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迷惑な煽り運転するヤツは高速道路の上から投げ捨てろ

『車を運転すれば他の交通の迷惑になるのは当たり前なのだから○○○』


 この○○○に、貴方なら何を入れるだろうか?


 俺なら次のどちらかだ。


『車を運転すれば他の交通の迷惑になるのは当たり前なのだから、迷惑をかけている車を見ても自分はイライラしないようにしよう』


 または、


『車を運転すれば他の交通の迷惑になるのは当たり前なのだから、しかしだからこそ、なるべく無駄な迷惑にはならないよう気をつけよう』


 これが俺の回答だ。



 この前、ネットで次のように言ってるやつを見かけた。



『車を運転すれば他の交通の迷惑になるのは当たり前なのだから、俺が迷惑な運転をしていても文句を言うな』



 気持ちはわかるぜ。


 自分の気持ちがいいように運転したいんだろう。


 男らしいよな?


 自分が周囲で一番ペースが遅くても、後ろに前を譲る必要などない、迷惑になるのは当たり前なんだから文句を言うな。


 あるいは──





「今朝は寂しかったぜ……」


 昼間の高速道路に大型トラックを走らせながら、俺は独りごちた。涙が出そうになった。


 いつもは昼夜逆転仕事なので、朝に俺は部屋にいない。それが今日は珍しく昼仕事だったので、7時過ぎに起きて8時過ぎに家を出るまで、部屋でゴロゴロしていたのだ。


 すると20歳下の義妹、繭菓まゆかに言われた。


「お兄ちゃん、掃除するのにそこ、邪魔!」


「ああっ、すまんすまん。あっちに移動するわ」


 俺は義妹命だ。


 義妹のためなら何でもする。床にゴロゴロしてたのを立ち上がってキッチンの椅子に移動するぐらい、朝飯前だ。いや、朝飯はもう食ってたんだけどな。繭菓まゆかの兄妹愛のこもった納豆ご飯とインスタント味噌汁だった。最高にうまかったぜ。


 キッチンでスマホをいじっていると、すぐにまた繭菓まゆかに言われた。


「ごめん、お兄ちゃん。次、そこ掃除するんだけど……」


「あっ! ごめんな! 兄ちゃん邪魔だな? 障害物だよな?」


 元いた絨毯の上に寝転ぶと、またすぐに繭菓まゆかが言う。


「もー! なんでいちいちあたしの通るとこにいんの?」


「え! ここ、もう掃除したんじゃなかったか?」


「あたしの動きをよく見てよ。次は洗濯物干しに動いて、その次はインコのお世話するんだから、常にそこ通るでしょ! わかれよ!」


 ちっともわかってなかった。


 っていうか、そんなことを言われても俺には予測不可能だ。


 俺はなんてダメ人間なんだ……。


 涙が出そうになったので、まだ出勤するには30分早かったが、急いで家を出て来た。





 俺は繭菓まゆかに好かれていると思っていた。『繭菓まゆかが大好きなお兄ちゃん』なのだと自負していた。それがどうやら違ったらしい。俺の思い込みが激しかったらしい。俺は、繭菓まゆかの、邪魔者だったのだ。そう思いながら、トラックを走らせていた時のことだった。


 涙で滲む視界でも俺はプロだ。空の上からもしっかりと道路状況を見ている。東濃の大型トラックが列を作っているのを見て、右後方を確認するとウィンカーを出し、速度を微妙に上げながら、ゆっくりと追い越しに出た。


 東濃は大手の運送会社らしく、コンプライアンスに則り、全車が同じ運転をしている。速度は必ず高速道路では78km/hで統一している。


 ゆえに読みやすい。合わせやすい……のだが、制限速度80〜120km/hの高速道路をそのペースで走るクルマはほとんどいない。ゆえにみんなの障害物のようになってしまっている。


 クルーズコントロールで自動運転にしているのか、とにかく全車コピーしたように同じ一定速度だ。しかもたまーに存在する東濃トラックよりも遅い他の車につっかえると、とても少ない速度差で追い越しを始める。


 この追い越しが少なくとも2分はかかる。


 77.9km/hペースの車に追いついて、30m手前から追い越し車線に出て、0.1km/h差で全長12mの大型トラックを追い越し、少なくとも30mの車間距離を取って追い越すとしたら、40分を越す追い越しになることになる。


