中編 アラサーのメリー、心に鎧を付けた
義理の甥、カトラスを引き取って育てるメリーは、領地内での新規事業を考えます。
お読みくださいまして、ありがとうございます。
誤字報告、助かります。
◇アガピアの魔女◇
カトラスが小学校へ行くようになり、私にもゆとりの時間が出来ました。
いや、だって。
朝の身支度でしょ。カトラス分も。
朝ご飯でしょ。カトラス分も。
お散歩でしょ。カトラスと一緒。
午前中のお勉強でしょ。カトラス用の。
お昼ご飯でしょ。当然カトラスと。
お昼寝でしょ。カトラスの寝かしつけ。
ここでようやく自由時間。カトラスが寝てる間だけ。
その間に、領地の執務と来客の接待。
夕方に湯浴みでしょ。カトラスと一緒よ。
で、夕ご飯食べて、絵本の読み聞かせして、寝る。
はい。
一日終わりました。
それでもこれでも貴族なので、私はきっと恵まれています。
こちらの邸にも、仕えてくれる侍女と侍従と料理人がいるので、掃除洗濯お料理は任せています。
たまに私が洗濯していると、年配の侍女に取り上げられます。
「はあ、世が世なら……」
そんなため息を聞くのも切ないので、なるべくお任せしているのです。
私の母は、もっと大変だったでしょう。
母は十八になると同時に、侯爵位を継ぎました。
王都の邸は親戚に任せ、長らくこの領地の改革に従事してました。
アガピアの領地は、元々は荒れた土地だったそうです。
母は独学で土地の改良に着手し、ミミズがたくさん生息するような、豊かな大地に変えました。
婚約したばかりの父が、初めて領地に来た時に、顔を出したミミズを見て、逃げ出したと聞いてます。
「なんでそんな相手と結婚したの? 母様」
「顔」
母は即答しました。
そうですか、顔ですか。
嗚呼、色男は金も力も、度量もなかったのね。
土地改良の次に母が着手したのは、領地の特産品の開発でした。
低木の樹皮を使って作る、紙を開発したのです。
王族と一部の貴族たちは、他国から輸入した、バカ高い紙を使っていましたが、自国でも作ることが出来るようになり、王家に大変喜ばれました。
次々と改革が進み、アガピアは豊かになりました。
爵位を継いで、わずか数年で侯爵家を建て直した母は、いつしか「アガピアの魔女」と呼ばれるようになっていました。
なぜ、「アガピアの聖女」じゃなかったのでしょう……
やはり。
顔、かしら。
ま、ともかく。
資金を得た母は、領地内に学校を作りました。
教会と協力し、教会の敷地内に小学校を建てたのです。
「読み書きと、簡単な計算くらい知らないと、悪い連中に騙されたりするからね」
領地内の子どもたちは、七歳から十二歳までは小学校に通えるようになり、子どもの世話をしなくて済む時間、母親たちは紙作りに従事できます。
出来た紙は、国が買い取るので、従事した母たちにも賃金が支払われます。
こうしてアガピアの住民たちは、幸せに暮らしました。
めでたしめでたし……
とはいかず。
母が亡くなってからは、種々の業務が滞り気味でした。
領地に戻り、カトラスと一緒に過ごす傍ら、私はなるべく領地内の人々の話を聞き、何が必要なのか、何が足りないかをチェックしました。
領地の人たちの希望とは。
小学校に行く前の幼児たちの面倒を、見てくれる場所が欲しい。
アガピアは母の代になって、王都から移住してくる人たちが増えましたが、その多くはお若い人たちです。自然に恵まれ、豊かな収入が見込めるこの地で、結婚し出産すると、今度は幼子を誰かに見てもらわないと、夫婦で働くことが難しい。
なるほど。
カトラスと過ごしながら、いかに子育てとは労力が必要なものか、私は実感したのです。
目の前で子どもの成長を見るのは楽しい。
とても楽しい。
でも。
自分の時間を持つことは、難しいのですね。
私は決心しました。
紙を作る女性たちが、出産後も復帰しやすいような場所。
夫と離れ、一人で子育てをしている女性の孤独が、癒せるような場所。
そんな場を、私が用意します。
「アガピアの魔女」と呼ばれた母の娘、ワタクシ、メリニアが!
あ、魔女の娘ということで、最近「魔法少女メリー」って呼ばれて……
ないです。
だって私、二十歳を軽く越えましたもの。
◆カトラス◆
もうすぐ小学校を卒業する。
あっという間だった。
今日、メリーに呼ばれて彼女の部屋に入った。
「はい、これちょっと着てみて」
渡された服は、コートにウエストコート。どちらも裾に豪華な刺繍が施されている。
「貴族の正装だからね。うん、ぴったりだわ」
派手じゃないか?
他の子は、こんな格好するんだろうか。
「大丈夫! 毎年女の子はドレス着てるし、男子もそれなりにオシャレするから」
見ると、メリーの指は、包帯が巻かれている。
まさか。
この刺繍、メリーがしたの?
