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求婚からのガチ告白

 * * *


 結局、王宮の中では逃げたメアリーべス嬢を捕まえられず、僕は外に出てしまった。

 秒で恋してしまった愛しい人を見失い、その姿を求めて夜闇の中お城の周りをウロウロしていると、各貴族が馬車を待たせている停車場のほうから女性の声がした。


「お嬢様ぁ~~降りてきてくださいな~~」


 年齢を重ね、落ち着いた響きのあるその声は、明らかにメアリーべスのものではないが、他に手がかりもないのでそちらへ向かう。

 すると停車場の隅っこで馬車の窓に向かって語りかけている、四十歳前後くらいとおぼしき女性の姿が見えた。


「お気持ちはわかりますけど、早く戻らないと。このままだと不敬罪で首ちょん切られてしまいますわよ」


 物騒な物言いだが、言葉の内容からして、中にいるのはメアリーべスに違いない。

 彼女が乗っているであろう馬車は、他のものと比べると小ぶりで古めかしく、繋がれている馬も年寄りのようだが、中に彼女が居ると思えば素晴らしいものに見えてくるから不思議だ……


 きっと他が派手すぎかつ大きすぎなだけで、これくらいが品があって良いよ。馬だって純朴で可愛い顔してるじゃないか。


 ……なんか気持ち悪いな今の僕。これが、恋の魔法ってやつか。


「誰の首もちょん切ったりしないから、安心してくれ」


 歩み寄って声をかけると、窓に話しかけていた女性がハッとしてこちらを向いた。


「まあ……殿下」


 僕を見て驚いた顔をしたものの、すぐに姿勢を正して恭しくお辞儀をした女性は、耳に掛けるタイプの片眼鏡を掛けた、いかにも理知的な感じの人だ。

 地味で質素なドレス姿に、長い髪をひっつめにして、面長で頬骨が高い。

 出で立ちからして、たぶんメアリーべスの侍女兼家庭教師(ガヴァネス)ってとこだろう。


「メアリーべス嬢は、そこに居るのかい?」


「はい……でもその、今はたいへん緊張されていまして、馬車から降りたくない、このまま帰りたいとおっしゃってらして……」


「……そうか」


 あの状況では、そういう心情になっても仕方ないだろう。

 一目惚れの衝撃が凄すぎて、うっかり暴走してしまったことを反省するが、どうしても止められなかった。


 そして、今も。

 分厚いカーテンに遮られて姿は見えないが、その向こうに彼女が居ると思えば、胸の高鳴りは大きくなる一方だ。


「メアリーべス、どうかそのままでいいから、僕の気持ちを聞いてほしい」


 車内へ届くよう、少し声を大きくして語りかけるも、返事はなし。ちょっと寂しいけど、続けよう。


「驚かせてしまって、本当に申し訳ない。あんな大勢の前で求婚したことも、たいへん非常識だった。

 もっと君の気持ちを尊重し、少しずつ段階を踏んで好意を伝えるべきだったとわかっているんだが……君を前にしたら、自分を止められなかった。


 一方的になってしまったが、さっき伝えた気持ちに嘘偽りはない。僕がいま心から想っている女性は、この世界でただ一人、メアリーベス・パクストン嬢だけだ。

 そして未来永劫、この気持ちが変わることはないと信じている。だから……


 その、今すぐ結婚してくれとは言わないが、ほんの少しでいいから僕にチャンスを与えてほしい。

 いつか君の心を掴むため、君に相応しい夫になるため努力することを、認めてほしいんだ」


 さっき求婚したばかりだというのに、今度はマジ告白してしまった。

 順番が逆だし、自分でもめちゃくちゃ恥ずかしいことを言っているのはわかっているが、彼女はどう思っているのだろう。やっぱ迷惑かなあ……


「どうします?お嬢様」


 馬車の窓枠をコンコンと叩き、片眼鏡の女性が語りかける。


「殿下がここまでおっしゃってくれているんですから、ちゃんと答えてさしあげないと。

 お嬢様だって遠目ながら殿下を見るたびに、『ほんとに何て素敵な人なんでしょうね、お伽話に出てくる王子様そのものだわ』ってはしゃいでらしたじゃないの」


「ちょ、余計なこと言わんでよ、先生!!」


 やっとカーテンの向こうから反応があった。かなり焦っているようだが、片眼鏡のご婦人が言ったことが本当なら、僕はすごく嬉しい。


 月並みだけど、メアリーべスだけの王子様になってあげたい……なんつってね……


「あ、あのう」


 大きな声を出したおかげで、少し緊張が解けたのか、カーテン越しにメアリーべス嬢が喋りかけてくれる。


「殿下、さっきは逃げたりしてもうて、本当に申し訳ありませんでした」


「いや、いいんだよ。僕のほうこそいきなり求婚なんかしてしまって、迷惑をかけたね」


「いえ、あの、確かにビックリしてもうたけど……でも迷惑なんかじゃ……

 あ、ごめんなせ。ウチ訛ってて。先生からレッスン受けちょうけど、なかなか直らんくて」


 ごめんなせ、と彼女は何度も繰り返し謝ってくるが、ぜんぜん気にならない。

 むしろ訛りドチャクソ可愛い。このまま永遠に会話していたい。


「きゅ、求婚どころか殿方に褒めてもろたりしたんも初めてで、しかもお相手が本物の王子様なんて、どうしたらいいかわからんけ、逃げてもうて……

 で、でもウチも嬉しかった。まだ夢ば見とうみたい」


「本当かい!?実は僕も同じ気持ちなんだ。

 こうして君と話していると、夢見心地というのかな。天にも昇るような気持ちになるんだよ」


「まあ……殿下……」


 いい雰囲気になってきたところで、眼鏡のご婦人がコホンと咳払いをした。

 幸せな恋の予感にすっかり舞い上がって会話していた僕らが彼女の存在を思い出し、慌てて口を閉じると、また窓枠をコンコン叩く。


「お嬢様、お邪魔するつもりはないのだけど……

 男女交際のエチケットとして、お父様からよ~~く言いつけられてることがありますわよね?」


「もう!!わかっとうよ、先生!!」


 馬車の中で一つ大きく深呼吸してから、メアリーべスはカーテンを開けた。

 目許と頬を少し赤くした、可愛らしい顔が窓の向こうに現れる。

 夜目にも眩しくキラキラと輝くその瞳で、僕を見てくれる。


「あの、殿下……まだ全然信じられないけど、お気持ちを聞いて、ウチはとても嬉しいです。


 だからその……まずは交換日記から、初めていただけないでしょうか」


 ……さっきどこかで説明した通り、家族と、これから家族になる予定の者に自分の字を見せるのは、上流社会の女性の嗜みだ。


 つまりこれは、大きな一歩前進だよ!!


「はい、もちろん、喜んで!!どうぞよろしく、メアリーべス」


 子供みたいにはしゃいでしまう僕の答えに、彼女は笑ってくれた。

 まったく、今まで見たどんな人より、素敵な笑顔だった。


 

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