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放棄からの公開求婚

 思えばこれは前世からの悲願……

「上京すればシティボーイになって、刺激的で華やかな生活ができる!!」と信じて故郷の山梨を後にしたけど、とんでもなかった……


 寝ることもままならず、薄給で馬車馬のごとく働かされる日々……

 そして召された後も、王子なんぞに生まれ変わったばっかりに、物心ついた頃から休む間もなく勉強と武芸の稽古、公務だお茶会だサロンだ舞踏会だ、分刻みのスケジュールでやっぱりいつも目が回るほど忙しい!!


 もうこんな日々はごめんだ、陰謀渦巻く宮廷も、美女達との恋の駆け引きもクソ食らえだ!!

 そういうのは優秀な弟に任せて、僕は田舎に引っ込んでゆっくり暮らすよ。


 農業なめんなって?

 ご心配なく、実家はエンドウ豆農家だったんでね。地元のFラン大を卒業して上京するまではバイトも兼ねて手伝ってたんで基礎はバッチリさ。


 という訳で田舎暮らしが最大の目的だから、別に顔も知らない娘に求婚する必要はないのだけど、これはいわば保険だ。


 僕が独身でいる限り、シャーリーは諦めず追いかけてくるかもしれないし、ファンテーヌのほうの攻略シナリオに巻き込まれる可能性も高いからね。


 妻帯してしまえば僕はもうわずらわしい色恋沙汰からイチ抜けできるし、もしフラれたとしてもシャーリーもファンテーヌもプライド高いから、“自分達を捨てて第三の女を選んでおきながら、むざむざフラれた男”なんてカッコ悪いモノに用は無いだろう。

 気高い白鳥が、残飯をあさるカラスみたいな真似はしない。


 つまりどう転んでも、この求婚は僕にとっていいことづくめって寸法さ!!

 どこかからカスだのクズだのゲスだのと罵る声が聞こえてくる気がするが、何とでも言ってくれたまえ。僕はヒロインも婚約者もバッサリ縁切りして、第二の人生を謳歌する。


 というわけで我が未来の花嫁よ、カモォ~~~~ン!!フるならフるで、全然いいからね。


「メアリーべスとやら、前へ出るがよい」


 父王の厳粛な呼びかけに続いて、聞こえて来たのは、何だか面白い響きのセリフだった。


「な、なんちゅうこっちゃ」


 壮麗な宮殿には不似合いな、でも柔らかくて優しそうな男性の声だ。


「おお~~、なんちゅう…なんちゅうこっちゃやがなぁ、メアリぃぃ……」


 声のするほうを向けば、玉座のはるか向こう、大広間への出入り口近くで、初老の男性がオロオロしているのが見えた。


 小太りで背が低く、耳の周り以外は殆ど髪のないその人は、いかにも流行遅れな夜会服を着て、どこからどう見ても生粋の田舎者という感じ。

 けれど小さな丸い目と団子鼻には何とも愛嬌があって、親しみやすい雰囲気の人だ。


 初老男性の前には、シャーリーと同じくらい小柄で華奢な女の子が立っている。

 俯いていてこちらからはよく顔が見えないが、あれがメアリーべス嬢か。


「お父様……」


 ぽつりと耳に届いた声は、瑞々しく透き通っている。うん……いいぞ、悪くない。

 メアリーべス嬢に父と呼ばれた男性、つまりパクストン公は、ポチャポチャした手で娘の肩をぽんと叩く。


「と、とにかく陛下のお呼びだでよ。行って来なさいメアリー。くれぐれも失礼のねえようにな」


「……はい」


 こくりと小さく頷いた令嬢は、そっと体の向きを変え、玉座を目指して歩き出した。


 招集を受けたファンテーヌがそうしたように、柔らかいカーペットを踏みながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる小さな娘は、濃い茶色の髪と黒い目をしていて、肌は少し日に焼けた、健康的なクリーム色。

 着ているくすんだ緑(モスグリーン)のドレスは、母親世代のデザインじゃないだろうか。


 上流貴族の家柄と家族について、数多の情報が載っている貴族名簿の中から適当に選んだ求婚相手の顔を、僕はようやく見ることができたわけだが、これは……


「まあ、なんて貧相な……地味でみっともない娘だこと」


「祝いの席だと言うのに、宝石の一つも身に着けていないとはな」


「せめて髪くらい結い上げればよろしいのに。あのドレスでは、どんな髪型でも台無しでしょうけど」


「シャーリー様やファンテーヌ様の半分も美しくはないな」


「ああ、いかにも田舎のイモ娘という感じだ……いや、カボチャ娘か」


 モブ貴族どもがゴチャゴチャつまらないことを言っているが、僕にはさっぱり理解できない。する気もない。


 メアリー・パクストン嬢……君は何て……何て、美しいんだ!!


