義妹と毘沙門天の死渡
よぉ。
俺は南風吹太郎。大型トラック乗りだ。
言っとくが俺は『トラック野郎』じゃねぇ。そんな型にはハマってねぇんだ。
派手なLED光らせたり、メッキの装飾つけたりと、ああいうトラ海苔のDQNセンスは性に合わねぇ。俺は愛車をデコったりしねぇ、真面目なサラリーマンさ。
だが、若い頃にはギラギラもしたぜ。ステージの上で歌いながら客席のファンどもをピストルで次々と射殺とかしたもんさ。あ、いや、そういう演出のロック・ショーをやらかしたって話。
あの頃、みんなは俺のことを畏怖の念を込めて『毘沙門天の死渡』と呼んでいた。まぁ、今となっちゃくだらねぇ昔話さ。
今じゃすっかり大人しく真面目になって、義妹を俺の金で大学に行かせてる。まぁ、トラックの中で大音量で流してんのは、尾崎かセックスピストルズだけどな。
「お兄ちゃん」
夕方、俺が布団で目を覚ますと、義妹の繭菓が天井をバックに寝顔を覗き込んでいた。
「おう、オス」
寝ぼけマナコで俺が言うと、ニコッと笑ってから、急になんだかもじもじし始める。
こういう時は大抵、何か言いにくいお願いを俺にする時だ。大学に進学したいと言った時もこんな感じだった。
今回は何だろう? そう思っていると、繭菓が切り出した。
「あのね……。あたし、車の免許が取りたいの」
「は?」
俺は一発で目が覚めた。
「車? 免許? なぜ、そんなものがいる?」
「可愛い車があるの。それが欲しくて、バイトでお金、貯めたんだ。でも、免許を取るお金がなくて……」
俺は義妹のためなら何でもしてやる。
家が欲しいというのなら無理をしてでも買ってやる。
でも車はだめだ。
繭菓は正直鈍臭い。俺と血が繋がっていないだけに、俺のような運動神経は持ち合わせていない。
「危ないだろ! 事故って怪我でもしたらどうすんだ!」
俺は思わず寝起きの顔で叫んでいた。
「なんでいきなり車なんか乗りたいとか言い出すんだよ!? 電車もバスもあんだろ!」
すると繭菓は可愛すぎるその顔で俺を見つめ、瞳をうるうるさせた。そして、言った。
「だって、お兄ちゃんの妹だもん」
フッ……。
そうか、クルマ好きの俺を見て育っちまったもんな。
そうだな……。俺が運転を教えてやれば問題ないか。
日本一運転のうまい妹になって、有名になるかもな。
苦労したようだが、晴れて繭菓は普通一種免許を取得した。約束していた通り、俺の休みの日に一緒に車を買いに行った。
「お兄ちゃん! これ! あたし、この子が欲しいの!」
げっ……。
俺は思わずそんな声が漏れかけた。
フィアットの店に連れて来られた時点で嫌な予感はしていた。
チェレステカラーのフィアット500だった。
確かに可愛い。外装どころか内装までイタリアの青空のようなチェレステで、丸っこいコンパクトな車体は確かにお洒落だ。
しかし、俺はこの車にいい印象がまったくない!
単なる俺の個人的な印象を言わせてもらうと、フィアット500といえば、ミニクーパーと並んで公道でロクな運転をしていない車の代表格だ。
小さい車体で延々と右側車線を、左側を走る車の右後ろにぴったりとつけて走っているのをしょっちゅう見かける。そこは前の車の死角だ。しかもテメェの車は小さいからまったく見られてねーぞ。いきなり車線変更されてクラッシュさせられてぇのか。
この車に乗ってるヤツは100%、スマホを見ながら運転をしているという印象がある。確かに遊び心溢れる車ではあるが、運転手まで遊びながら運転してんじゃねぇ!
前の車と車間距離をいくらなんでもというほどに空けすぎて走るやつがほとんどだ。過ぎたるは及ばざるが如し、空けすぎは空けてないのと変わりがない。スマホゲームを安心してやるためにそこまで空けすぎてやがんのか? 脇から出て来た車に突っ込みてーのか?
それでいてブッ飛ばしたがる。小さい車に乗ってるから劣等感でも強いのか? 好きで小さいのに乗ってんだろうが。追い越されたらムキになって追い越し返してくんじゃねー!
「まゆ……」
俺は顔をひきつらせながら、提案した。
「他の車にしねぇか?」
「えー!? なんで!?」
繭菓が悲しそうに膝を曲げた。
「あたし、この子をお迎えしたくて免許取ったんだよ!? なんでそんなこと言うの!?」
俺が嫌いだから……とは言えなかった。
繭菓の可愛すぎる瞳が悲しそうにうるうるするのを見つめていると、俺の口が自動的に動いた。
「わかった。大切に乗るんだぞ?」
「うん!」
最高の笑顔だ。俺も思わずデレ笑いをしてしまった。
そう。
俺はかつて毘沙門天の死渡と呼ばれた男で、今は苦み走った硬派の40歳男だが、義妹にはとことん甘い。