忙しいのに。
小学校の横に、子ども園を作って、邸と何回も行き来して。
夜遅くまで、部屋の灯が点いていて。
「え? 刺繍? ああ、ウエストコートの方だけね」
俺はメリーの手を取って、頭を下げる。
ありがとう。
メリーがいなければ、今の俺はない。
本当はメリーの手の甲に、口づけをしたかった。
「それで、卒業したら、騎士学校に進学で良いのね」
メリーは彼女の母校、王立学園に行かせたかったみたいだ。
だがそうなると、王都に戻ることになる。
それだけは無理だ。
今も……
「騎士学校の演習場は、ウチの領地内だから、たまに帰ってくるでしょ?」
毎週帰ってくるさ。
寄宿舎もそれほど遠くない。
早く立派な騎士になるんだ。
姫を助ける、光の勇者みたいに。
◇王都の残念な人たち◇
数年前。
私メリニアは、十八歳になった時に、速攻爵位継承の申請をいたしました。
当然の如く、父は猛反対。
義母や義姉、サザス(敬称略)までもが騒ぎ立てました。
我が国の貴族には、王からお手当が出ますからね。
それに、領地の税収や紙の売り上げもアガピア家に入ります。
しかし、その収入は、領地の民の生活と、安全を保障するためのもの。
貴族が贅沢な生活をするためのもんじゃないんです。
仕方なく、父には母が持っていたいくつかの爵位の一つを差し上げました。
ついでにアガピアの領地で、飛び地になっている場所を分けてあげましたの。
聖女のような娘に、感謝して欲しいですわ。
そこまで尽くしましたのに、「親不孝者!」とか「意地汚い女」とか罵られましたの。
全く、自己紹介乙、なんですね。
子爵位なんか嫌だとか言ったら、馬に蹴られますわよ。
「だって子爵じゃあ、王子と結婚できないじゃない!」
お猿さんのような義姉の叫びを聞きました。
なんと、サザスと義姉の間には、二人目のお子が誕生していたのです。
「わたくし、こういう娘が欲しかったのよ! 見て見て、わたくしにそっくりでしょう? ウチの姫」
確かに目付きの悪さはそっくりでした。
ベッタベタに可愛がっているのは分かりましたが、私の心には怒りの炎が揺れました。
あんた、カトラスにしたこと、忘れたの!
無詠唱の呪いでも、かけたくなりましたわ。
呪文知らんけど。
「子爵が嫌なら、男爵にしますよ」
怒りをこめて、私は言い放ちました。
シブシブと父が了承したので、私は王都の邸を去ったのです。
言いなりになる娘だと、思われていたのでしょうね。
お生憎様。
女が重ねた年齢は、固い鎧に変わるのよ!
◆カトラス◆
騎士学校は四年制だ。
三年生の終了時に、近衛騎士か辺境騎士か、それ以外に分かれる。
ちなみに近衛騎士は、本人の希望というより、教官の推薦で決まる。
俺は、メリーのための騎士でいたい。
「へえ、今度、御前試合があるのね」
三年終了時には、国王陛下の前で剣術の試合が行われる。
そこで優秀と認められると、近衛騎士になれるという。
「メリーも、観に来てくれる?」
「勿論!」
花が咲いたようなメリーの笑顔に、俺は癒される。
二十代の後半になったとはいえ、メリーは少女のような雰囲気だ。
相変わらず忙しいみたいだけど、俺が帰省した時は、一緒にいてくれる。
「ねえメリー」
「なあに?」
「メリーは、その、ええと、けっ、結婚しないの?」
メリーは首を傾げ、人差し指を唇に当てる。
「そうねえ、カトラス、あなたがお嫁さんを貰ったら、私も考えるわ」
そうか。
俺は小さく拳を握る。
まだ。
チャンスはあるんだ!
◇御前試合◇
めっきり、社交界から遠のいていた私です。
領地では、動きやすく汚れても構わない服しか着ていないため、王都に出向くとなると、気合を入れなければなりません。
しかし。
だがしかし!
うふふ。
私ね。
腐っても侯爵ですのよ(腐ってなくてよ)。
それなりに、化けることくらいできますわ。
何といっても、愛しのカトラスの晴れ姿を観に行くのです。
ドレスも新調いたしました。
贈ってくれる相手がいないので。
試合は王宮の特設剣技場です。
しずしずと、招待席に向かいます。
だってほら、侯爵ですから。
会場に入ると、それはそれは、あちこちからの視線が痛いわ。
美しいって罪ね。
……ちょっとテンション上がり過ぎて、調子に乗りました。
お席はなんと、王族の方々のお近くですの。
会場が良く見渡せます。
あら!
カトラス!
騎士の制服に身を包み、髪もビシッと整えている。
なんて。
なんて。
カッコいいいい!!
思いきり手を振りたかったけれど、我慢したのは貴族の矜持ですのよ。
国王陛下が開会を告げ、勝ち抜き戦方式の試合が始まりました。
カトラスは順調に勝ち抜いています。
素人目にも、素早い剣さばきです。
準決勝戦の相手は、確か辺境伯のご子息ですわ。
カトラスよりも一回り、大きな体をしています。
見るからに。
おっさんみたい。
もとい。
強そうですわね。
会場全体に、重い金属音が響き、カトラスもお相手も互いに一歩も譲りません。
ああ!
相手の剣が、カトラスの頬をかすめました!
その瞬間、カトラスは相手の咽喉、に切っ先を突きつけました!
「勝者、カトラス!」
心臓に悪い観戦ですわ。
決勝戦は、休養後です。
「キャア! カトラス凄いわあ!! さすが私の息子!!」
会場の端から、品性下劣な声が響きました。
まさかね、と思って声の方を見ると、そのまさか。
カトラスの産みの親。私の義姉シモーヌが、窓ふきでもするかのような手つきで、カトラスに向かって身を乗り出している姿が見えたのです。
次回最終話です。メリーとカトラスは幸せになれるの? いきなり現れたカトラスの実母は、何考えてるの?
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