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義妹に怪我を負わせるヤツはこの義兄が許さねぇ

 仕事へ出掛ける前、俺は必ず仏壇に線香をあげる。見上げると、遺影が仲良く三つ、並んでいる。


 左から親父、義母のアスカさん、そして俺の実の母親だ。


 俺は手を合わせながら、真ん中のアスカさんの遺影を見つめ、心の中で言った。


『ありがとうな、アスカさん。俺に、あんなに可愛い妹をくれて……。お陰で俺、頑張って真面目に生きることが出来てる』


 写真の中で、繭菓まゆかにどことなく似た笑顔が、俺を見つめ返してくれる。


『本当は親父も貴女もここに居てくれたら一番よかったんだがな……。仕方ねぇ、天国に行っちまった人は呼び戻せねぇもんな……』


 俺はトラックに交通安全の御守りをつけていない。そんなもんに頼らず、すべては自己責任ということにして、気合いを入れたいからだ。


 だがもちろん、自分の力ではどうにもならない状況もあるだろう。そういう時は、天国の3人が守ってくれると信じている。


「じゃ、仕事行って来るぜ」





 俺は以前から素人さんの運転に寛容だったが、繭菓まゆかが運転免許を取ってからは、さらに寛容になった気がする。


 下手糞な運転や周囲の迷惑になっている乗用車を見ても、繭菓まゆかが乗っていると想像したら、目尻を下げて『可愛いな』と思えるようになってしまった。



 ただ、トラックやトレーラーは別だ。


 繭菓まゆかがトラックに乗るわけねぇからな。プロドライバーの乗る車には容赦はしねぇ。


 

====



 日曜日。


 天気は俺の心を映すかのように快晴。


 今日は義妹の繭菓まゆかとドライブだ。





 新車のフィアット500でお出掛けだ。


 目に眩いチェレステカラーに繭菓まゆかがよく似合う。


 義妹は普通に普段着だったが、俺は蛇柄の長袖速乾シャツにカーキグリーンのカーゴパンツでお洒落にキメた。


 行き先は気の向くまま。


 太陽めざして走るのもいい。





 運転手はずっと繭菓まゆかに任せた。運転させねぇと練習にならんからな。


 ベージュのハンドルを可愛く握ってとても楽しそうだ。


「お兄ちゃん横に乗せてるなんて嘘みたい」

 そう言って笑う。

「いっつもあたしが乗せてもらってたのに」


 太陽が、光が……笑顔が、眩しい。


「いいもんだな、こういうの」

 俺は言ってやった。

「まゆもオトナになったなって感じか」


「不思議だよねー。自分が車運転してるなんて、自分でも不思議」


「いつまでもお前は俺の中ではずっと五歳児だからな」


「も〜! お兄ちゃんこそいつの間に40歳とかなったのよ〜!」


「オッサンになっちまってゴメンな。……あ、もうすぐ左から合流あるぞ? 気をつけろ?」


「はーい」


 そう言うと繭菓まゆかは何も追い越す車などないのに右側ウィンカーを出し、安全確認すると、さっさと車線変更した。俺なら合流車を確認したのち加速していないのを見て初めてウィンカーを出すところだ。しかし俺は何も言わなかった。


