バカの行列に並ぶのも義妹と一緒だったら苦じゃねぇ……けどな!
俺が小説投稿サイトでお気に入り作者さんのお下品なギャグの冴え渡った作品を読んでいると、繭菓が話しかけてきたので急いで画面を真面目な社会ニュースサイトに切り替えた。
「ねえ、お兄ちゃん。なっくんラーメンって美味しいんだって。昨日、友達が言ってたよ」
「なっくんラーメン? なんだそりゃ?」
「もー! 近所にできたでしょ?」
「ああ……」
そう言われて思い当たった。そういえば次郎系ラーメンの新しい店が近所にできてたな。
「行ってみようよ、お兄ちゃん。ちょうどもうすぐお昼時だよ」
「でもあそこ……、いつも見てもすごい行列できてるぞ?」
「当たり前じゃん。美味しいから行列ができるんだよ。ね、行こ? 食べてみたい」
俺を誘ってくれるのが嬉しい。
次郎系といえばこってりで、俺みたいな40男には胃にもたれることだろうなと、正直あまり興味はなかったが、まゆの誘いなら喜んで行くことにした。
行列は繭菓と同世代くらいの若い人ばかりだった。
やはり俺のような中年男には向かない店なのだろう。
「次郎系は敷居が高いとか聞いたぞ。大丈夫かな?」
俺が言うと、
「野菜、にんにく、背脂それぞれに少なめ〜マシマシまであるから、注文するまでに決めておくんだよ?」
そう優しく教えてくれる。頼もしく、そしてかわいい。
できるだけあっさりめにしようと決め、店の外に設置されたベンチに座って順番が来るのを待った。行列はなかなか動かなかった。
「2名様でお待ちの南風さまー」
50分ほどしてようやく名前を呼ばれた。行列に並ぶのが苦手な俺は既にクタクタだった。盆正月の高速道路の大渋滞のほうがこれならまだマシだ。
中はカウンター席ばかりで、その僅かに空いた二席に俺らは案内された。
席に着いても注文を取りに来る気配がない。そのうちカウンターの中から大将が、ジロッと俺たちを見た。
俺たちと大将のあいだに妙な空気が流れた。
「注文していいの?」
おそるおそる俺がそう聞くと、『当たり前だろうが』みたいにガクッとされた。
俺がまず注文した。
「全部少なめの麺ふつうで」
続けて繭菓が注文する。
「野菜多め、にんにく背脂マシマシの、やわらか太麺でお願いします」
帰り道、まゆと並んで歩きながら、俺は早速便意を感じていた。
にんにくドロドロ、背脂少なめでもこってりすぎて、俺にはちっともうまいとは思えなかった。チャーシューは冷たくて味がなかった。全体的にケモノ臭くて、二度と食いたくないしろものだった。
「美味しかったね、お兄ちゃん」
しかし繭菓はニコニコご機嫌だ。
「また来ようね、お兄ちゃん」
誘ってくれるのは嬉しいが、俺はもうごめんだった。
「俺はもう、いいわ……。あんなもんに並ぶのはバカの行列だ。二度と並びたくねえ」
繭菓のほっぺたが、ぷうっと膨らんだ。
「じゃ、いーよ。彼氏作ってその人と行くから」
「まっ……、待てっ!」
慌てて俺は悔い改めた。
仕事で大型トラックを走らせていても、ずっと腹がぐるぐるいっている。無理して全部食いきるんじゃなかった。一日経っても正露丸が手離せねえ。
高速道路を走っていると、故障車らしく黒煙をもうもうと吐きながら40キロぐらいで走っている大型トラックがいた。どこか安全なところまで走ってレッカーでも呼ぶのだろう。追い越して先を行かせてもらった。
乗用車が俺を何台も追い越して行く。このへんは片側3車線で、左側と右側2車線で制限速度が違う。俺は左側を制限速度の80km/h+αで走り、乗用車は真ん中車線を制限速度の100km/h程度で走っている。
しばらく行くと、真ん中車線を大型トラックが3台縦に並んで走っていた。左側の車を追い越しているわけでもなく、真ん中車線に居座っている。
