰っているのなら、彼の口から真実を話していただけるよう頼んでみよう。
ゴーチエ様がわたくしへの興味を失っているのなら、お父様に婚約破棄を打診しよう──彼が本当に好きな方と、幸せになる為にも。
ちょうど三日後、久しぶりにゴーチエ様がウィルソン家にいらっしゃる予定がある。
その日までに覚悟を決めなくてはいけない。
わたくしはドレスの裾を、強く握りしめた。