 この場にいる誰より、いやこの世界中どこを探したって、こんなに可憐な女性は見つけられないだろう。

 きらびやかなドレスも、複雑に結い上げた髪も、ごてごてした宝飾品も、彼女には必要ない。

 そんなもので飾り立てたところで、彼女自身の輝きを妨げ、邪魔になるだけだ。


 肩に流れるまっすぐな髪、小鹿のように澄んだ瞳、小ぶりな鼻と唇。どれを取っても愛おしい。

 今までファンテーヌやシャーリーの他にも、美しいと評されるたくさんの女性に会ってきたけれど、こんな気持ちになるのは初めてだ。


 これは、これが、これこそ、恋なのか……?

 僕は今、恋に落ちてしまった、のか…………


「あれがお前の想い人で間違いないのか?アンドリュー」


 背後から問いかけてくる父王は、少し落胆しているようだが、知ったことではない。


「はい父上、間違いありません」


 早口で答えて、僕も歩き出す。

 一刻も早く彼女の傍に行きたい、そして片時も離れたくない……そんな渇望に突き動かされていた。


 僕とメアリーべスは、段々と距離を詰めていって、ちょうど大広間の真ん中あたりでいったん足を止めた。


 あと三歩ほどの距離まで近づいた彼女は……何に例えたらいいんだろう。

 天使…女神…妖精…とにかく凄まじく可愛くて、怖いくらい綺麗だ。気づけば僕は彼女の前で、片膝を付いて求婚の姿勢を取っていた。


「愛しいメアリーべス嬢……あなたは僕にとって魂の片割れ、生まれる前から探していた運命の人。

 このアンドリュー・フィリップ、命尽きる最後の日まであなたの幸福のため、この身を捧げることを誓います。

 だからどうか、僕を生涯の伴侶として、あなたの傍に置いて下さい」


 こんなセリフ、入力した覚えはないんだが、スラスラと口から出てきた。

 昔から恋は人を詩人にするというが、本当だったみたい。


「で、殿下……あの……」


 麗しのメアリーべスは、愛らしい頬を赤く染め、かと思ったら真っ青な顔になり、


「ご、ご、ごめんなっせっっっっ」


 と一言謝ってヒラリと身を翻し、走りだした。


 あれ?これは、フラれた、か……?

 呆然と立ち尽くす僕を置いて、彼女の背中はぐんぐん遠くなっていく。


「これ、メアリー!!」


 父親のパクストン公が止めようとするも、耳を貸さず一目散に大広間から出て行ってしまった。足早っ。


 フラれたらそれでいいと思っていたはずなのに、彼女の姿が見えなくなると、ぶわっと焦りが湧き上がる。

 このまま終わりは嫌だ、彼女を失いたくない。このまま大人しく見送る訳にはいかない。


「待ってくれ!!」


 追いかけようとした僕の両腕を、何者かが掴んだ。


「アンディ様!!」


「アンドリュー殿下!!」


 返り見れば、右にシャーリー、左にファンテーヌ。両手に花ってやつか。

 でも今は用無いんだよ、ごめんね。


「すまない、離してくれっ」


 申し訳ないが力任せに振り払い、僕も走る。

 背後からたくさんの人が呼び止めてくるのが聞こえるが、もう誰にもこの勢いは止められない。


 シャーリーもファンテーヌも、本当に済まない。こんな僕のことなんか忘れて、どうか幸せになってくれ。

 豪華絢爛な宮廷で、キラッキラのハイスペック美男子達と、略奪でも溺愛でも三股でも四股でも、好きなだけ楽しくやってくれ。

 僕はカボチャの名産地で愛する人と、温かで穏やかな家庭を築くから!!


 ……それにしても追いつかない。まじで足早いな、メアリーべス。



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