 俺は繭菓まゆかの運転にいちいち口を出さない。聞かれたら答えるが、それ以上は何も言わなかった。


 突っ込もうと思ったら突っ込みどころはありまくりだが、うるさいことを言って楽しい気分を台無しにしたくない。いきなり難しいことを言ったって身につくわけもねぇし。


 何より、今はまず慣れることだ。とにかく運転に慣れるのが先決だ。


 もちろん、危険を予測したら、教えるけどな。



 片側2車線のバイパスは流れがよく、走っている車もいい具合にバラけていた。


 道幅は広く、路面にデコボコもなく、快適だったが、それでも繭菓まゆかは怖いようだ。


「ここ、制限速度何キロ?」


「法定速度だ。つまり60km/hな。でもあんまりこだわるな。メーターより周囲を広く見て走れ」


「そんなこと言ったって〜!」


「広く周囲が見える速度で走れということだ。周りが飛ばしてても合わせる必要はねぇ。無理だけはするな」


 その時、左からロングのトレーラーが合流して来た。


 繭菓まゆかは俺が「もうすぐ合流があるから気をつけろ」と言ったので、ずっと右側車線を走っている。


 トレーラーが左側車線に入って来た時、さすがに俺は危険を感じ、繭菓まゆかに言った。


「おい……。早く隣のトレーラー、追い越すなり後ろにつくなりしろ」


「え? なんで?」


「ここ、トレーラーの死角だ。運転手からこの車、認識されてねぇぞ」


 繭菓まゆかはトレーラーの運転席の真横をずっと並んで走っていたのだ。


 トレーラーの右側ミラーの下にもうひとつアンダーミラーがついていればそこに映るが、それがついていないタイプだった。背が高い車なら直接窓から見えようが、生憎この車はコンパクトタイプの中でも一際小柄だ。繭菓まゆかの運転するフィアットは今、トレーラーのどのミラーにも、どのモニターにも映っていない。


 まぁ、前に遅い車もなく、車線変更して来る理由がないし、何よりプロなら目視での安全確認は絶対にするだろうから、すぐに危険はあり得ないが、それでも早く並走状態は解除しておく必要があった。


「ど、どうしたらいい? お兄ちゃん」


 緊張した声で繭菓まゆかが聞くので、リラックスさせるために俺はわざとのんびりと指示した。

「慌てることはねぇ。ゆっくり後ろに下がって、トレーラーの後ろに入れ」


 後ろから来る車はいないし、トレーラーと繭菓まゆかの車はぴったり同じ速度だ。加速して前に入るほうが距離は短いが、加速するより減速するほうが簡単だ。下がってるうちにミラーにも映る。安全を取るなら下がる一択だ。


 すると繭菓まゆかがムッとした顔で言った。

「あたし、遅いけど、こんなでっかい車よりは速いもんっ!」


「……じゃ、追い越して前に入れ」

 口ごたえはせず、好きなようにさせる。可愛いからな。


 繭菓まゆかは頑張った。頑張っているようだった。しかしトレーラーの運転席の真横からちっとも動かない。


「何してんだ? アクセル踏め」


「踏んでるん……だけど……っ!」


 スピードを出すのが怖いのか、繭菓まゆかのフィアット500は延々とトレーラーと並走を続ける。


 そのうちトレーラーがさらに遅い別のトレーラーに追いついた。これであちらが減速してくれて、繭菓まゆかを前に追いやるだろう。しかし、何か嫌な予感がしたので、俺は念の為、助手席の窓を全開にしておいた。


 嫌な予感が的中した。


 隣のトレーラーがウィンカーを出すなりハンドルをこちらへ切りはじめた。


 30トンの巨体がフィアット500のコンパクトボディーを圧し潰そうと、迫って来る。繭菓まゆかは声も出せずに固まってしまっている。


「おいおい……。プロのくせに目視確認もしねぇのかい……」

 俺は静かにブチ切れた。

「俺の繭菓まゆかに何しやがる……」


 俺は開けておいた窓から身を乗り出すと、走るトレーラーの運転席のドアに勢いよく、怒りの拳をめり込ませた。


繭菓まゆかに怪我させやがったらこの俺が地獄送りにすんぞテメェェェエッ!!!」



 南風流火事場のクソ力拳、『烈風』──


 激しい怒りが拳に込められし時、コンクリートのビルを基盤ごと3センチ奥に移動させるほどの威力を発揮する荒技だ。


 俺の『烈風』を受け、トレーラーが頬を殴られた人間のように、首を曲げ、あっちを向いた。


 衝撃でスピードが緩み、トレーラーがぐんぐん後ろへ下がって行く。お陰で繭菓まゆかが前へ出られた。


「さすがお兄ちゃん、頼れる〜!」


 繭菓まゆかが俺に抱きついて来る。


 嬉しかったが、それどころじゃないので俺は叫んだ。


「バッ……! ハンドルから手ェ離すな! 前見ろ! 前ーーーッ!!!」





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