 まぁ、そんなのは流石に見ないが……。


 追い越し時にはせめて5km/h、速度を上げてほしいもんだと思うのだが、会社のコンプライアンスが許さないのだろう。コンプライアンスを緩くすると各ドライバーが危険な運転をするとか、つまりは人間を信用していないのだろう。


 まぁ、とにかくこのペースに付き合っていては昼飯の時間がなくなってしまう。遅い行列をあまり長くすると渋滞の原因にもなる。俺は約50m程度の等間隔で7台連なる東濃のトラック列を追い越し始めた。速やかに追い越し出来るよう、速度は巡行時の83km/hから87km/hに上げた。


 追い越しを続けていると、バックモニターに、遠くから1台の白いハイエースが飛んで来るのが見えた。


 俺の後ろに追突して来る勢いで急接近すると、弾かれたように後ろに下がり、また接近して来る。右に車体をずらし、パッシングして来たかと思うと、次には左から顔を覗かせる。どう見ても煽りだ。俺に左側へ戻ることを強要しているのだ。


 50mの短い車間距離で左抜きしようと、俺の左側に出て来た。しかし当然抜けるわけもなく、東濃トラックのケツにつっかえて急ブレーキを踏み、また俺の後ろに戻る。


 左側に車間距離とは呼べない空間があるなら当然譲るが、生憎東濃のトラックは多少短いともいえる車間距離を保ち、等速度で走っている。ここに俺が入れば多少短い車間距離がさらに短くなり、密になる。


 譲るべきか、譲るべきでないか、その基準は交通全体が『密になるか、粗になるか』だ。


 俺が東濃の車間距離に入れば、前に入られたトラックは車間距離を取り直そうとするだろう。それが後ろの後ろまで影響を及ぼし、全体的に密になる。


 俺が東濃の列をすべて追い越し終わってから左に戻れば、全体に影響はない。ハイエース1台が速いスピードで前へ行けるだけだ。しかも俺の前に何もいなければハイエースは飛ばし続けられるが、500メートル前を先行車が走っていた。俺を追い越してもそこでまたつっかえるだけだ。


 俺の前に何もなく、車間距離とは呼べないほどに左側が空いているならもちろん俺は左に戻る。ハイエース1台だけでも減らせば道路状況が粗になるからだ。


 俺は東濃の列を4台まで追い越し終わっていた。あと3台ほどだ。それをハイエースが合わせて待つのが全体にとって最も影響がない。俺はそう判断するまでもなく、追い越しを続けた。


 しかしここで一つ問題となるのが、ハイエースが明らかにイライラしているのが危険な状態だということだ。事故の元凶ともなり得るので、俺が87km/hから79km/hまでスピードを落として譲るという手もあった。これなら俺に前に入られた東濃トラックも、俺がじわじわとながら離れて行くので、それほどまでには車間距離を取り直そうとはしないだろう。それでも多少はそうさせてしまうだろうが。


 しかしハイエースの後ろからさらに何かが飛んで来た時が問題だ。俺は東濃トラックの間に閉じ込められてしまう。大型トラックの再加速能力はのろい。なかなか再び追い越し車線に出られなくなるかもしれない。


 やはり先頭まで追い越しきるしかない。その一択だ。先頭を追い越し終わる時に早めにウィンカーを出し、ハイエースが左から強引に追い越して行くのを防止するのが一番安全かつ円滑だ。


 しかしその場合にもう一つ、予測される危険があった。


 そしてハイエースはそんな俺の予測を上回って来た。


 俺が5台目の東濃トラックを追い越し始めた時、左側に車線変更すると、なんとさらに左の道路ではないところ、つまりは路肩から東濃トラックを追い越しにかかったのだ。


『なるほど……』

 俺は最後の危険を予測していた。

『来るな……?』


 普段は誤作動しないようにカバーをしているスイッチを、いつでも作動させられるよう準備をしておく。っていうかもういいや。スイッチ・オン。


 俺のトラックの前面パネルには特殊装備係のkayakoさんによるギミックを後付けしてある。鋼鉄のマジックハンドだ。ハッチが開き、二本の腕が前にニューンと出た。白い手袋をつけている。3本の指をワキワキする。


 ハイエースは前から2台目の東濃トラックを左の路肩から追い越すと、思った通りだった、俺の直前に左側から急ハンドルで入って来るなり、急ブレーキを踏んで来た。『ムカつきアピール』だ。


 並のトラックならびっくりしてヒヤリ・ハットして急ブレーキを踏まされているところだろう。しかし俺は風のトラックドライバー、南風みなみかぜ吹太郎ふいたろうだ。このぐらい予測している。ハイエースが急ブレーキを踏んで後方煽りをして来るだろうことぐらい、わかっていた。