大型トラックはリミッターがついており、最高速度が90km/hまでしか出ねえ。アクセルベタ踏みしても制限速度の100km/h出せねえんだから左側を走りやがれ。それでもプロかよ、ったく……。
追い越して行った乗用車がその後ろについて行列を作りはじめた。どんどん行列が長くなり、遂には左側の俺より遅く走り始めた。
こういうのを俺は『バカの行列』と呼んでいる。
日本人は行列が好きなのか、単独で走っている遅い車はすぐ追い越すくせに、行列の後ろには並んでしまうのだ。
行列に並ぶのが下手なやつは前の車よりも遅くなる。詰まった車間距離を空け直そうと、90km/hで走る車の後ろで80km/hにスピードを落とす。
そんなのが連なれば、90km/hで走る先頭の後ろについた行列の最後尾は60km/hとかになったりする。
右側の追越し車線は空いている。サッサと追越して行きゃいいものを、行列に並ぶと安心するんだろうか。
まぁ、真ん中居座りの3台のバカトラックは俺よりはペースが速いので、じわじわと前に遠ざかっていってくれた。
しばらく走っていると、真ん中車線を後ろからずっと走ってきた小型トラックが俺を追い越していった。推定90km/hちょいのスピードだ。燃費を気にするのか、制限速度の100km/hで走る車はあまり多くない。
俺を追い越して30mほどいったところで、小型トラックのペースが落ち、俺と同じスピードで走り始めた。
こういうやつは多い。さっさと消えていけと思うのだが、追い越したことでホッとするのだろうか。
ずっと俺の右斜め前を並走してくれている。これで小型トラックのケツに行列ができたら俺は閉じ込められる。迷惑だ。
何度かライトカットで訴えたが動じねぇ。
こりゃ嫌がらせだな?
そんなつもりがないとしても、結果的に嫌がらせになってるぜ。
スピードを上げた。並走状態はただちに解除する必要がある。こっちが下がってもいいが、こういう変なやつは事故を起こす率も高い。前で事故されてはかなわない。
左追い越しは違反だが、左側から追い抜くのは違反じゃない。危険回避のために必要なことだ。
俺が左から追い抜こうとすると、小型トラックがスピードをみるみる上げた。ようやく前に消えて行ってくれた。何を考えているんだかさっぱりわからねぇ。
しばらく左側を走っていたら、真ん中車線にまた行列ができ始めた。どうやらさっきの小型トラックがまたノロノロ走りはじめたようだ。
行列の最後尾は既に俺よりもずっと遅くなっている。俺の車は左から列をゴボウ抜きする格好になっちまった。
前に黒煙をモウモウと吐きながら低速で走っている、故障車らしきのが見えてきた。一日に二台も出会うかよ、こんなの……。
仕方がねぇ。どっか適当なところで真ん中に車線変更しよう。そう思うが、真ん中車線に壁のような行列ができている。
車間距離の大きく空いたところに向けて右ウィンカーを出し、『車線変更していいですか?』の意思表示をした。
大きく前を空けていた乗用車が怒ったようにアクセルを踏み、前を詰めてきた。俺を『左から割り込みしようとしているふざけた大型トラック』だと思ったようだ。
加速してブロックする車の後ろは空くものだ。そこに入らせてもらおうと思ったら、その後ろの車も詰めてきた。
その後ろも、そのまた後ろも……。
もうこれ以上譲ったら前の故障車にぶつかんぞというところまで進み、3秒ウィンカーを出して余裕で車線変更したら、後ろの車が通報したらしく、会社から電話がかかってきた。
『吹太郎! 何乱暴な運転してんだ! 行列を左からゴボウ抜きして割り込んだらしいな!?』
勘弁してくれ。繭菓と一緒に並ぶなら行列もちょっとは楽しくもなるが、やはり俺は行列なんて大嫌いだ。
ラーメンもスッと入れるあっさり醤油ラーメンの店がいい。