おやすみ
この空間に閉じ込められてから時間の感覚も無くなった頃、神がまたやってきた。
『凄いな、まだ消えていないどころかより存在が増しているじゃ無いか』
自分では分からないがそうらしい。
恐らくだが俺の望みを叶える為には、あの時点での魂的なナニカでは足りなかったのだろう。
次の言葉から分かった。
『まだ足りないけど、そこまで時間はかからないかな』
『そうか、じゃあまた充分になった頃に来てくれよ』
この時に俺は魂が発する何かを操れる様になっていた。
喋るのでは無く意志を伝える。
神がやっていたのと同じ事。
そしてまた独りに戻った。
また時間が経ち神がやって来た。
もう旅立つ準備は出来ているらしい。
だが、まだもう少し此処に残ると告げる。
向かうタイミングは自分で選べるらしい。
ならばできる限り此処で強くなりたかった。
そうして何年、何十年。
何百年、何千年。
とっくに一万年を超えた頃、神に告げた。
「ありがとう。もう充分だ」
擬似的に作り出した肉体を動かすのももう充分出来る様になった。
『そうか、じゃあ新しい世界に送るけど最後に餞別だ』
そう言うと神のローブから見覚えのある2人組が現れた。
あの時よりもちょっと歳をくったのかな?
でも2人とも笑い皺があって、俺が助けたかった2人のままだ。
「久しぶり」
俺が言うと泣きそうな顔をされた。
コウジとみな。
こっちに走ってくる2人は手を繋いでいた。
あゝ。
俺が望んだ未来を辿ったのか。
それを見られなかった事だけが残念だ。
「久しぶり、じゃないんだよお前は!」
声を荒げるコウジ。
声、前より低くなったか?
「悪かったよ、嘘をついた事は」
俺がついた嘘。
俺が自分を犠牲にしないと言うもの。
生き残りを決めた時に誓ったのに、最初から嘘だった。
最初から自分を切っていた。
その後もアイツを助けた。
二度も嘘をついた。
「でも、後悔はしてない。
元々誰かを犠牲に誰かを助けるシステムだったんだ。
それをコントロールするなら、まずは自分がそう在るべきだった。
それに最初に天井が落ちてきた時、俺は咄嗟に庇ったんだアイツを。
無駄にしたく無かった」
そう言いながら頭を下げる。
帰ってきた言葉は震えていた。
「でも、自分が助かろうとしない言い訳にはならないでしょ!?
起きた時私達がどれだけ貴方を!」
そのみなの言葉をコウジが遮る。
「分かってるよ、俺は分かってた。
お前は一度動いたら決定的にダメになるまでやめられないのは」
コウジはそれでも俺を止めたかったと言う。
「それももういいんだ。
俺達ももう死んだ。
やり残した事はあっても、後悔は無いよ。
お前を責められやしない」
そう言いながら、それでもその手は俺の服の襟を握りしめていた。
「でも、それでも一発殴らせろ。
お前が助けた人間の、後悔の分ぐらい」
震える拳が、その重さを物語っている気がした。
それからコウジ達が落ち着いた後、俺は二人があの後どうなったのか聞いていた。
ある程度は想像通りだった。
2人が結ばれ、子という未来を残した事。
そして40半ばで眠ったという事。
恐らくあの事故で死ぬ筈だった物を無理に延命した所為だろう。
予想外だったのは俺が救った後輩が、災害支援の道を進んだ事。
その姿は2人に異常に映ったと言う事。
多分それは、『サバイバーズギルド』というものだっただろう。
事件や災害、事故に巻き込まれて生き残った者がかかる事のある病。
自分が一番上に来るはずの優先順位が、赤の他人と入れ替わる。
自己犠牲が顕著に見られ、そしてそれが自身の中で正当化されている。
まあ、聞いたところでどうしようもないが。
どうやらアイツももう死んでしまっているらしい。
責任は感じなくもないが、助けた命だ。
どう使おうがアイツの勝手だ。
話し終わると神がやってきた。
『もういいかな?』
もう連れて行っても良いかと聞いているのだろう。
「ああ」
そう答えると、2人は神のローブに中に消えて行った。
「俺ももう行っても良い」
ありがたいことに、神は俺に魂を鍛える時間をくれた。
だがもう十分鍛えられた。
これ以上は何も得られないほどまで強くなっただろう。
『了解だ。
じゃあ次の目覚めは新しい身体でになるよ。
せいぜい楽しんで』
その声と共に久しく感じなかった眠気に包まれる。
『君の新たな人生の困難や挑戦が、君を満足させてくれる事を願うよ』
その優しげな声が余りにもその神に似合っていないくて、ただその人間臭さが良く似合っていて。
咄嗟に口をひらこうとしたが眠気に抗えず。
俺はそのまま瞼を閉じた。
おやすみ、俺。