 俺はスピードを緩めなかった。路面スレスレまで下げてあったマジックハンドがハイエースのボディー下に入り込む。白い手袋がシャーシをがしっと掴む。俺が操作すると、ハイエースは路面から持ち上げられた。


 ハイエースの運転手がびっくりしてこちらを振り返り、何やら怒鳴っている。スキンヘッドのオッサンだ。まぁ、そりゃびっくりするだろうな。


 俺はしばらく持ち上げたハイエースを前にくっつけたまま、走り続けた。しかし邪魔だ。前がよく見えん。ゆえにポイ捨てすることにした。


「故意に迷惑運転するヤツは公道にいらん。飛べ」


 俺がそう言いながら操作すると、マジックハンドが勢いよく動いた。ハイエースを高速道路の外に放り投げる。


 飛んで行く。白いハイエースが羽根のないでっかい蛾のように。運転手は気持ちいいだろうか、それともションベンちびってるだろうか。


 別に殺しはしない。着弾点には俺の友達のぽよぽよ星人が待ち構えてくれている。kayakoさんの発明したぷにぷにゼリーを強化したハイパーぷにぷにの上にハイエースは落ち、後に道路公団から高速道路料金未払いで全線を乗った分の料金を請求されるだろう。それだけだ。たぶんだけど3万円ぐらいかな。まぁ、死ぬことに較べれば安いもんだ。


 道路は譲り合いだ。遅い車が速い車に譲り、速い車が遅い車に譲る。どちらかだけならそれは譲り合いではなく、一方的な『譲れ』だ。


 そして道路交通法の理念は『安全』と『円滑』。自分だけの円滑を重視し、交通全体を危険にした上、急ブレーキを踏んで円滑を妨げるヤツは邪魔だ。5時間ぐらい通行止めになるような事故を起こす前に出て行ってくれ。


 とりあえずこれで予定通り、安全に、卸地に着きそうだ。よかった、よかった。





 仕事を終えて家に帰ると、繭菓まゆかがまだ起きていた。俺を待っていたようだ。おいおい、もう日付が変わる時間だぞ。


「お兄ちゃん。今朝はゴメンね? 邪魔だとか言っちゃって……」


 うるうるした目で、すまなそうにそう言って来るパジャマ姿に、俺は萌えた。仕事中の涙がすべて吹っ飛んで行った。


「いいんだ、まゆ。俺、これからお前の邪魔になりそうな時はクローゼットの中で過ごすことにするよ」


「そんなのいいから」

 そして繭菓まゆかは後ろ手に隠し持っていたそれを、前に出した。

「はい!」


「こ、これは……?」


 小さなチョコレートケーキだった。可愛い小皿の上にちょこんと乗り、上にホイップクリームで『ごめんね、お兄ちゃん』と書かれている。


 こういうとこだ。


 こういうとこなんだ、俺が義妹を愛してやまないのは。


 涙が止まらなくなった俺を繭菓まゆかが笑いながらテーブルの椅子に座らせてくれる。そしてフォークでケーキを掬うと、口に運んでくれた。


「はい、あーん」


 ほろ苦いのがチョコの味なのか涙の味なのかわからなかった。震える口を動かし、なんとか俺は言った。


「う……、うまい」


「よかった!」

 繭菓まゆかが可愛すぎる笑顔でぴょんと跳ねる。

「大好き、お兄ちゃん!」


 俺のほうが大好きだ。

 しかし硬派の俺にはそんなことは言えず、ただ嬉し涙の味がするチョコレートケーキを、口にぱくぱく運び続けた。



『迷惑者を放り投げてぷにぷにゼリーで受ける』アイデアはkayako様の『交通違反の自転車を放り投げ続けるマッチョ(N6529HP)』から拝借しました。

本人様には許可を頂いておりますm(_ _)m

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[良い点] 読ませていただきました! ぷにぷにゼリー、かなり強化されてるー!? リアルな交通の描写の中、突然自分の名前が出てきて噴きましたw 楽しかったです!
[一言] 南風吹太郎様 ポップでテンポがよくて ドライビングテクニックも学べて 人間関係の機微もあって 一粒で何度でもおいしい 楽しい気持ちになりました! いつも楽しく拝読しております<(_ _…
[一言] 憎いぜ吹太郎!! 私もハイエース バンバンぶん投げたい で、かあいい妹にヨシヨシされたい( *´艸`)
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