並走する下手糞と合流で詰めるバカと可愛い義妹の電話
俺が転がせば大型トラックは風になる。
巨体が嘘のように、周囲に溶け込んで、誰にも見えない風となる。
俺の名は南風吹太郎。人は俺のことを『ふぅさん』と呼ぶ。
……あまりイカした呼び名じゃないので本当は嫌だ。
いつの間にか40歳にもなっちまった。
若い頃はヤンチャをした。
高校の卒業では夜の校舎に忍び込み、窓ガラスを全部ブチ破って回ったが、なんであんなことをしたのかはわからない。
若かった──ただ、それだけのことだ。
今は大人しく、若い頃にあんなことやこんなことをし過ぎたぶん、真面目になっている。
自分のことばかり考えず、周囲の迷惑を第一に考えられるようになったのは、夜の校舎で窓ガラスをブチ破りまくったことへの反省の証だ。
俺の転がす10トントラックは、まるで実体がないかのように、交通の中に溶け込む。まるで自然物。まるきり風だ。
しかしこの不況で職を失い、仕方なくトラックドライバーに転職するやつが多いせいだろうか、俺の他は9割が自己中だ。プロの判断よりもコンプライアンスを会社が重視するようになったからか、何も考えてない機械のような運転をするやつも多い。アホな機械にトラブルはつきものなんだぜ? せめて事故だけはしないよう、気をつけて貰いたいもんだ。
俺が深夜の高速道路を走っていると、スマホに電話がかかって来た。義妹の繭菓からだ。ハンズフリーで受ける。
『お兄ちゃん、起きてた?』
「仕事中だ。お前こそこんな時間にまだ起きてんのか」
『うん。なんかお兄ちゃんのことが心配になっちゃって……』
「俺が事故ったことがあるか? プロの運転に心配などするな」
『ちょっと前からトラックが人を轢いて転生とか、流行ってるじゃん? だから……』
「関係ねぇよ。俺は誰も転生させん」
トンネルの出口だった。二車線の片側がなくなり、右側の一車線に合流する。俺はずっと左側を走っていた。
俺の前に一台だけトラックが走っており、その右側をずっと別のトラックが並んで走っていた。追い越ししねぇのなら左を走るべきだ、下手糞が。まぁ、俺の前のトラックが減速して下手糞のケツにつくしかないだろうな。
そこへ右後ろから、とんでもねぇスピードでもう一台、大型トラックが追いついて来た。
下手糞との車間距離をグングン詰める。どうやらそのまま下手糞の後ろにビタづけするつもりのようだ。
自分のことしか考えていないのだろうか。
前が空いてるなら勝手に追い越して行けばいいが、並走してる下手糞の後ろに突っ込んで行ってどうすんだ。お前が詰めたら俺らはお前らが右に作った壁に閉じ込められる。どこに車線変更すればいいと思ってやがるんだ?
まぁ、俺は運転に感情は持ち込まない。ムカついたからというわけではなく、バカを操作するため、わざと右へ車体を動かしてやった。
俺の隣に並んで来て、そのまま並走しようとするバカの通り道を、大型トラックの壁で狭くしてやった。まぁ、幅寄せというやつだ。並走して来ようとするやつのミラーと俺のトラックのケツの距離を3センチにしてやった。DQNだった頃に鍛えたスキルで、これでも俺には余裕だ。隣の車との距離は0.5ミリまでなら幅寄せできる。
バカがビビった。慌てて後ろへ下がる。当たり前だ、最初からそうしてろ。
これで俺の前のトラックは下手糞の後ろに合流できる。俺はバカの後ろに入ってやるとするか。
『どうしたの、お兄ちゃん?』
「何でもねえよ。早く寝ろ、明日学校遅刻すんぞ」
『安全運転で無事帰ってね』
「ああ、おやすみ」
柔らかな声が受話器の向こうから消えた。フッ、いつの間にか大きくなりやがって。
ミラーを見ると、さっき突っ込んで来ていたバカがやたら後ろに下がっていた。本当になんにも考えてやがらねぇのか、このバカは。合流は前から一台ずつ、交互にファスナーのように、だ。俺の前に入れバカ。
まぁ、俺が幅寄せする危険ドライバーだと、一方的に思ったのだろう。自分のことをみんなのために必要な車間距離を殺すバカドライバーだなどとは露ほどにも考えられないのだろうな。
仮にもプロなら、高速道路上で大きくペースを変えるような運転はするな。延々と右側車線を走るな。他の車の動きを予測しろ。全体を考えろ。
予測通り、俺の前のトラックが微減速して、右側をずっと並走していた下手糞を前に入らせた。合流車線を上手に使い、大きな速度変化はなかった。さすがプロだな。
俺は後ろからブッ飛んで来たバカの後ろに入ろうと思っていたのだが、バカが大きく後ろに下がったので、ゆっくり3秒ウィンカーを出すと、ゆっくりハンドルを切って、バカの前に入った。
ブッ飛ばして来たんなら先に行け。塞がってて行けねぇんだったら、合わせろ。下手糞バカが。まぁ、どうでもいい。バカの相手をしていたらこっちまでバカになっちまう。
帰ったら繭菓のやつ、ちゃんと寝てるんだろうな? 可愛いほっぺにキスでもしてやるか。